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 「なんだい、おい、あらためて名乗りをあげねえでもいいよ。年齢は若えが感心だな、なぐられてまで商売しようてえのはな。よし、気に入った、買ってやろう。荷を入れてみろ・・・うん?・・・おゥ、これか。ほゥ、これなにか?新しいのか」
 「新しい。今まで河岸で泳いでた」
 「嘘ォつきやがれ。うめえか、こらあ」
 「あゝおいしいよこれァ、調味料が入ってッから・・・」
 「うめえこと言ってやァら。これなにか?本場か?」
 「そう、本場」
 「どこだ」
 「わからねえ」
 「わかンなくちゃしょうがねえ。まあ唐茄子の本場だから山だろう」
 「そうだ、箱根山で採れた」
 「そんな所で採れるかい。山椒の魚じゃねえや。えゝ?これくらいだ」
 「大きい方は十三銭で、小さい方は十二銭」
 「ふゥん。大きいのふたッつ貰おうかな。五十銭で釣り銭あるか」
 「お釣銭ないよ。五十銭にまけとく」
 「上ェまけちゃいけねえ。・・・待ちねえ、今細ッけえの出すから・・・じゃ、よさそうなのふたッつ取ってくれ」
 「そうか」
 「おい、どこへ行くんだい」
 「いいんだよ、いいんだよ、売るときは上ェ見てなくちゃいけねえ。上ェ見てるうちに早く取れ」
 「なんだい、変な野郎だな。俺の方で選り取ンのか。えゝ?余計取りゃしねえ・・・えゝ?なに、唐茄子が来てンだ。面白え唐茄子だい。とぼけてやンだ。路地ひろげろの、蔵どけろのひょうきんなこと言いやがる。うん、買うかい?十三銭と十二銭だ、うん・・・大きい方がいいのか?一つか、よしきたい。じゃ俺銭たてかえとこうかな。えゝ?お絹さんもお芳さんも?お園さんもお光つぁんもかい。お、なんでえ、みんな買うのか。おいおい、唐茄子屋、お客様こんできたい。なにしてやンでえ」
 「そうか、早くしてくれよ、まぶしくて仕様ァねえや、まごまごすンねえ、野郎」
 「なんだよ、おい。じゃ、唐茄子屋の配給所だ」
 親切な人があって骨折ってみんな売ってくれまして、
 「おい、唐茄子屋」
 「えゝ?もういいか」
 「この野郎。かくれんぼしてンじゃねえや、もういいかだッてやァら。こっちィこい」
 「おォくたびれた」
 「嘘つきやがれ、俺の方がくたびれたい。唐茄子のこっちァ運搬係だ」
 「あッは、唐茄子がねえや」
 「売れたんだよ」
 「お金が落っこってるじゃねえか」
 「落っこってンじゃねえ、お前ンだよ」
 「いくらありゃいいんだ」
 「そんなことわかるけえ。いくつ持ってきた、えゝ?十三銭が十、十二銭が十か。よく勘定してみろ。二円五十銭あンだろ」
 「はッは、叔父さんうめえこと言やン。売るときは上ェ見ろなんて・・・上ェ見てるうちにみんな売れちゃった。商売なんざわきゃねえもんだな。あッはは、あァ・・・」
 「おい、まだここへ五銭落っこってるよ」
 「はッ、五銭落っこってや・・・あはは・・・はァ・・・ここに蝦蟇口が落っこっ・・・」
 「落っこっているんじゃねえ、、膝の上へのせてあるんじゃねえか。ずうずうしいね、まったく」
 「あッはッはは、そうかい。軽くなっちゃっていいや。さァ、帰ろ」
 「おいおい、黙って帰る奴があるかい。俺がおめえ骨折って売ってやったんじゃねえか。ありがとうございますぐれえ言ってけ」
 「どういたしまして」
 
