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2000/05/03 毎日新聞朝刊
[特集]憲法記念日(その1) 衆参両院「調査会」、学者ら招き意見聴く
 
◇「押しつけ」論争、多様な展開 焦点、やはり安保・9条
 「タブー視」や「聖域扱い」から「論憲」の時代へ、憲法を取り巻く政治的環境は大きく変化してきた。日本国憲法は3日、施行から53回目の記念日を迎えた。衆参両院の憲法調査会では、まず制定過程をめぐってヒアリングや論戦が始まり、「改憲」「護憲」の主張がぶつかりあう。こうした状況の中で日本社会の現実をみると、憲法理念そのものがまだ実体化されていないとの指摘も根強い。憲法調査会と政府の司法制度改革審議会の動きを追うとともに、言論・表現の自由や女性の権利などをめぐる現状を、憲法の条文に照らしつつ、報告する。
 国会で憲法調査会の審議が進んでいる。調査会が両院に設置されて3カ月。この間、衆院の調査会は憲法史に詳しい学者たちを参考人として招き、集中的なヒアリングを実施した。議員同士の討論を先行させた参院も、学者、学生、元GHQ(連合国軍総司令部)職員からヒアリングを行った。参考人たちは何を語ったのか。序盤論戦の焦点になった日本国憲法の制定過程に関する論議を中心に紹介する。【山田孝男】
 
■自民ペース
 日本国憲法はアメリカによる「押しつけ」だったか。衆議院の調査会は2月24日以降、延べ10人の学者を招いて、この点を中心にヒアリングを重ねてきた。自民党がこういう進め方を提案し、他の各会派も受け入れた。自民党の狙いは「押しつけ」であることを明らかにし、憲法改正論の妥当性を示すところにあったと考えられる。「押しつけでない」と言い切った学者は一人もいなかったから、狙いは達成されたといえば言える。
 半面、論議は「押しつけ」論争の土俵からはみだし、多彩に展開した。最大の焦点は、やはり国家安全保障と9条(戦争放棄)。迷走、脱線気味の論戦もあったが、全体としては「論憲」が深まったと見たい。
 日本国憲法は第二次世界大戦後、日本政府のポツダム宣言受諾に伴い、GHQ主導でつくられた。日本側が用意した案は明治憲法(大日本帝国憲法)とほとんど変わらなかったため、GHQが原案を起草し、日本側との調整を経て、ほぼその通りの内容に落ち着いた。
 
■程度の問題
 経過の事実認識について、学者間で大きな食い違いはない。では「押しつけ」なのか。駒沢大学法学部の西修教授(59)=憲法=は「押しつけである、非常に(押しつけが)強かったと言わなければいけません」と言う。独協大学法学部の古関彰一教授(56)=憲法=は「屈辱的な部分があったのは事実だが、天皇詔書、内閣議決、帝国議会の手続きがあったのだから、簡単に押しつけといってしまうのは適正でない」と見る。
 広島大学総合科学部の村田晃嗣助教授(35)=米外交研究・安保政策=は「GHQの非常に強い影響のもとに制定された」ことは認めるが、「憲法に盛り込まれた精神がすべて押しつけだったと考えるのは、日本の近代史をわい小化する議論だ」と指摘した。まとめれば、青山武憲・日本大学法学部教授(57)=憲法=が言うように「100%そうだという人も多くないが、まったく押しつけられていないという人も多くない」というところだろう。
 
◇火花は散った
■スターリン
 学者の人選は各会派の推薦に基づいて理事会が決めた。どの会派が誰(だれ)を推薦したかは公表されていない。学者の立場は当然異なり、与野党の質問者との間で火花が散る場面もあった。
 例えば、駒沢大の西氏は「われわれは日本の憲法を書いた国民である」というジョージ・ブッシュ米大統領候補の発言を紹介し、「私は日本国民として誇りを傷つけられる」と慨嘆した。これに対し、民主党の枝野幸男議員は「憲法違反の助成金(公の支配に属しない教育事業への公金支出は憲法89条で禁じられている)を受けている私大から給料をもらって、あなたの誇りは傷つかないのか」と質問。西氏は「憲法違反でも自衛隊を解散しないのと同じ」とつっぱねた。
 枝野議員は「押しつけといっても旧憲法下の権力者に対してなされたもので、国民には関係がない」と論じたが、西氏は「憲法制定の主体だった政府と国会に非常に強い圧力があった」以上、そのような理屈は通らないと反論した。
 保守党の中村鋭一議員(質問の時点では自由党)は、どちらかといえば「押しつけ」の程度を小さく見る独協大の古関氏に矛先を向け、「終戦時、私は15歳だったが、あなたは2歳。当時をご存じない」と批判した。古関氏は「対話にならず、お答えのしようがない」と反発。中村氏の追及ぶりを聞きとがめた社民党の伊藤茂議員が「終戦時、少年(15歳)だったと言うが、私は陸軍予科士官学校生で特攻隊要員だった」とたしなめる一幕もあった。
 まだ、ある。自民党の石破茂議員は名古屋大学の長谷川正安名誉教授(77)=憲法=に「あなたはスターリン憲法を称賛したではないか」とかみついた。長谷川氏は「スターリンの言ったことは今でも憲法論としては正しい」と反論、「1990年代にソ連が解体するとは思わず、あんなことを書いたのはバカだというけれども、そういうことをいえば、私だけじゃなくてほとんどの人がバカなんです」とやり返した。
 
