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2001/11/05 毎日新聞朝刊
[社説]考えよう憲法/18 住民投票 間接民主主義を補完する役割
 
◇地方総与党化をチェック
 地方分権の促進と住民意識の高まりで、直接民主制の一つ住民投票を求める運動が日本各地で起きている。原子力発電誘致の是非をめぐり三重県海山町でも18日に住民投票が行われる。これまで原発をめぐる住民投票では建設反対派が提起する例が大半だが、海山町では促進派が主導し、実現した点が極めて特異だ。
 海山町は熊野灘に面しており、計画が白紙撤回となった芦浜原発からも遠くない。37年間にわたり地元住民が分裂し、芦浜原発は中止となったが、その一方で海山町では誘致運動が活発化し、町長提案で住民投票が導入された。町議会では推進派が多数だが、「議会が誘致決議をしても前へ進まないことが多い」と推進派も住民投票の効能を評価する。
 
◇直接民主制が容易な自治
 だが、わが国では間接民主主義が基本となっている。憲法の前文は「日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し」で始まっている。さらに、41条では「国会は国権の最高機関であって、唯一の立法機関である」と明記している。
 憲法の規定で直接民主制を採っているのは、96条の憲法改定、79条の最高裁裁判官の国民審査と、95条の特定の地方団体に適用される地方自治特別法制定に必要な住民投票だけ。95条に基づく住民投票は、戦後間もなく制定された「旧軍港都市転換法」(横須賀、佐世保、呉、舞鶴)などに限られ、最近は例がない。
 時々の政治的、政策的大テーマの是非を問い、その結果が一定の法的拘束力をもつ国民投票を実施するには、「41条に抵触するから、憲法改正が必要」が通説だ。内閣法制局の見解でも、法的効力をもたず、投票のテーマは国会で決めるなど、極めて限定的な国民投票に限って、「国民全体の意思、総意を国会が審議の参考にするため、直ちに憲法違反とはならない」(78年2月衆院予算委での真田秀夫長官答弁)となっている。
 憲法第8章の「地方自治」は第2章の「戦争放棄」と並んで現憲法では画期的な規定だ。憲法制定に当たり、連合国軍総司令部(GHQ)は地方分権国家の米国をモデルに、民主化促進、軍国主義復活阻止を目指した。GHQの憲法草案での「地方自治」の骨子は(1)首長、議員の公選制(2)自治体に基本法の制定権を付与する(3)地方自治特別法の住民投票――だった。その後、日本側との協議で、現行の内容に落ち着いた。
 地方自治では国政よりもはるかに広く直接民主制が採用されている。首長の直接公選制だけでなく、(1)条例の制定改廃請求(2)事務監査請求(3)議会解散請求(4)議員、長、主要役員の解職請求――も住民参政制度として地方自治法に明記されている。
 しかし、海山町などで実施される住民投票は、新たなタイプだ。地域に深くかかわる課題の是非を住民投票にかける条例を地方議会が可決し、それに基づき実施されるからだ。首長や議会だけでなく住民からの直接請求でも発議できる。条例を制定している自治体は20を超え、常設の制度としているところもある。96年、原発建設の是非で新潟県巻町、日米地位協定の見直しと基地縮小をめぐる沖縄県をはじめ、海山町を含めると13団体で実施されることになる。
 直接民主制を求める民意は高まりを見せている。本紙調査では、改憲論が護憲論を上回っており、その差は最近広がるばかりだ。改憲のテーマも首相公選制に次いで国民投票導入が多い。
 
◇「プロセスの政治」で加速
 住民投票の実現を求める動きが活発になっている政治的背景を考えてみよう。まず指摘したいのは、「プロセスの政治」が重視されつつあることだ。高度成長が終焉(しゅうえん)し、現世的利益を優先させる「結果の政治」から、政策決定過程が公開され、国民一人一人が参加意識をもてる「プロセスの政治」が欠かせなくなった。
 地方分権の促進と自治体改革意識の向上で、国家的プロジェクトであったとしても、「国益」「公益」が大義名分とはなりえなくなった点も看過できない。環境、地域計画の視点から住民がとらえ直そうとするからだ。
 多くの地方議会では、議会の総与党化が進み、首長をチェックする機能が薄れ、市民との意識の乖離(かいり)が広がりつつある。それを補う制度としても住民投票は重視されつつある。
 半面、住民投票のマイナス面にも十分配慮しなくてはならない。冷静な討議よりも多数の支持獲得のため、扇動的な言動が横行しやすくなり、住民相互の関係修復が一段と難しくなる。住民も情緒的になり、政策の一貫性が保ちにくい。テーマが地域間の問題から宗教、さらには人種などに広がった場合、対立は一層深刻となり、少数意見の尊重が困難となる。
 民主党は廃案となったが、昨年5月に独自の「住民投票法案」をまとめ、議員提案した。各自治体に住民投票条例の制定を義務化させるのが狙い。自治体には投票結果の尊重義務だけを課す「諮問型」「助言型」にとどめている。
 地方分権が進み、一段と住民意識が高まれば、住民投票も行政サイドからの提案の是非を問う「受け身型」から、住民からの政策提言を含む「能動型」への転換も大きな課題になろう。
 間接民主主義を補完する制度としての住民投票は定着しつつある。住民投票、さらには国民投票といった直接民主主義の手法を時代の変化に対応して憲法上、どう位置づけていくのか。深い課題を含んでいる。


 
 
 
 
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