(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成13年11月19日07時23分
三重県池ノ浦
2 船舶の要目
船種船名 |
練習船鳥羽丸 |
総トン数 |
244トン |
全長 |
40.00メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
956キロワット |
3 事実の経過
(1)鳥羽丸
鳥羽丸は、鳥羽商船高等専門学校(以下「鳥羽高専」という。)において学生の乗船実習に従事する鋼製練習船で、フォックスルデッキ上の中央部前方にサロン及び船長、機関長の個室を、その後方に機関制御室をそれぞれ設け、同デッキ1段上のナビゲーションブリッジデッキに船橋が配置されており、可変ピッチプロペラ及びバウスラスタを備えていた。
また、鳥羽丸は、2台の発電機を有し、通常航海中は1台のみ運転しているが、入港着桟時のバウスラスタ使用等で船内電力負荷が増大し、電力容量が不足するときには、2台を並列運転とする必要があった。そして、通常の並列投入の配電盤操作は、発電機制御監視装置により押しボタンだけで自動的に行うようになっていたが、学生の実習では、両発電機の電圧及び周波数が等しいこと及び位相の同期を確認しながら気中遮断器(以下「ACB」という。)投入のタイミングを計って手動で行っており、タイミングを間違うと船内電源が喪失するおそれがあった。
船内電源が喪失した場合、鳥羽丸では、直流24ボルトのバッテリー電源から主機遠隔操縦装置に給電され、主機は現状を維持して運転されたままになり、船内電源の復旧措置は、ACBの保護装置が作動したことを示す赤ランプ(以下「ACBアブノーマルランプ」という。)が点灯しているときには、同保護装置が作動した原因を除去した後に、配電盤パネル内側のACB本体の中にあるリセットボタンを押し、また、逆電力継電器の赤ランプが点灯しているときには、そのリセット操作を行い、ACBを再投入する必要があった。同作業にかかる時間は、通常、1分足らずであったが、船内電源の喪失が長時間に及ぶと、主機の冷却海水及び冷却清水各系統に2次的な機関故障が発生するおそれがあった。
(2)鳥羽高専専用浮桟橋(以下「専用桟橋」という。)及び周辺海域
専用桟橋は、鳥羽市北部から北方に向け突き出した半島(以下「半島」という。)と、その西側の同県度会郡二見町との間にある池ノ浦の最奥にあり、半島の東側は鳥羽港となっていた。半島とその北側を東西に連なる大村島、御前島等の島々との間の桃取水道は、幅900メートルの狭い水道で、鳥羽港から専用桟橋までは、同水道を西行し、半島を替わったところで池ノ浦を南下する約3.3海里の航程であった。また、池ノ浦においては、半島西側に設けられた、桃取水道大村島灯標(以下「大村島灯標」という。)から153度(真方位、以下同じ。)1,100メートル、169度1,100メートル、167度1,700メートル、157度1,700メートルの各点を結んだわかめ養殖区画漁場(以下「養殖区画」という。)と、池ノ浦を挟んでその西側の二見町側の陸岸沖合に点在する魚釣り用の浮き筏(いかだ)により、可航幅が約200メートルに狭められていた。
(3)A受審人
A受審人は、昭和50年4月鳥羽高専の教官として採用され、同年11月以来、先代の鳥羽丸から通して26年間にわたり同船の船長を務めて学生の乗船実習の指導に当たり、航行中、船首斜め前方からの風に対し船首が風下に落とされる等の船体構造による操船上の特性も熟知し、周辺海域の水路事情にも精通していたが、航行中に船内電源を喪失した経験がなかったので、その場合、主機が現状を維持して運転されたままになることを知らなかった。
(4)B受審人
B受審人は、平成9年4月に鳥羽高専の教官として採用され、同時に鳥羽丸の機関長に就任して以来、4年間にわたり同職を執って機関の運転管理に当たるとともに、学生の乗船実習を担当し、周辺海域の水路事情にも精通していたことから、発電機の並列運転の時期についてもA受審人から任されており、通常、桃取水道を西行して専用桟橋に着桟する場合、機関制御室の左舷側の窓から半島先端が見えるようになったとき、並列運転を開始することにしていた。その一方、同受審人は、学生が配電盤操作をするときは、ともすれば船内電源を喪失させるようなケースがあるにもかかわらず、同電源の復旧措置について、自らも含めた乗組員の訓練等を行っていなかった。
(5)本件発生に至る経緯
鳥羽丸は、A、B両受審人ほか7人が乗り組み、鳥羽高専の教官4人、学生21人を乗せ、船首2.4メートル船尾3.0メートルの喫水をもって、回航の目的で、平成13年11月19日07時05分三重県鳥羽港内の鳥羽港東防波堤灯台から083度440メートルの錨地を発し、専用桟橋に向かった。
ところで、鳥羽丸は、前々日の17日10時00分専用桟橋を発って名古屋港に向かい、18日同港で船内公開をしたのち夕方になって帰途に就き、池ノ浦が前示の状況で夜間の航行が難しいため、19時35分鳥羽港内の錨地に投錨し、19日朝専用桟橋に移動することになったものであった。
A受審人は、07時08分に出航スタンバイ配置を解除し、機関を港内全速力にかけ、10.0ノットの速力(対地速力、以下同じ。)で鳥羽港内を北西進して桃取水道に向かい、07時16分半大村島灯標から105度1,000メートルの地点に達したとき、針路を240度に定め、同速力のまま、甲板手立ち会いのもと、学生に手動操舵を行わせて進行した。
このころ、B受審人は、機関制御室において、同室配置の4人の学生に対し、発電機を並列運転とする配電盤操作の実習を行わせようとしていた。B受審人は、すでに配電盤操作実習を済ませた学生に同操作を担当させることとして同学生の背後に立ち、同人の手元を見ながら、ACB投入のタイミングを指導していたが、左舷側の舷窓から半島の先端が見え、発電機並列運転とする地点に達したことから、自らは一歩後退して学生に配電盤操作を行わせたところ、ACB投入のタイミングを間違え、両発電機のACBが開となり、07時18分大村島灯標から130度750メートルの地点において、船内電源が喪失した。
