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2001/04/16 毎日新聞朝刊
[社説]考えよう憲法/1 憲法調査会 変化踏まえた幅広い論議を
 
◇9条問題にわい小化するな
 衆参両院に設けられた憲法調査会が順調な議論を続けている。
 昨年1月に設置されたときは、改憲派と護憲派の激突を心配する声もあったが、まだ参考人から意見を聞いたり、自由討議を重ねていることもあって、議事は淡々と進んでいる。すべての会派が参加して憲法論議の土俵が作られ、冷静な審議が行われていることを高く評価したい。
 日本国憲法は制定時には圧倒的に歓迎されながら、まもなく改憲と護憲の対立の渦に巻き込まれた。改憲派には外国軍隊に占領されている中で改定されたことや、統治の原理が天皇主権から国民主権へ劇的に変わったことへの割り切れなさや戸惑いがあった。護憲派には戦争への反省から、平和主義を守っていかなければならないという使命感があった。
 特に戦争放棄と戦力の不保持を定めた9条に対する姿勢は、アメリカを中心とする西側陣営に属すか、それとも中立もしくは社会主義陣営に入るべきかという体制選択も絡んで、保革対立の象徴になってしまった。
 保守=改憲、革新=護憲という図式が定着した1957年、内閣に憲法調査会が設置されたが、革新側は「憲法を真正面から審議することは改憲に通じる」と参加を拒否したため、7年間かけてまとめた報告書も亀裂を統合するにはほど遠いものだった。
 あれから30年余、昨今の世論調査では、見直しに賛成する人が半数を超えている。現在の憲法調査会の冷静な審議も国民意識の変化があって初めて可能になったと言っていいだろう。
 
◇相互依存が世界を変えた
 冷戦の終えんも冷静な議論に一役買っているが、それ以上に大きいのは文明史的といっていいほどの時代の変化だ。憲法が制定された当時は「国民国家」の最盛期で、世界は国家単位に固まり、国家が国民生活のすべてを統括するのが当然視されていた。だが、通信・輸送技術の発達、国際通貨基金(IMF)や世界貿易機関(WTO)の進展で、世界の相互依存関係は一気に強まってきた。
 制定当時、外国旅行は一部の人にしか許されなかったが、いまは毎年約1700万人が外国に出かけ、500万人近い外国人が日本を訪れている。日本の食糧自給率は41%に落ち込み、身の回りには外国産品があふれている。逆に世界のどこに行っても日本製の自動車や電化製品を目にすることができる。世界の資本市場でも日本は主要なプレーヤーだ。
 ニュースは瞬時に世界中に伝わり、外国ではやった音楽は日を置かずして日本の若者の心をとらえる。日本で人気の高い芸能人はアジア各国でもアイドルだ。さらに犯罪や汚染も国境を越えてやってくる。私たちはグローバル化した時代に生きているのだ。
 日本の地位も変わった。敗戦直後は世界の国内総生産(GDP)の2%未満の小国だったが、今や16%を占める第2位の経済大国になった。経済・技術だけでなく、紛争の予防、平和の維持でも貢献がますます求められている。
 「9条」が再軍備・日米安保の是非論から、平和貢献との関係で議論されるようになったのも、日本の地位が変わったためだ。
 人権を「国民の権利」でなく、すべての人が普遍的に持つ権利とする考えが世界的に定着したのも制定後の大きな変化だ。世界人権宣言採択前に制定された現行憲法は、基本的人権を「国民の権利と義務」の中で規定している。だが、宣言採択後に制定されたドイツ基本法は「すべての人の権利」と定めている。
 地球の有限性を念頭に置かなければ生存を維持することが難しくなったのも制定時と決定的に違うところだ。だが、私たちの憲法に環境保護の概念はない。間接民主主義ではなく、首相公選や国民投票で国民が直接政治に参加できるようにしようという機運が盛り上がっているのも世界的傾向だが、いずれも憲法の規定にはない。
 さらに国が国民生活のすべてを管理するのではなく、国の権限・機能を、国際、民間、地方にできるだけ分散して、自立した個人が自発的に連帯する社会を目指そうという議論も盛んなのに、地方分権一つとっても憲法の規定は極めてあいまいだ。
 
◇人権・環境なども重要
 もちろん明文化された法が、私たちの合意、原則のすべてではない。明文化するまでもない合意・原則の方が、はるかに強いという考えもある。それに憲法を変えなくても、法律で規定すればいいものも少なくないはずだ。だが、これまでは、そうした問題を議論し、整理する場も雰囲気もなかった。9条問題で袋小路のやり取りをしている間に、こうした状況変化を憲法問題として議論することを怠ってきたことを痛感する。
 特に人権、環境などの問題は、革新・リベラル側の人たちが積極的に提起しながら「改憲論議に利用される」ことを警戒して、憲法に絡めた議論に発展させることはほとんどなかった。
 憲法調査会は、議案提出権を持たないことを前提に、幅広く憲法の置かれた状況を議論することにしている。だが、これまでの議論を聞いていると、相変わらず9条に偏重している点が気に掛かる。
 むしろグローバル化、人権、環境、国民の直接政治参加など、半世紀の状況変化を見据えた率直で幅広い議論が求められている。
 私たちも、これまでに提案してきた多くのテーマを憲法の問題として、改めて提起していきたいと考えている。


 
 
 
 
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