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1994/05/03 読売新聞朝刊
[社説]クールに憲法を語り合おう
 
 今日は憲法記念日。日本国憲法は、昭和二十一年十一月三日に公布、翌二十二年五月三日に施行された。まだ、戦後の荒廃のただ中といえる時代だった。
 以来、四十七年。これほど長い期間にわたり、憲法が一度も変わらなかった国は、世界でも異例である。たとえば、日本と同様に第二次大戦の敗戦国であるドイツは、戦後制定した憲法(基本法)を四十回も改定、イタリアも七回改定している。
 
◆国民世論が変わってきた
 基本的には、この憲法が国民多数に支持されてきたからである。しかし、それだけではなく、日本には、諸外国とは異なり、憲法改定論を口にすること自体がタブー視されるような、独特の社会的、政治的状況が続いていたということもあった。
 ところが、この二、三年、国民世論の動向に大きな変化が表れ始めている。各種の世論調査で、憲法改正に賛成の意見の方が反対意見を上回るようになってきた。しかも、読売新聞社の最近の調査では、改正派、非改正派を超えて、全体の六五%が憲法論議を「望ましい」と答えている。
 これをどう考えるべきだろうか。
 昭和二十七年、日本が独立国としての主権を回復後、「自主憲法制定」論が盛んになった時期がある。主権を奪われていた状態で制定された現憲法は、占領軍総司令部(GHQ)による“押しつけ憲法”だ、というのが、大きな理由だった。このため当時の改憲論には“戦前回帰”論的な内容が多かった。
 確かに、現憲法は、GHQの軍人を中心とする少数のメンバーが、わずか二週間たらずで作り上げた草案を、一部修正して国会で採択したものだ。
 しかし、“押しつけ憲法”だったということと、憲法の歴史的意義と内容は、区別しなくてはならないだろう。
 占領軍統治時代は、GHQの方針に対する一切の批判を封じ込める厳重な検閲・言論統制下に置かれていたことから、当時の状況を正確に知るには困難も伴うが、戦争の辛苦を経験した国民の大多数が新憲法を歓迎したことは、確かだと思われる。
 
◆憲法の基本は今後も守ろう
 また、憲法に盛られた平和主義、国民主権、基本的人権の尊重などが、荒廃からの復興、その後の発展につながる国民的活力の源泉になったことも確かである。これらが、今後とも堅持していくべき憲法原則であることについては、国民的合意が定着しているといっていい。
 とくに、憲法下、日米安保条約とワンセットの軽武装・経済専念路線が、今日の繁栄をもたらしたことは幸いだった。
 とはいえ、現在の日本は、憲法制定当時には想像もつかなかったような経済大国になり、また、日本が経済に専念することを可能にした世界の構造も、東西冷戦の終結によって激変した。その変化の先行きは、まだ不透明である。
 こうした時代に、二十一世紀に向けた日本がどうあるべきかという課題を考えるとき、国の基本となる憲法から見直しをしてみようという意見の人が多くなるのは、当然の流れといえる。
 憲法見直し論議といえば、これまでは、とかく、憲法九条をめぐる自衛隊の違憲・合憲問題や安全保障の話だけになりがちだった。だが、近年の憲法を見直そうという論点は、九条問題だけではない。
 例えば、憲法八九条を素直に読めば、国家予算からの私学助成金支出が違憲の疑いが極めて濃いことは、かねてから指摘されている。
 
◆多様化している憲法改正論
 政府自身、昭和四十六年三月三日の参院予算委で、当時の高辻正己・内閣法制局長官が、「憲法改正を考えます場合に、一番最初に出てくるのが八九条であるといってもいい」と答弁したこともある。
 しかし、私学が日本の教育界で果たしている意義と役割を見れば、私学助成を「違憲」との理由で廃止するのは、まったく現実的ではあるまい。この場合、どちらかを是正しなくてはならないとすれば、変えられるべきは憲法の方であって、私学助成制度の方でないことでは、だれもが一致するのではないか。
 また、憲法制定当時の予想をはるかに超えた工業化の急進展、開発地域の拡大により、環境問題が、人類的課題として深刻になってきている。日本国憲法にも、諸外国の憲法の動向にならって、環境保護条項を新たな規定として盛り込むべきだ、との議論も少なくない。
 同様に、近年の一部の低俗週刊誌や写真週刊誌などにみられる“のぞき趣味”本位の私生活の侵害に対し、西欧諸国などのように、プライバシー保護規定を憲法上明記すべきだ、との議論もある。
 そして、なによりも、世界史的転換期に、湾岸戦争、カンボジアでの国連平和維持活動(PKO)に協力する自衛隊派遣などの経験を通じて、日本に対する国際社会からの要望・期待にどうこたえるのか、という問題が、憲法とのかかわりの中で議論されることが多くなってきた。
 当面する課題としても、国連の安保理常任理事国入りした場合に、国連憲章と憲法の関係をどうするかが問われている。朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の核開発問題にしても、今後の推移によっては、現憲法下でどこまで国連に協力できるのか、という決断を迫られるかもしれない。
 
◆解釈の混乱を終わらせよう
 どちらの問題についても、憲法解釈が混乱している。
 日本の国際責務としてなにをすべきかという時に、解釈論争に終始して機動的な対応ができないようでは、国際社会で孤立することにもなりかねない。
 読売新聞社の世論調査でも、憲法改正に賛成する理由として「国際貢献などいまの憲法で対応できない新たな問題が生じている」ことを挙げる人が、最も多かった。
 憲法論議の高まりに便乗した復古調の改憲論は警戒しなければならないが、国民一人ひとりが、様々な憲法論議に冷静に耳を傾け、語り合うようにしたいものだ。
 それができる時代、それが必要な時代を迎えている。


 
 
 
 
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