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2002/01/28 毎日新聞朝刊
[社説]考えよう憲法/26 首相公選制 強い政治求める国民の夢
 
◇具体論になると各人各説
 首相公選制論議が活発になっている。小泉純一郎首相の私的諮問機関「首相公選制を考える懇談会」(座長・佐々木毅東大学長)も夏には一定の結論を出すよう具体的論議を行っている。
 いち早く首相公選制を提唱したのは中曽根康弘元首相だ。自著「首相公選制の提唱」(1962年)では、(1)派閥政治の横行(2)国会が極端な政争の場になっている(3)政権の不安定――を理由に挙げ、議院内閣制の下ではこれらを除去することは不可能と断言。「国会と政府、議会と大臣との直接の結びつきを切断し、三権分立を明確にする」と公選制を提唱した。
 
◇経済路線で一時下火に
 憲法改正が導入の大前提だ。ところが、当時の池田勇人内閣は「国民世論が自然に一つの方向に向かって成熟した際、はじめて結論を下すべきだ」と改憲を先送りし、高度成長を目指す経済路線を選択した。「経済大国」へのアプローチが本格化する中で、首相公選制論議は下火となった。
 しかし、93年の非自民連立政権の誕生以来、小泉首相まで計7人の首相が登場した。連立与党の組み合わせも次々に変化し、主な政党でここ10年間に政権担当経験を持たないのは共産党だけだ。
 一方、自民党では族議員がばっこする政治のわい小化が進み、政権復帰後は田中派以来の橋本派支配が継続した。森喜朗政権ではかつての二重支配までが復活した。政権誕生時での「5人組」による密室政治への反発も加わり、民意との乖離(かいり)がより大きくなった。
 高度成長が終焉(しゅうえん)し、「失われた10年」が経過したにもかかわらずわが国は低迷状況が続いている。脱出策も、さらにはわが国の21世紀像も一向に示しえない政治に対して、国民は失望感を強めている。中曽根氏が40年も前に挙げていた「政治の積弊」が、再び指摘されるようになった。
 自民党の長期政権に終止符が打たれた93年、小泉首相や山崎拓自民党幹事長らにより「首相公選制を考える国会議員の会」が発足。公選制論議の新たな口火が切られた。その後は、自民党だけではなく民主党などからも若手を中心に賛同者が相次いでいる。
 小泉政権は発足以来9カ月がすぎたが、政権支持率は極めて高い。人気の発端は昨年4月の自民党総裁選にある。全国の都道府県連はそれぞれの方法で、予備選としての党員選挙を導入した。疑似首相公選制の色彩を持ち、公選制への国民の期待を広げた。
 3年前の東京都知事選以来、各地の首長選では脱政党の候補が相次いで当選している。政治不信、政党不信現象の象徴だ。さらに、原発建設の是非などをめぐり、住民投票が行われるようになってきた。直接民主主義への国民の渇望は年々高まっている。
 こうした政治状況に加え、日本人の憲法観が大きく変化したことも首相公選論を一層活発化させる要因だ。首相を直接国民投票で選出しようとするには、元首問題と並んで憲法改正が大きなハードルになっていたからだ。
 
◇政治の貧困と改憲論で台頭
 毎日新聞の調査では80年代までは護憲、改憲両派はほぼ拮抗(きっこう)していた。90年代になると改憲派が40%に上昇したのとは対照的に護憲派は減少傾向を見せた。01年の調査では、改憲派は43%と護憲派の14%を圧倒している。改憲すべき具体的項目では「首相公選制の導入」が「憲法の前文の改善」や「国民投票の導入」などを抑えてトップだ。
 選ばれる側の論理だけでなく選ぶ側の国民も、首相公選制の導入に大いに関心を示している。小泉首相は「(改憲が)国民に理解されやすいのは首相公選制だ」と、改憲の突破口に位置付けようとしている。
 憲法制定段階でも米国型の大統領制を導入するよう求める意見もなかったわけではない。地方自治体の首長は憲法93条で住民の直接選挙で選出するよう定めている。中曽根氏は「現憲法起草者が首相を公選にすれば天皇の地位と衝突すると考えたからであろう」との見方をとっている。
 憲法改正と、元首との関係での首相の位置付けが、首相公選制導入にとって2大ハードルといわれている。最近では、憲法改正を伴わない党首選出を事実上公選とするなどの代替案も出ている。それぞれの提唱者によって、その内容が大きく異なるのが首相公選制の大きな特徴だ。憲法改正を伴うか否かにまず二分される。
 中曽根氏の提案をはじめ多くは、首相を国民投票で直接選出することに主眼が置かれている。このため、国会の指名に基づき天皇が任命することをうたっている第6条、国会での指名を明記している第67条などの改正なくしては導入は不可能だ。公選される首相の要件に国会議員を加えるか否かなど基本的な部分でも各人各説だ。
 世界で唯一首相公選制を実施したイスラエルでは、首相の指導力強化を目的としたが、結果としては逆に多党化が促進された。このため、公選は3回行われただけで廃止を決めた。制度の変更だけで政治改革が達成されると考えるのは早計だ。
 半面、21世紀のわが国のあるべき姿を政治が国民の前に提示しなくてはならず、それには旧来のシステムの全面的な見直しが必要だ。日本再生のためには強い政治指導力が不可欠だろう。首相公選制が「不死鳥のごとく生き返った」(中曽根氏)要因は政治の現状に対する極めて有効なアンチテーゼとなっているからだ。首相公選は政治全体の見直しにもなり、論じ合う価値は大いにある。


 
 
 
 
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