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カンボジアCENAT 結核・HIV検診外来オープンに関わって
JICAカンボジア 結核対策プロジェクト
田村 深雪
 
はじめに
 1980年のはじめにHIV(エイズウィルス)が発見され、結核が減少していた国では、免疫力の低下したエイズ患者の日和見感染症として結核が多く見られるようになった。また、多くの途上国では、結核がもともとまん延していたところにHIVがやってきたため、様々な形・段階で結核が現れている。その結果、結核患者の半分がエイズ、またエイズ患者の3割が結核で死亡するような事態が世界各地で起こっている。本誌(No.286)内、第77回日本結核病学会総会シンポジウム「アジアの結核」での、カンボジア国立結核センター(CENAT)所長の報告にあるように、カンボジアでは結核、エイズともアジアで最悪のレベルにあり、エイズが及ぼす結核対策への影響が懸念されている。私は、2001年9月20日より翌年3月30日まで6カ月間、同国のJICA結核対策プロジェクトにおいて、結核・エイズ対策の活動を行った。
 
カンボジアの結核・エイズ
 カンボジアにおいて結核は、急性呼吸器感染症、下痢症、デング出血熱等と共に、今でも多くの生命を奪う重要疾患である。また同国は、世界22カ国の結核対策重点国の1つである。結核には様々な因子が働いて、感染・発病・治癒・治療失敗につながるが、同国では、内戦・虐殺により医師や教師など知識層が失われてしまったこと、空白の期間を経た後の社会経済の遅れ、保健システムの弱さ、そして近年の急速なHIV感染の拡大が、結核のまん延を助長していると言われている。
 一方エイズは、1991年に初のHIV感染者発見後、感染者は増加し続けている。性産業従事者(売春婦)で高いHIV陽性率が報告されているが、結核患者もまた高率グループの1つである。CENATで行われた小規模調査では、結核入院患者の約3割がHIVにも感染しているという結果であった。
 HIV感染からエイズ発病までの期間は5〜10年くらいで、結核と異なりほぼ全員に障害が現れる。エイズを完治させる治療薬はまだ開発されていないが、近年、HIV感染症の臨床経過は、強力な抗レトロウィルス療法(HARRT:Highly Active Anti-Retroviral Therapy)の出現によって大きく変化し、先進国では日和見感染症の発症率やエイズでの死亡率が減少している。しかし、カンボジアではHARRTは未だ広範に流通しておらず、高価で、実施管理できる体制も限られ、一部の感染者にしか届かない。HARRTは入手困難、結核は高まん延という状況下では、しかしながら、適切に結核患者管理を行うことがHIV感染者の生存期間を顕著に延長させると言われている。いかにHIV感染者の結核を早期に発見、治療し、治癒させるかが鍵となる。
 このような背景を受けて、CENATは、国家エイズプログラム(NAP)、プノンペン市保健局、NGOとの協同で、外来におけるHIV感染者対象の結核検診を開始する運びとなった。
 
エイズホームケア
 HIV感染者、特にエイズ患者には看護や医療が必要となるが、そのために整備された医療施設は数も規模も十分ではなく、受診したくともできない人が多い。このことは、NAPにおいて、HIV感染率全国調査や地方当局を巻き込んだ予防啓蒙活動は幅広く実施してきていたが、病院や診療所で既感染者・発病者へのケアを供給する制度ができていなかったことに起因する問題と言える。
 この医療施設内のケア(Institutional Care)の不足分を補うものとして、保健省が提唱するのがホームケア(Home-based Care;在宅ケア)である。ホームケアには、上記の理由以外にも、差別や偏見のため外出することを恐れるHIV感染者・エイズ患者のために、簡単な医療だけでなく心理的・社会的サポートを在宅で行う役割がある。プノンペン市では、16のホームケアチームを運営するNGOと市のヘルスセンターがネットワークを構成し、市内ほぼ全域をカバーしている。今回のCENATでの結核検診は、このネットワーク内のHIV感染者を対象として開始された。
 