操船中のA受審人は、船橋の機関制御盤上の警報が鳴り、機関音が変わったことから、何らかの機関故障が発生したことを知り、舵角指示器がほぼ中央のまま、舵、テレグラフとも操作ができないことを確認した。
このときA受審人は、警報の内容を確認せず、船内電源の喪失にも、主機が運転を続けていることにも気付かなかったが、舵の操作ができないことを確認しており、自船が狭水道である桃取水道を航行中であること、付近に養殖区画があること等を考慮すると、直ちに主機の状況を確認し、運転が継続していたならば、機関制御室への連絡もしくは機関制御盤の主機緊急停止ボタンを押すなどして主機を停止し、速力を減殺するなどの安全措置をとるべき状況となっていたが、機関音が変わったときに主機が停止したものと思い、同措置をとることなく、操船不能となったまま続航した。
そして、A受審人は、付近の水深が40メートルを超え、自船の速力からしても直ちに投錨することはできないものの、とりあえず錨を用意し、適当な水深の地点に達したら投錨することとし、大声で階下のサロンにいた一等航海士と甲板長を船首配置に就かせ、右舷錨の用意を命じた。
一方、B受審人は、船内電源喪失後、直ちに電源の復旧に取りかかったが、電源が喪失したことで焦っていたため、ACBアブノーマルランプの点灯を確認しても、ACB内部のリセットボタンを押し、ACBを再投入するなどの船内電源の復旧措置を適切に行うことなく、他の機器のリセット操作を行ってACB再投入操作を試みるなどしたため、電源の復旧に手間取ることとなった。
07時19分A受審人は、大村島灯標から153度720メートルの地点に至ったとき、鳥羽港発航時から不具合のあった右舷揚錨機のクラッチが抜けず、右舷錨を用意できないことを知り、左舷錨を用意するよう命じた。また、このころ同人は、折からの北西風により徐々に船首が左方に落とされ始めたことを認めた。
07時20分B受審人は、大村島灯標から169度900メートルの地点に達し、船首がほぼ180度を向首したころ、船内電源の復旧措置が円滑に進まなかったことから、船橋への階段の下からA受審人に対し、船内電源が喪失したこと、同電源復旧に時間がかかることを併せて報告し、冷却水系統不通水による2次的な機関故障に配慮し、同時20分半大村島灯標から169度1,030メートルの地点において自らの判断により主機を停止したが、その後、鳥羽丸は、急速に速力を減じながら北西風を右舷船尾方に受け、針路がほぼ150度に落ち着くようになり、同時21分少し前同灯標から169度1,100メートルの地点で養殖区画に入り込んだ。
B受審人の報告を受け、船内電源の喪失を知ったA受審人は、まもなく自船が養殖区画に入り込んだことを周囲の状況から知り、自船が水深20メートル前後の水域に達したことに気付いたが、左舷錨のストッパーを外すことに手間取っていたうえ、ようやく速力が落ち始めたばかりでまだ投錨することができず、依然、操船不能のまま進行した。
そのころB受審人は、発電機原動機を停止するとACBが自動復帰することを思い出し、一旦両原動機とも停止して再始動することとし、それらを順次停止して再始動のための準備を待ち、07時23分1台の原動機を再始動させ、ようやく船内電源が復旧したが、同時に鳥羽丸は、大村島灯標から164度1,320メートルの地点において、150度を向首したまま2.5ノットの速力となったその船首が、養殖区画内のわかめ養殖施設に侵入した。
当時、天候は晴で風力4の北西風が吹き、潮候は上げ潮の末期であった。
この結果、鳥羽丸には損傷がなかったが、わかめ養殖施設は、施設固定用錨11個、浮子14個がそれぞれ流出し、ロープ類多数を損傷した。
鳥羽丸は、07時23分半ようやく左舷錨のストッパーが外れ、錨鎖を揚錨機に収納した状態からブレーキを開放し、同時24分2.0ノットの速力のとき、大村島灯標から164度1,400メートルの地点において、水深10メートルの箇所に左舷錨2節を延出して投錨し、その後来援した作業船2隻により13時35分養殖区画から引き出された。
(原因)
本件わかめ養殖施設損傷は、三重県鳥羽市北方において、狭水道である桃取水道を西行中、船内電源が喪失した際、安全措置及び電源復旧措置がいずれも不適切で、操船不能のまま同養殖施設に向首して進行したことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は、三重県鳥羽市北方において、狭水道である桃取水道を西行中、船橋の機関制御盤上の警報が鳴るとともに、操船不能となったことを知った場合、直ちに主機の状況を確認し、主機を停止して速力を減殺するなど、安全措置を適切にとるべき注意義務があった。しかるに、同人は、警報が鳴ったとき主機が停止したものと思い、安全措置を適切にとらなかった職務上の過失により、操船不能のまま進行してわかめ養殖施設への侵入を招き、同施設のロープ類等に損傷を生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
B受審人は、三重県鳥羽市北方において、狭水道である桃取水道を西行中、船内電源が喪失した場合、電源の復旧措置を適切にとるべき注意義務があった。しかるに同人は、船内電源が喪失したことに焦り、電源の復旧措置を適切にとらなかった職務上の過失により、電源の復旧が遅れ、操船不能のまま進行してわかめ養殖施設への侵入を招き、同施設に前示の損傷を生じさせるに至った。
以上のB受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。