1993/01/15 毎日新聞朝刊
憲法改正論議、政界再編からみ急浮上 国際貢献など軸に「護憲VS改憲」の構図一変
与野党、労働界の実力者から憲法改正や見直しを求める発言が相次いでいる。テーマは国際貢献に関連する安全保障や自衛隊問題、首相公選や国民投票などの政治システム、私権制限や環境などさまざまで、従来の伝統的な改憲論が「自主憲法」と「九条」をキーワードにしていたのとは様変わりが目立つ。冷戦構造の崩壊や日本の経済超大国化など内外情勢の変化を反映し、従来の「護憲」―「改憲」という単純な対立構図が一変した様相だ。しかし、背後には政界再編や政治改革ムードの中で政局の主導権を握ろうという狙いも見え隠れする。
◇百家争鳴
憲法論議に火を付けたのは日本新党。昨年十二月に改憲を盛り込んだ政策大綱を打ち出し、続いて大内啓伍民社党委員長、三塚博自民党政調会長、年明け早々には渡辺美智雄副総理・外相、梶山静六同党幹事長、中曽根康弘元首相らが相次いで発言した。
それぞれニュアンスは異なるが、国連による紛争介入、平和創設活動が活発化する中で、自衛隊を活用した国際貢献を一層進めるために憲法九条を見直そうという趣旨が多い。特に自民党は十三日の役員会で、与野党協議会設置を野党に提案することを決めるなど、活発な動きを見せる。
これに対し、山花貞夫社会党次期委員長は憲法の平和主義を明確にする観点から「創憲」論を打ち出し、山岸章連合会長も自衛隊容認の立場から憲法論議を促すなど百家争鳴の様相だ。
別の視点からは、自民党内のいわゆる「NYKK」(中村喜四郎、山崎拓、加藤紘一、小泉純一郎各氏)の首相公選制が注目を浴びている。四氏とも近く発足する「首相公選制を考える国会議員の会」の代表世話人(山崎氏は会長)に就任予定。首相を国民投票で選ぶためには「国会の議決で指名する」とする六七条などの改正が必要だ。公選制の「元祖」ともいえる中曽根元首相もこれを支援し、天皇の地位と絡んで批判的な小沢一郎元幹事長らと火花を散らしている。
自民党は一九五五年の結党以来「自主憲法制定」を党是としており、初代総裁の鳩山一郎氏が五六年に憲法調査会を内閣に設置したが、日米安保条約改定騒動で岸首相が退陣した後、池田勇人首相の下で政治路線から経済路線に転換。その後、大きな動きは途絶えている。
◇狙いはどこに
自民、民社などが正面に出すのは「国際貢献論」や「大国としての責任論」。九条を改正し安保面での国連協力を進め、国連安保理の常任理事国入りにつなげる「大国化」の議論だ。
九条をめぐる論議は政界再編とも深くかかわる。「国連憲章と憲法の調整を政界再編の基軸にする」(中曽根元首相)というように、安保・自衛隊問題を軸に政界再編を進めるという議論が象徴的だ。
日本新党や平成維新の会、羽田派(小沢グループ)などが、「政界再編、改革の旗手」ともてはやされているのに対抗する狙いもあり、「憲法」を媒介にして政界再編の主導権争いが行われる様相となっている。
見逃せないのが羽田派を封じ込めようとする自民党内の動き。梶山幹事長(小渕派)の一連の発言は、国際貢献、国際的安全保障論が売り物の小沢一郎氏のお株を奪う狙いも秘められているとみられる。
自民党にとっては、国民の目を佐川急便事件からそらす「佐川隠し」にも効果があり、佐川事件で攻勢に出ている野党への反転攻勢の契機にしたいとの狙いもある。
野党側にも、憲法論議が政界再編論議に組み込まれつつあるとの認識から「バスに乗り遅れるな」という本音が見え隠れする。
「創憲」論の社会党には「護憲一本ヤリでは論議についていけない」(幹部)との懸念がある。
◇冷めた目
三塚政調会長は通常国会代表質問で憲法論議の与野党協議会設置を提案するが、首相官邸側では憲法改正を疑問視する受け止め方が強い。「憲法は日本に求められる国際貢献に十分堪えうる」(首相側近)と言うように、首相には改正の気がないといわれる。河野洋平官房長官も「改憲を前提にした論議はしない」と明言した。「国連中心主義」に現行憲法は不適切だという見方と異なるスタンスだ。宮沢派幹部も十四日、与野党協議会設置問題について否定的な考えを示した。
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