(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成13年11月19日07時00分
広島県木江港
2 船舶の要目
船種船名 |
引船第五福重丸 |
総トン数 |
18トン |
全長 |
15.78メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
294キロワット |
3 事実の経過
第五福重丸(以下「福重丸」という。)は、昭和53年6月進水の漁船を平成4年10月に改造した、幅4.80メートル深さ2.45メートルの鋼製引船で、船体中央部船首寄りに操舵室を、その船尾側下層に機関室をそれぞれ配置し、同室の船尾端上部に操舵機区画を設けていた。
機関室は、中央部に可変ピッチプロペラ装置及び発電機を駆動する主機を装備し、前部に電動の空気圧縮機及びGSポンプなどを備え、後部甲板の左舷側に設けられた、高さ0.5メートルのコーミングを有するハッチから出入りするようになっていた。また、操舵機区画は、後部甲板上に点検整備用の開口部を設け、長さ1.3メートル幅1メートルでパッキンを有しない鋼板製蓋が被せられており、内部に溜まった水を呼び径32ミリメートル(以下「ミリ」という。)のビルジ管で機関室に導くようなっていたが、同管には弁が取り付けられていなかった。
また、福重丸は、船首の海面上高さが通常約3メートルで、船首部のフェンダーとして、バウチョック前面のスカート状鋼板に沿って直径約1メートルのゴムタイヤ6本をチェーンで吊り下げたうえ、更に中央前面には3本の同サイズのゴムタイヤを二重に取り付け、これらのゴムタイヤ下部から引いたチェーンを、船首材に溶接付けされた4箇所のチェーン取付けピースにシャックルで接続しており、フェンダー前面と喫水付近の船首材との前後距離が約1.7メートル、チェーン下端の海面からの高さが約1.5メートルであった。
A受審人は、広島県豊田郡木江港において、専ら船舶修理を行う日本M株式会社(以下「ドック」という。)を経営し、自らが所有する福重丸の船長として入出渠補助作業などにも当たっていたもので、同13年11月18日16時ごろの下げ潮末期、修理船の入渠作業を終えた同船に1人で乗り組み、船首1.2メートル船尾2.4メートルの喫水で、いつものようにドック工場社屋横の岸壁に既に係留されていた作業台船に係留することにしたものの、同船の舷側には修理中の貨物船が係留されていたので、幅約10メートルの台船船首側へ船首を岸壁に向けた状態で左舷付けすることにした。
ところで、福重丸は、船首を岸壁に向けて係留した場合、高潮時の岸壁高さが海面から0.7メートルばかりで、船首部の高さよりかなり低くなることから、この時期に波の影響などを受けて、係留索のたるんだ作業台船の岸壁方向への振れと自船の船首方向への移動とによって船首部が岸壁に迫り出すと、フェンダー下のチェーンが、船首方の岸壁上に設けられた岸面からの距離0.7メートル高さ230ミリのビットに引っ掛かり、潮位の低下に伴って船首部が吊り下げられるおそれがあった。
ところが、A受審人は、これまでにもこの状態で係留したことがあり、まさかフェンダー下のチェーンがビットに引っ掛かって船首が吊り下げられることはあるまいと思い、船首と岸壁との間隔を十分に空け、船首方向への船体移動を抑えるよう船尾方向の係留索を強く張るなどの適切な係留方法をとることなく、船首フェンダーを岸壁に当てながら作業台船に3本、岸壁に2本の係留索を取り、同日17時ごろに中ノ鼻灯台から真方位347度1,100メートルの地点に係留し終え、他の従業員とともに退社した。
こうして、福重丸は、無人のまま係留中、翌19日00時24分の高潮時ごろ、係留索のたるんだ作業台船の振れと自船の移動とによって、船首部が岸壁に迫り出してフェンダー下のチェーンがビットに引っ掛かり、その後潮位の低下に伴って船首部がビットに吊り下げられる状態となり、船尾が水没して操舵機区画の開口部から海水が浸入し、更に同区画のビルジ管を通して機関室に浸水し始め、やがて船体重量によりチェーン取付けピースが切断したため船首が海面に浮き、前示係留地点において、右舷側に異常に傾斜し船尾が沈下しているところを、出社したA受審人によって発見された。
当時、天候は晴で風力2の東風が吹き、海上は穏やかであった。
A受審人は、急ぎ機関室に入ったところ、主機上部付近まで水没していたので、排水作業ののち福重丸を上架させて外板船底部を調査した結果、船首フェンダー用チェーン及びチェーン取付けピースが切断しており、岸壁上のビットに同チェーンの塗料が付着しているのを認めた。
福重丸は、主機、発電機、操舵機、電動機及び可変ピッチプロペラ制御装置などが濡損したが、のちそれぞれ修理された。
(原因)
本件浸水は、広島県木江港のドック構内において、岸壁に既に係留されていた作業台船へ船首が岸壁に向いた状態で係留するにあたり、潮位の変化に対応した係留方法が不適切で、船首と岸壁との間隔が十分でなく係留索による移動抑止もとらずに無人のまま係留中、高潮時ごろ船首部が岸壁に迫り出してフェンダー下のチェーンが岸壁上のビットに引っ掛かり、潮位の低下に伴って船首部が吊り下げられたまま船尾が水没したことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は、広島県木江港のドック構内において、岸壁に既に係留されていた作業台船へ船首が岸壁に向いた状態で係留する場合、高潮時ごろ船体が移動して船首部が岸壁に迫り出すと、フェンダー下のチェーンが岸壁上のビットに引っ掛かるおそれがあったから、船首方向への船体移動を抑えるよう、船首と岸壁との間隔を十分に空けたうえで、船尾方向の係留索を強く張るなどして、潮位の変化に対応した適切な係留方法をとるべき注意義務があった。ところが、同人は、まさかフェンダー下のチェーンがビットに引っ掛かって船首が吊り下げられることはあるまいと思い、潮位の変化に対応した適切な係留方法をとらなかった職務上の過失により、船首部が岸壁に迫り出したとき同チェーンが岸壁上のビットに引っ掛かり、その後潮位の低下に伴って船首部が吊り下げられたまま船尾が水没し、操舵機区画及び機関室の浸水を招き、主機、発電機、操舵機、及び電動機などを濡損させるに至った。