結核検診オープンまでの道のり
 受け入れ側としてCENAT外来でも準備が進められた。X線撮影用物品、ツベルクリン反応検査一式、その保管のための保冷庫などが供与され、またX線写真収納袋や診察券、カルテなどの記録類は既存のものがなかったため、新しくこの検診用に作成し導入された。
 新規事業の開始に当たり、CENAT外来各部門(診療部・検査部・放射線部・薬剤部)の調整も大切な準備の一部であった。というのは、同じ組織内で働いていながら、各部の連携が非常に乏しい状況であったためである。会議やトレーニングの通知が横に伝わらない、地方への巡回指導などで不在になることをお互いに知らせ合わないため同席しての話し合いの機会が持てない、「あのチーフとは話したくないから、その件は頼んだ」と個人的な感情が先行して仕事が後回しになる等、外部機関との調整よりもむしろ内部での調整に苦慮した。外来全体を取り仕切る役職がないことも一因だが、従来のシステムが、喀痰検査を実施後に検査結果を受け取りに行くのも、X線撮影後にフィルムを受け取るのも、そのフィルムを持ち帰るのもすべて患者であることも原因と思われた。依頼伝票や結果報告書を手に移動するのは患者本人で、各部の職員が行き交う必要はなかったのである。また、部門間で患者について話し合う症例検討会等もなく、日常コミュニケーションをとり協力して行う作業がないことも、協調のない要因であった。
 
結核検診の内容と成果
 エイズ発病者の結核は、免疫機能低下により非典型的となるため、従来の喀痰抹検査中心の診察では見逃されてしまう可能性が高い。そこで今回の結核検診では、身体所見・履歴聴取に胸部X線撮影を加え、以下のように実施している。
1 症状や所見のない者には、結核に関する保健教育を実施する。そこで、HIV感染により結核に罹患するリスクが非常に高いこと、結核が疑われ見逃してはならない症状を教え、症状出現時にはCENATを受診することを勧める。そして6カ月ごとの定期検診を組む。
2 有所見者には、喀痰検査(塗抹・培養)を実施する。結核と診断されれば即座に治療開始への手順がとられる。経過観察後に6カ月後の定期検診を組む場合もあり、また必要な場合は他院へ照会する。
 昨年11月に開始後、今年8月末日までに1,188名が検診を終了した。結核と診断された者は200名を超え、改めて結核の多さに皆が驚いている。
 
HIV感染者の結核検診にて。医師による診察の様子。
 
職員中心の医療現場、待たせられる患者
 カンボジアでは、外来診療を患者のためにより良くしていきたいという意識・向上心、いわゆる「患者中心の医療」という考えは残念ながらまだ芽生えていないのが現状である。そもそもすべての人が容易に平等に医療を受けられることが保障されていない状況では、このような概念は性急過ぎるかもしれない。CENAT外来でよく見かけるのは、患者を診療中に、職員の親戚でも役人でも製薬会社のセールスでも誰かが脇から飛び込んできて、その診察が中断する場面である。CENATの事務員も病院職員も診察室に入って来て、診察に構うこともなく、急でもなさそうな頼みごとと雑談をしていく。患者はその間、じっと何も言わずただ待っているのだ。また、任務開始当初から「どうか今後変わってほしい」と思っているのが、内履き・外履きの区別のない診察室内へ入る時に、患者は外からの履物を脱いで裸足で入ることになっている習慣である。このような日常の小さな場面に、患者がいかに扱われているかが読み取れる。
 また従来、エイズ患者がCENATに来院すると、風貌から判断した職員により、診療時間中にもかかわらず終了と告げられ診てもらえない、順番待ちの全員が終了して最後になるまでX線撮影をしてもらえない、撮影の際に介助者が身体に触れようとしない、ゴム手袋を着用して介助する等、差別が日常に行われていた。私は今回の結核検診外来で、このような待遇が行われていないか監視を強めると共に各部署にも働きかけ、今までのところ大きな問題は挙がってきていないが、真に改善されたかどうかは、HIV感染者の視点で、結核・エイズ対策に乗り出したCENAT外来を外部から評価する必要があろう。
 
終わりに
 現在私は、この結核検診のフォローアップと結核・エイズ関連事業の拡大、また他州への助言を行うために7月より来年1月まで同プロジェクトに再度派遣されている。今後、プロジェクトではさらに、CENATの結核・エイズ対策計画を包括的ケアモデルとするべく、CENATを支援していく予定である。







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