◇議論の質の低さに驚き/9条問題、解釈での対応は限界/歴史の潮流みよ
■学者同士も
 学者が学者を批判する場面もあった。筑波大学社会科学系の進藤栄一教授(60)=政治学=は、それまでの議事録を読んだ感想について、こう語った。
 「議論の質が低すぎるのですよ。驚くべきものですね。憲法学者が日本自由党、日本進歩党の憲法草案を見ていないというのですから、私は大変ショックを受けましたよ。この人が学生数十万人ぐらいいる大学の憲法学の主任教授だという。ぼくは名誉棄損で訴えられてもかまわないと思うのですけれども、これは、やはり、日本の知的水準がいささか疑問だなと思いました」
 名指しこそ避けてはいるが、この批判は明らかに日大の青山教授に向けられたものである。青山氏は「大日本帝国憲法を変えなくても、十分に民主的な体制をつくることはできた」と主張する点で、招かれた学者のうちで異彩を放つ。1回目のヒアリングでは駒沢大の西教授と足並みをそろえ、現行憲法の制定に反対した共産、社会(現・社民)両党を「護憲」政党と呼ぶのはおかしいと論じた。
 その際、青山氏が「証拠」として共社両党の過去の文書を引いたことから、民主党の仙谷由人議員(旧社会党出身)が「それなら、当時の日本自由党、日本進歩党の憲法草案を知っているか」と追及した。
 日本自由党の憲法草案は国民主権ではなく天皇主権だった。日本進歩党の方はさらに帝国憲法に近く、ほとんど変わらない内容だった。青山氏は「詳しく見ていない」と答えていた。
 
■変わる世界
 「9条改憲」に関する学者たちの態度はまちまちだった。西、青山両氏は「押しつけ」を憎み、「9条改憲」に期待するという考えを比較的率直に語った。古関氏と香川大学法学部の高橋正俊教授(53)=憲法=は、あえて態度表明を保留した。
 東京大学法学部の北岡伸一教授(52)=日本政治外交史=は「押しつけだから改憲すべきだとは考えないし、定着しているからよいというものでもない」と強調する。とはいえ「9条2項(前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない)は不自然であり、日本外交の制約要因になっている」し、これまでは憲法解釈で現実に対応してきたが、もはや「そういう修正は難しいところにきている」から、9条改正をためらうものではないという考えである。
 神戸大学大学院法学研究科の五百旗頭(いおきべ)真教授(56)=日本政治史=は、憲法改正論が起こり、国会に憲法調査会が設置されるに至った背景に注目し、「東西冷戦終結のインパクト、特に湾岸戦争が大きい」と述べた。
 広島大の村田助教授も国際的な安全保障環境の変化を指摘した。現行憲法制定当時、GHQのマッカーサー元帥は極東での米ソ衝突に備え、核兵器依存の戦略を練っていた。村田氏はその経緯を説き明かし、「戦後日本の平和主義は出発点からアメリカの核戦略を前提にしなければ成り立たなかった」と強調する。
 
■安保観の違い
 村田氏は改憲の是非について直接言及しなかったが、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」という前文については「大いに疑問」だと語った。
 名古屋大の長谷川氏は「今、憲法を改悪する条件はあっても、改正される条件はないという判断」に立つ。憲法と日米安保条約がワンセットであるという認識は村田氏らと共通だが、二つが相互に矛盾する以上、「憲法ではなく、安保の方をなくしてほしい」と長谷川氏は言う。
 筑波大の進藤氏は「憲法の成立を、当時のGHQと日本政府の交渉というコップに閉じ込めて眺めるのでは全体を見失う」と警告した。進藤氏によれば、日本国憲法は米合衆国憲法、フランス革命憲法、ワイマール憲法の延長線上にある。それは民主主義化・脱植民地化・脱軍事化という歴史潮流の産物であり、その流れは21世紀に向かってさらに強まっている。
 進藤氏も改憲の是非については態度表明を保留した。だが、「冷戦後に起きた国家間紛争は七つ。いずれも第三世界で、貧困と環境破壊が原因だった」ことを指摘し、「(列強が帝国主義戦争を繰り広げた)19世紀の頭で9条論争をやるのは愚かである」として、「押しつけだから改憲」論を厳しく排斥した。
 