 「あんなこと言ってやがる」
 
 「叔父さァん」
 「なァんだいどうも、早えな、もう帰ってきたのか。売れても売れなくてもいいからもう少し回ってこい。えゝ?なに?、みんな売れた?本当か、どれ、こっちへ来てみろ。おッほほほ、なるほど。寵を空にしてきたな。これァ驚いた。ばあさん、こいつは馬鹿どころじゃねえ、そっくり売ってきたぜ・・・ま、こっちへこい、こっちへ。なかなかおめえ隅に置けねえな」
 「はッは、じゃ真中へ出らあ」
 「真中へでなくたっていいや・・・よく売れたな」
 「え、、みんなね、面白え面白えなんて買ってくれた」
 「うん、おめえみてえのァかえってひょうきんでなァ、いいんだよ。可愛がられて・・・」
 「このかわり叔父さん、首が痛かった」
 「あゝ馴れねえから天秤を首の方へ持ってきたろ・・・さァさ、売上げ出してみろ」
 「これ、みんな入ってるよ」
 「よしよし。なァ、おめえの親父も商売上手だったがな、おめえはどうして親父以上だ。わずかの時間にこれだけのものを・・・ほゥ、なかなか馴れてやンな。元を別にしたんだな・・・儲けはどうした」
 「えゝ?」
 「儲けはどうしたよ」
 「儲けはそれよ」
 「こんなに、儲かるわきゃァねえだろ。おめえが上見たやつがあるだろう」
 「あゝ、見た」
 「それをここへ出してみなよ」
 「そら出せない」
 「なんでえ、出せねえてなあ。おめえが、どれだけ上見たか叔父さんだって見てえじゃねえか。出してごらんよ」
 「そんな叔父さん、わからねえこと言ったってだめだ」
 「この野郎、しっかりしろよ、こいつァ。おめえ一体いくらに売ったんだ?」
 「だからさ、十三銭と十二銭」
 「元だよ、そりゃァ。それじゃァ上見てねえじゃねえか」
 「よく見たよ、だから・・・口があいてたら喉の奥の方まで陽が入ってきやがン。喉がからからに乾いちゃった。はッはは。なにも落っこちてこねえもんなァ」
 「この野郎、本当にしっかりしろ、こいつァ。てめえ、じゃなにか?おめえは上見ろつッたら、こうやって口あいて空にらんでやがったのか」
 「あゝ」
 「あゝじゃねえ。叔父さんの言うのはな、掛け値をしろッてんだぞ。いいかおい、十三銭は十五銭、十二銭は十四銭に売るから、そこに二銭ずつ儲かるんじゃねえか。余計上みて言うから上を見ろてんだ。それをこの野郎、口あいておめえ、喉ちんこの土用干ししてる奴があるか。掛け値をしろてんだよ。掛け値ができねえで女房子が養えるか」
 「女房子なんかねえもの」
 「あればてえ話だ。なんで飯を食うと思う」
 「箸と茶碗だ」
 「箸と茶碗で飯食うの当たりめえじゃねえか」
 「いやァ、ライスカレーは匙で食う」
 「なにいってやんで、この野郎。てめえ並大抵の馬鹿じゃねえや。おめえの馬鹿は慢性の馬鹿だ」
 「その先が須田町だ」
 「この野郎。誰が電車の停留所を訊いてるんだ。元で売ってくるくらいなら家でもって昼寝してた方がましだ、この間抜け野郎」
 「その方があたいも楽だ」
 「ああ言えばこう言う・・・おばあさん、もう十ずつ入れてやってくれ。今度ァな、ちゃんと十五銭と十四銭に売るんだ。しっかりしろ、この野郎。はたちにもなりやァがって」
 「はたちになんかなりたくねえもの」
 「なりたくないッたってお前ははたちじゃないか」
 「誰がした」
 「誰がしたッて言い草があるか、この野郎。掛け値ができねえで女房子が養えるか、こン畜生。もう一遍行ってこい」
 「またかついじゃった、こら。知らねえからじゃねえか、なァ。上見ろッてえからこっちはそこいって空にらんでたんだ。掛け値なら掛け値とはっきり言うがいいや。そう言っちゃはたちだはたちだって、勝手にはたちにする・・・なに、こっちははたちでなくたっていいんだい。生涯ひとつだってかまやしねんだ。馬鹿にしてやァら本当に・・・なんだ、またさっきのとこへ来ちゃった・・・親方ァ」
 「おう。なんでえ、唐茄子屋じゃねえか。なにか忘れ物か」
 「買っとくれよ」
 「よせよ、おい。今俺ンとこァ買ったばかりだよ。そうはいらねえやな」
 「でも、いいから買いなよ」
 「そうか。じゃァまァ俺ンとこは好きだから買ってやろうか」
 「あァ、好きそうな顔だ」
 「そんな顔があるか」
 「がちゃがちゃに似てらあ」
 「なにを言ってやンでえ・・・じゃ、さっきの大きいのもう一つ貰おうか・・・あの、十三銭の・・・」
 「あれ今度十五銭だ」
 「なんだ。なんだって値が上がったんだい」
 「所得税が上がった」
 「嘘つきやァがれ。どうしたい」
 「いや、いけねえや、家ィ帰って叔父さんに怒らィちゃった。あの十三銭と十二銭、元なんだってさ。叔父さん売るときは上見ろッてえから、俺知らねえから、こうやって空にらめたら、そうしたらそうじゃねえ、掛け値をすることだッてやンの。十三銭は十五銭、十二銭は十四銭に売るから、ほうら、そこで二銭ずつ儲からあ。余計見て言うから、上を見ろてんだ。元で売ってくるくらいなら家でもって昼寝してた方がましだい、この間抜け野郎ッ」
 「な、な、なんだい、おい」
 「今、そう家で怒られた」
 「なんだい、おい。小言の取り次ぎかい、おい。あッはッは、そうか。いや俺ァなァ、とぼけて剽軽な野郎だと思ってたらそうじゃなかったんだ。それがおめえの生地なんだな」
 「えゝ?」
 「いや、おめえね、足りないよ」
 「ゥゥなん寸・・・」
 「いえ、背の高さじゃねえや。おめでたいッてんだ」
 「あッは、明けまして」
 「お年始に来ちゃいけねえやな。かわいそうに、おめえ年齢はいくつだい」
 「えゝ?」
 「おめえの年齢だよ」
 「あたいの年齢はァ・・・六十」
 「おい、馬鹿なこと言うなよ。六十ッてえことァねえだろ。見たところ、はたちぐらいだな」
 「そう。元がはたち、四十は掛け値」
 「おいおい、年齢に掛け値する奴があるか」
 「だって掛け値しなくちゃァ女房子が養えねえ」







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