日本財団 図書館




 海難審判庁裁決録 >  2002年度(平成14年) > 死傷事件一覧 >  事件





平成14年広審第16号
件名

漁船第二十八住栄丸乗組員死亡事件

事件区分
死傷事件
言渡年月日
平成14年12月10日

審判庁区分
広島地方海難審判庁(西林 眞、竹内伸二、西田克史)

理事官
吉川 進

受審人
A 職名:第二十八住栄丸機関長 海技免状:五級海技士(機関)(機関限定)
指定海難関係人
株式会社I造船鉄工所 業種名:造船業
財団法人C電気保安協会T支部 業種名:電気保安事業

損害
船長が感電により心肺停止で死亡

原因
電路の点検不十分、感電防止対策不十分

主文

 本件乗組員死亡は、アースランプによる交流220ボルト電路の点検が不十分であったばかりか、上架後、陸電を接続して船内通電中に船体が異常に帯電していることを認めた際の感電防止対策が不十分であったことによって発生したものである。
 造船業者が、上架して陸電を給電した入渠船に対する安全対策を十分に行わなかったことは、本件発生の原因となる。
 受審人Aの五級海技士(機関)の業務を1箇月停止する。
 
理由

(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成13年8月10日08時30分
 鳥取県境港

2 船舶の要目
船種船名 漁船第二十八住栄丸
総トン数 99トン
登録長 29.90メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 588キロワット