◇小沢論文に批判集中
 雑誌で「憲法は無効」「そんな論議絶滅したと思っていた」
 衆院の参考人意見聴取では、自由党の小沢一郎党首が昨年の「文芸春秋」9月号に寄稿した「日本国憲法改正試案」が取り上げられた。小沢氏はこの論文の冒頭で「正常ではない状況で定められた憲法は国際法において無効」と主張しており、その根拠を、占領下で勝手に占領地の法律を変えるべきでないという趣旨のハーグ条約(1907年)の規定に求めている。
 共産党の議員が学者の判断を聞いたところ、「読んで非常にびっくりした。マッカーサーはハーグ条約を知っていたからこそ、明治憲法の手続きを尊重した」(独協大・古関氏)「そういう憲法論は60年代に絶滅したと思っていた。出す雑誌社も雑誌社。出せば出すほどマイナスになるんだから放っておけばよい」(名古屋大・長谷川氏)などとボロクソだった。
 一般論として「強制があったから憲法は無効」という考えを支持したのは日大の青山氏くらい。広島大の村田氏は「生産的な議論ではなかろうと思う」、東大の北岡氏は「そういうことを言いだせば、日韓併合も無効だし、米合衆国やオーストラリアの成立も無効」と論じた。
 もっとも、小沢論文は本論で現行憲法の逐条改正を提案しており、憲法を無視しているわけではない。全体の流れは、むしろ小沢ペースで推移しているというべきかもしれない。
 
■衆院憲法調査会の経過■
 1・20
 中山太郎氏が会長に就任
 2・17
 調査会メンバー6人から意見聴取
 2・24
 西修・駒沢大教授、青山武・憲日大教授から意見聴取
 3・ 9
 古関彰一・独協大教授、村田晃嗣・広島大助教授から意見聴取
 3・23
 長谷川正安・名古屋大名誉教授、高橋正俊・香川大教授から意見聴取
 4・ 6
 北岡伸一・東大教授、進藤栄一・筑波大教授から意見聴取
 4・20
 五百旗頭真・神戸大教授、天川晃・横浜国立大教授から意見聴取
 4・27
 調査会メンバーによる自由討議
 
■参院憲法調査会の経過■
 1・20
 村上正邦氏が会長に就任
 2・16
 調査会メンバーによる自由討議
 3・ 3
 調査会メンバーによる自由討議
 3・23
 西尾幹二・電気通信大教授、正村公宏・専修大教授から意見聴取
 4・ 5
 大学生20人から意見聴取
 4・19
 調査会メンバーによる自由討議
 5・ 2
 元GHQ職員から意見聴取
 
◇憲法調査会メンバー
《衆議院》
▼自民党
 中山太郎=会長、愛知和男、杉浦正健、中川昭一、葉梨信行、保岡興治、石川要三、石破茂、衛藤晟一、奥田幹生、奥野誠亮、久間章生、小泉純一郎、左藤恵、白川勝彦、田中真紀子、高市早苗、中曽根康弘、平沼赳夫、船田元、穂積良行、三塚博、村岡兼造、森山真弓、柳沢伯夫、山崎拓、横内正明
▼民主党
 鹿野道彦、仙谷由人、石毛子、枝野幸男、中野寛成、畑英次郎、藤村修、横路孝弘
▼公明党・改革クラブ
 平田米男、石田勝之、太田昭宏、倉田栄喜、福島豊
▼共産党
 佐々木陸海、志位和夫、東中光雄
▼保守党
 安倍基雄、中村鋭一
▼自由党
 達増拓也、二見伸明
▼社民党・市民連合
 伊藤茂、深田肇
 
《参議院》
▼自民党・保守党(統一会派)
 村上正邦=会長、久世公尭、小山孝雄、鴻池祥肇、武見敬三、阿南一成、岩井国臣、岩城光英、海老原義彦、片山虎之助、亀谷博昭、木村仁、北岡秀二、陣内孝雄、世耕弘成、谷川秀善、中島真人、野間赳、服部三男雄、松田岩夫、扇千景
▼民主党・新緑風会
 吉田之久、江田五月、浅尾慶一郎、石田美栄、北沢俊美、笹野貞子、高嶋良充、角田義一、直嶋正行、簗瀬進
▼公明党・改革クラブ
 魚住裕一郎、大森礼子、高野博師、福本潤一
▼共産党
 小泉親司、橋本敦、吉岡吉典、吉川春子
▼社民党・護憲連合
 大脇雅子、福島瑞穂
▼参議院クラブ
 平野貞夫、水野誠一
▼二院クラブ・自由連合
 佐藤道夫


 
 
 
 
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