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藍工房とノーマライゼーション
斎藤 では、この辺りで藍工房(東京)の活動に話題を移したいと思います。藍工房の特長というか、他の作業所との相違点というのは何でしょう。
林 藍工房の年表を見ていて気が付いたんだけれども、「障害者一名とボランティアで藍工房を設立」と書いてありますね。障害者の必要に応じて援助をするというイメージで始まっている。さっき僕が作業所づくりの話をしましたけれど、あれは援助する側の発想なんですね。問題をなんとか解決しないといけない、そういうイメージで関わっていくわけですよ。その意味で一番極端なのが病院だと思うんですね。治療する側される側という、いつも障害者の側は受身で、関係が縦の関係なんですよ。でも、藍工房設立の時の「障害者とボランティア」というのは完全に横の関係ですね。アイコウボウ・USAでは最低一週間、長ければ何ヵ月もの間、援助者とメンバーが四六時中一緒に生活するわけですよね。その中で援助者もメンバーから援助を受けるという体験をすると思うんですよ。そういう経験が意味を持ってくるのかなと思うんですね。
斎藤 スタッフもメンバーも、出来ることをやって社会活動をしたいということで始まったわけですよね。そういう辺りに意義があると思うんですね。今のスタッフの中にも身体障害を持っている方がいますし、藍工房の考え方として、障害の種類を問わないというのがありますよね。補助金を貰ったりするためにはきちっと、精神障害なら精神障害、知的障害なら知的障害と障害の種類を統一した方が有利だったんですけれどね。障害者のノーマライゼーションみたいなことをやってる。それが一つの理念となっているんですね。施設の構成、職員の構成、メンバーの構成にユニークさがありますね。
白石 僕がいつも驚かされるのは、地域の人たちが非常に強くバックアップしてくれているということなんですね。これは地域のノーマライゼーションということなんです。こういうことは他では必ずしもないことだと思うんです。
大原 近隣の人たちからのバックアップが大きく貰えているというのは、三障害(精神・知的・身体)が一緒だからというのがあると思います。障害ごとの作業所だと、例えば身体障害者だけしか入れないとか、精神障害者だけしか入れないとかになると、「あそこはうちとは関係ないわ」みたいな感じで、どうしてもうまくいかないと思うんです。三障害が一緒になって、地域の中での拠り所というか、そういう位置付けがあって、地域から支持される部分があるんじゃないかなと感じるんですけれども。日本というのは障害者福祉でも高齢者福祉でも、全部対象者ごとに福祉が分断されてきた歴史があって、その法律ごとに支援体制もそれぞれ異なっているみたいなところがあるんですが、藍工房ではそういうのを武器にして、その人にとって何が必要なのか、というところから始めたのが、実はすごく進んだ福祉を先取りしてやっていらしたのかなというふうに思いますね。
斎藤 私が都立中部総合精神保健センターに勤務してた時に、精神障害者のフェスティバルがあったんですね。その時に地域の人が、「なぜおたくは精神だけで固まるの?」と言ったんですね。目からうろこが落ちるような指摘でしたね。地域には精神障害だけじゃなくて他の障害の人もいるんですよ、ということをやんわり言われたわけです。藍工房はそれを実践している。そういうようなしなやかな姿勢が地域に受け入れられてるんじゃないかと思います。
白石 精神障害者の作業所というと、いくらかでもお金になるようにということで、内職みたいな仕事をやるというのがありますよね。そういう所に是非行きたいと思う人っていうのは、実はあまり多くはないわけですよ。箱詰めとかなんとか、そういう作業はあまりしたくないという気持ちがあるんだろうと思うんですけれど、現実に一ヵ所に集まって、みんなで何かをやってお金を稼ぐとなるとそうなってしまうと思うんですね。だけど藍工房は、最初の出発のところで僕は面白いと思ったんですけれど、やっぱり個別援助ですよね。何かやりたいと思う人がいて、それを叶えてあげたいという気持ちですよね。今でいうエンパワーメントですけれど。そういうところからスタートしているんだと思うんですよ。アメリカに行くってことも、アメリカに行きたいという気持ちがあって、それに対して、一人では行けないので援助する。そういう基本的なところが他の作業所と違うと思うんですよ。ここに来ればこういうことをやってますよ、というのがこれまでの作業所だったけれども、やりたいことを叶えるお手伝いをしてくれるというのは夢がありますね。最近サイコソーシャルリハビリテーションモデルという形で一般に知られるようになった考えを、八三年(昭和五十八年)の時点で藍工房が先取りしているんですね。三障害の統合だとか、個別援助だとか、お互いの助け合いだとか、世界にも誇れるようなことを、藍工房は理論ではなくて行動で先取りしてしまったというところがあると思うんです。個別援助で言えば、三十年入院していても、この人を病院以外の所で暮らさせてあげたいとか、何とかしてアメリカに連れて行ってあげたいとか、その一念ですね。常識に反してるように見えることがいっぱいあるんですけれど、でもそれは常識に反してるんじゃなくって、常識の方が間違っているということにもなるわけですよ。専門家も、それは危険だとか何だとか言うだけじゃだめで、自身も勉強をして、自分の考えを変えないといけないことが多々あるんだろうということを、藍工房のいろんな活動から学ばされたと思います。
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