3 事実の経過
(1)第二十八住栄丸
 第二十八住栄丸(以下「住栄丸」という。)は、昭和58年7月に進水した一層甲板長船尾楼型のFRP製漁船で、S漁業有限会社(以下「S漁業」という。)が平成10年6月に購入し、鳥取県境港を基地として、毎年9月初めから翌年6月末までの間日本海でのかにかご漁業に従事しており、船尾楼前部に船橋を設け、船首楼と船尾楼との間の凹甲板を前部作業甲板とし、同甲板両舷のブルワークには幅約0.4メートルの上部表面全周にわたって補強のためのステンレス鋼板が張り付けられていた。
 また、住栄丸は、給電設備として、上甲板下後部寄りの機関室に電圧220ボルト容量40キロボルトアンペアの三相交流発電機2基及び主配電盤等を備え、ディーゼル補機で駆動する発電機を1号発電機、主機駆動の発電機を2号発電機とそれぞれ称し、電源系統には陸上から給電を受けるための船外接続箱を船橋下層左舷側の食堂兼物置に設け、船内に陸電接続用のキャブタイヤケーブルを保有していた。そして、交流220ボルト系統には、主配電盤内において1号及び2号発電機の各母線から取り出し、切替スイッチを通して甲板上に設けた出力500ワットの投光器6基に送電する仮配線が建造後に敷設され、その後も引き続き使用されていた。
 ところで、FRP船は、船体が不良導体で静電気や電磁誘導等により帯電を生じやすく、船体の一部や構造物の中に電気的に独立した金属があると、電荷が蓄積されて電位を高め、人体への電撃や火災などの災害あるいは電子機器への誘導障害を起こすおそれがあることから、金属製構造物を絶縁状態におかないよう接地する必要があり、住栄丸ではブルワーク上部のステンレス鋼板などの同構造物が、電気機器及び配線等と共通の接地線に接続されていた。
(2)受審人及び指定海難関係人
 A受審人は、かにかご漁に従事する漁船の機関長を歴任したのち、平成12年7月にS漁業に入社して住栄丸に乗り組み、機関の運転管理に当っていたが、主配電盤上のアースランプのグローブが汚れて見にくくなっていたこともあって、アースランプによる電路の点検を十分に行っていなかったので、交流220ボルト系統の投光器に至る前示配線の硬質ゴム被覆が船体振動で主配電盤内のフレーム角と擦れ合い、いつしか心線の一部が露出して漏電を生じるようになっていることに気付かなかった。
 指定海難関係人株式会社I造船鉄工所(以下「I造船」という。)は、造船業及び船舶機関修理業等を目的に設立され、近年では漁船及び官庁船等の上架、修理工事を主たる業務にしているもので、社内に電気関係の有資格者を配置せず、構内の電気設備については、電気事業法の規定に基づき、その保安管理業務を財団法人C電気保安協会(以下「C電気保安協会」という。)に委託するほか、入渠船等の電気工事を外部の電気修理業者に下請けさせる体制をとっていた。
 ところで、I造船は、構内に4基の修繕用引揚船台(以下「船台」という。)と3箇所の陸電供給設備を有し、年間100隻ばかり請け負う入渠船のうち20ないし30隻に陸電を供給する状況であったが、これまで上架船での漏電事故がなかったことから、長年の慣習により、上架した船体に対して溶接工事などで必要な期間のみ接地するだけで、常設の接地工事を施すことや、作業担当者など人的な事情から陸電接続の実作業を船側の乗組員に任せることがほとんどであったにもかかわらず、異常事態の発生に直ちに対処できるよう相互の連絡体制を確立するなどの、入渠船に対する安全対策を十分に行っていなかった。
 一方、指定海難関係人C電気保安協会T支部(以下「保安協会T支部」という。)は、電気事業法の制定に伴い、電気工作物の調査、保安及び広報の業務を目的として、中国電力株式会社の出資で昭和40年12月に設立された広島市に本部を置く同協会の鳥取県内を管轄する支部で、同法の規定に基づき、工場、ビル等の自家用電気工作物のうち、電圧7,000ボルト以下で受電する需要設備や出力1,000キロワット未満の発電設備を有し、電気主任技術者を選任していない約2,600の事業場から委託を受けて電気設備の保安業務を行っていた。
 そして、保安協会T支部は、I造船との間に同41年から電気保安管理業務の受託契約を結び、月次点検及び全停状態での年次点検などによって定期的な電気設備の点検を行い、老朽箇所や異常発見箇所について整備を指導し、あるいは電気事業法で定めた電気設備の技術基準に適合するよう計画的な改善措置を勧め、電気設備の維持と安全管理に努めていたものの、上架中の船舶への陸電供給設備については、船舶安全法の適用される船舶が電気事業法上の電気工作物ではなく、地絡に対する保護対策に関する同法上の諸規定が適用されないという立場から、漏電遮断器の設置及び船体の接地状況などを指導、助言することはなかった。
(3)本件発生に至る経過
 住栄丸は、A受審人、船長B及び漁労長Mほか7人が乗り組んで操業を続けたのち、休漁期を迎えて平成13年7月1日境港に帰着し、以後主機及び発電機を運転しない状態で、入渠に先立ち、機関修理業者の岸壁に係留して主機の開放整備など機関関係の中間検査工事が同月半ばごろまで施工され、この間に船長らが数年来毎年入渠しているI造船の担当者と船体整備や検査工事内容などについて打合せを行った。
 越えて8月8日住栄丸は、同月末までの日程で入渠工事を行うため、休暇を終えたA受審人を含む5人の乗組員が帰船し、引船によってI造船まで曳航され、木製の台車の上に載せられて同日16時25分2号船台に上架されたのち、船内と陸上との通行用足場として、鋼製枠組製のタラップが船橋前方の左舷側に引き寄せられて仮設された。
 上架後、A受審人は、I造船に陸電の接続箇所を聞いただけで受電を連絡しないまま、一等機関士とともに三相交流電圧220ボルトの陸電接続に取り掛かり、本船所有のキャプタイヤケーブルの一端を船外接続箱に、他端を2号船台の前方にある巻上機室屋外に設置された陸電供給用のヒューズ内蔵ナイフスイッチにそれぞれ接続し、自らは船外に残って同スイッチを入れ、一等機関士に機関室ファンを運転させて相順を確認したのち、離船するためブルワークを越えてタラップに乗り移ろうとした同機関士から、船体が帯電していると知らされたものの、船に戻ることなく、同スイッチを切って同人とともに帰宅した。
 翌朝A受審人は、他の乗組員6人とともに住栄丸に赴き、陸電を通電したのち船体付き防食亜鉛板の取外し作業に取り掛かったところ、自ら船体が異常に帯電していることを認めた。
 ところが、A受審人は、前年の入渠時と同様に、船底の魚群探知機発・受信部の鋼製保護枠と地面との間に鉄板の切れ端をあてがうだけの不完全な接地処理を行っただけで、またちょうどそのころ、I造船の従業員により、舵板取外しの準備として吊り上げ用金具を電気溶接するため、舵板に直径約10ミリメートルの鉄筋を溶接して一時的な接地工事が施され、船体の帯電が治まったので大丈夫と思い、直ちに陸電を遮断したうえでI造船に連絡するとともに、電気修理業者に依頼して船内の地絡箇所を調査し、手直しさせるなどの感電防止対策を十分にとらないまま、11時ごろ作業を終え陸電を切って他の乗組員とともに離船した。
 一方、I造船は、午前中に工事現場を見るため担当者ら数人が住栄丸に出入りしたものの、この間船体が完全な接地状態にあったこともあって、陸電通電時に船体が帯電することを把握できておらず、電路の絶縁抵抗測定も数日後に実施する予定にしていた。
 その後、住栄丸は、同日夕刻に舵板が取り外されるとともに、前示鉄筋が片付けられて接地状態が不完全となり、居住区の塗装やプロペラ研磨を行うため、翌10日08時ごろから、小雨が降るなか、A受審人ら8人の乗組員が順次集合して陸電を通電したところ、再び船体が異常に帯電するようになったので、A受審人が乗組員全員に注意喚起したうえ、プロペラに鉄筋の切れ端を立て掛けて、一時的に帯電を回避できたものの、依然十分な接地状態となっていなかった。
 こうして、住栄丸は、A受審人が工場へ機関室船底プラグを外すためのスパナを借りに行ったあと、雨に濡れた半袖ポロシャツとスウェットパンツを着用し、素足にスニーカーを履いたB船長が、自ら船内に入り帯電原因を調べようとして素手のままタラップを登ったところ、タラップを登り切らないで左手をタラップにかけたまま、船首方に身をかがめてブルワーク上にまたがった瞬間、08時30分境水道大橋橋梁灯(C2灯)から真方位195度200メートルの地点において、同人の左臀部と左手との間に220ボルトの交流電流が流れた。
 当時、天候は曇で風力2の北風が吹き、雨が降り止んで間もないころであった。
 M漁労長は、船長のあとに続いてタラップを登り始めたとき、うめき声を上げブルワーク上で動かなくなった船長に気付き、左手を触ったところ電気的な衝撃を感じて感電したものと認め、直ちに陸電を切らせるとともに、他の乗組員とともに心臓マッサージなどの応急処置を行った。
 B船長(昭和29年10月14日生、四級海技士(航海)免状受有)は、意識が回復しないまま、I造船の手配した救急車により最寄りの病院に搬送されたが、同日11時33分感電による心肺停止で死亡した。
(4)事後措置
 住栄丸は、電気修理業者の手により電路の調査が行われ、主配電盤内でフレームと擦れ合って心線の露出していた投光器に至る配線が、切替スイッチを撤去したうえで新替えされた。
 I造船は、住栄丸の船底外板部に常設の接地工事を施したうえで同船の入渠工事を終えたのち、保安協会T支部等の助言を受け、陸電供給設備に順次漏電遮断器を設置し、上架中の船舶には必ず接地工事を施すとともに、入渠船との連絡体制を確立するなど、同種事故の再発防止策を講じた。
 一方、保安協会T支部は、電気事業法上の規定はないものの感電事故防止の観点から、I造船のほか電気保安管理業務委託契約を結んでいる鳥取県内の造船業者に対し、構内の陸電供給設備に漏電遮断器を設置するよう助言、推進した。

(原因の考察)
 本件は、交流220ボルトの電路内で漏電を生じた状況下、入渠工事のために船体が上架され、造船所構内から陸電を受電していたところ、船外から船内に入るために乗組員がタラップを左手で握ったまま帯電した船体にまたがったとき、船体と大地間で通電状態となり感電したことによるもので、本船側で船体の帯電を認め、乗組員同士で注意喚起がなされていたにもかかわらず、いったん陸電を遮断して地絡箇所の調査が行われなかったことが主たる原因であるが、ここでは、造船所の陸電供給設備について検討する。
 電気事業法は、電気工作物を規制することによって公共の安全確保及び環境の保全を図ることを目的の一つとし、電気設備に関する技術基準を定める省令において、感電、火災等の災害防止のために、電気設備の接地(第10条)及び地絡に対する保護対策(第15条)を規定し、さらに漏電遮断器の設置基準等の具体的な内容を電気設備技術基準の解釈として定めているが、船舶が同法上の電気工作物から除外されていることからか、造船所の電気設備から入渠中の船舶への陸電供給設備に関する規定を明確には示していない。
 したがって、保安協会T支部が、電気事業法に基づき、I造船構内の電気設備を技術基準に適合するよう保安管理するにあたり、陸電供給設備への漏電遮断器の設置を助言する業務上の責務はないといわざるを得ない。一方、I造船に対しては、保安管理業務を委託している同部から指導又は助言が得られなかったのであるから、入渠船に対する安全対策として漏電遮断器の設置を主体的に行うよう求めることはできない。
 なお、保安協会T支部は、本件後、保安管理を委託されている県内の造船所に対し、感電事故防止上の助言として、陸電供給設備への漏電遮断器の設置を促したことは評価されるものであるが、主たる業務対象である船舶の電気設備に給電することのある造船所という、電気事業法とともに船舶安全法との接点もある特殊な立場で、かつ電気的な知識も乏しい事業者に対する保安管理業務を行っているのであるから、電気事業法の災害防止の精神に立ち、上架中船舶の電気的特性を把握したうえで、造船所内の事故を未然に防ぐ配慮があってもよかったのではないかと思料する。

(原因)
 本件乗組員死亡は、電気装置の運転と整備管理にあたり、アースランプによる交流220ボルト電路の点検が不十分で、主配電盤内での漏電を放置したばかりか、鳥取県境港内の造船所に上架後、陸電を接続して船内通電中に船体が異常に帯電していることを認めた際の感電防止対策が不十分で、船体の地絡原因が除去されないまま、船外からタラップを登ってブルワーク越しに船内に入ろうとした乗組員が感電したことによって発生したものである。
 造船業者が、上架して陸電を給電した入渠船に対する安全対策を十分に行わなかったことは、本件発生の原因となる。

(受審人等の所為)
 A受審人は、造船所に上架して陸電を通電したあと、船体が異常に帯電していることを認めた場合、感電による人身事故を起こすことのないよう、いったん陸電を遮断したうえで電気修理業者に依頼して船内の地絡箇所を調査し、手直しさせるなどの感電防止対策を十分にとるべき注意義務があった。ところが、同人は、船体と地面との間に鉄材を立て掛けただけの不完全な接地処理を行っただけで、また、造船所により舵板取外し工事のために一時的な接地工事が施され、船体の帯電が治まったので大丈夫と思い、感電防止対策を十分にとらなかった職務上の過失により、舵板が取り外されたことで再び船体が異常に帯電する事態を招き、船外からタラップを登ってブルワーク越しに船内に入ろうとした乗組員を感電死させるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第2号を適用して同人の五級海技士(機関)の業務を1箇月停止する。
 I造船が、上架して陸電を給電した住栄丸に対し、接地工事を施したり、異常事態の発生に直ちに対処できるよう相互の連絡体制を確立するなどの安全対策を十分に行わず、同船船体が異常に帯電していることを把握できなかったことは、本件発生の原因となる。
 I造船に対しては、上架中の船舶には必ず接地工事を施し、陸電供給設備に順次漏電遮断器を設置したほか、異常事態発生時の連絡体制を確立するなど、同種事故の再発防止策を講じた点に徴し、勧告しない。
 保安協会T支部の所為は、本件発生の原因とならない。

 よって主文のとおり裁決する。





日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION