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平成14年仙審第33号
件名

押船第二十七東華丸被押起重機船第二十八東華丸
作業船第三十二東華丸乗組員負傷事件

事件区分
死傷事件
言渡年月日
平成14年11月26日

審判庁区分
仙台地方海難審判庁(大山繁樹、亀井龍雄、上中拓治)

理事官
岸 良彬

受審人
A 職名:第三十二東華丸船長 海技免状:一級小型船舶操縦士
指定海難関係人
B 職名:第二十八東華丸船団長

損害
一等航海士が上顎骨骨折及び右肘開放性脱臼

原因
引出しロープの緊張状態に対する監視及び連絡体制の確立不十分

主文

 本件乗組員負傷は、引出しロープが衰耗していたうえ、同ロープの緊張状態に対する監視及び連絡体制の確立が不十分であったことによって発生したものである。
 受審人Aを戒告する。
 
理由

(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成13年11月7日08時40分
 宮城県渡波漁港

2 船舶の要目
船種船名 押船第二十七東華丸 被押起重機船第二十八東華丸
総トン数 99トン 1,600トン
全長 23メートル 58.3メートル
出力 2,059キロワット  
船種船名 作業船第三十二東華丸  
総トン数 10トン  
登録長 9.1メートル  
出力 404キロワット  

3 事実の経過
 第三十二東華丸(以下「作業船」という。)は、専ら仙台塩釜港の周辺海域において海洋土木工事に従事する鋼製作業船で、押船第二十七東華丸(以下「押船」という。)及び灯台を載せた被押起重機船第二十八東華丸(以下「起重機船」という。)の押船列とともに船団を構成し、作業船にA受審人1人、起重機船にB指定海難関係人ほか3人、押船に3人がそれぞれ乗り組み、灯台設置の目的で、船首0.4メートル船尾1.4メートルの喫水をもって、平成13年11月7日08時25分宮城県渡波漁港長浜防波堤基部の北側を発し、同時30分同防波堤入口付近の灯台設置工事現場に到着した。
 起重機船は、船首尾両舷の四隅にそれぞれ重さ2.5トンの船固め用の錨を備え、錨鎖及びワイヤ製錨索が順に連結され、各錨の後方10ないし15メートルに専用のウインチが設置されていた。
 到着後、B指定海難関係人は、起重機船上で投錨の指揮を執り、押船の一等航海士Cを綱取り要員として作業船に移乗させ、起重機船を長浜防波堤入口の西方に向けて4個の錨で固定する作業に取りかかり、作業船に錨の引出しロープを引かせて起重機船の船尾両舷錨をそれぞれ投下させた。
 C一等航海士は、他乗組員とともに保護帽、作業用救命胴衣及び安全靴を着用して、投錨作業に従事していた。
 ところで、引出しロープは、錨の爪に結ばれた径60ミリメートル長さ6メートルの浅所用ロープに、径55ミリメートル長さ10メートルの合成繊維製の継ぎ足しロープを連結したものからなっており、作業船で引出しロープを引き出す際は、継ぎ足しロープの一端を作業船の機関室囲い後部に設けられたストッパーフックに係止して引かれていたが、当時使用していた継ぎ足しロープは、普段、起重機船の甲板に置きっぱなしになっていたうえ、使用時は作業船のストッパーフックから2メートル後方の船尾端コーミングと擦れるなどして衰耗していた。
 錨の投下要領は、作業船が起重機船から受け取った引出しロープを投下地点に向けて低速力で引いて同ロープのたるみを取り、起重機船がたるみの取れたのを見定め、同ロープに過度の張力がかからないように直ちに錨を繰り出して投下地点で錨を着底させ、最後にストッパーフックを開放するもので、作業指揮者の指示により、作業船の引き方と起重機船の錨繰り出し動作を合わせる必要があった。
 B指定海難関係人は、錨を投下する際、作業指揮者として、作業船の操船者及びウインチマンから見えるように錨リセス付近に立ち、手振りの合図と手持ちのワイヤレスマイクで起重機船のスピーカーから両者に指示するようにしていたが、作業者が了解したかどうか応答する方法が決められていないなど連絡体制を確立していなかった。
 B指定海難関係人は、当日朝、投錨地点の水深が深かったことから、クレーン士に左舷船首錨の引出しロープに継ぎ足しロープの連結を指示し、通常同ロープを5箇月ばかりで新替えしていたところ、半年を越えて使用されて衰耗しているおそれがあったものの、新替えしないまま使用させた。
 08時38分B指定海難関係人は、左舷船首錨を南西方向約40メートルのところに投下するため、引出しロープを作業船の船尾甲板に降ろして渡し、受け取ったC一等航海士は、同ロープをストッパーフックに係止したのち、同フックの左舷側に立ってストッパーが振動で外れないようにパイプ棒で抑えながら、次の指示を待った。
 このとき、B指定海難関係人は、足下の錨リセスの錨鎖に係船ロープが被さっているのを認め、錨鎖を繰り出す前に取り除くこととし、A受審人に引出しロープのたるみだけを取り、錨の引出しを待つようワイヤレスマイクで指示したが、引き続き同ロープの緊張状態を監視して、同指示が作業船に確実に伝わったかどうかを確認しないまま、クレーン士とともに係船ロープの除去作業に取りかかった。
 合図を受けたA受審人は、船橋内で操船にあたり、通常機関を1ないし2ノットの低速力前進で引くところ、機関を半速力前進にかけ、前方及び後方を見てB指定海難関係人が所定の場所にいないのを不審に思いながら、約4ノットに達する出力で引出しロープを引き始め、間もなくたるみが取れるのを認めた。
 A受審人は、通常このあと直ぐに起重機船側で錨を繰り出してくるので、同じ出力で引き続けてよいと思い、引出しロープの緊張状態に対する監視を十分に行わないまま引き続けたところ、錨の繰り出しを停止していたので、同ロープが急激に緊張して衝撃力がかかり、08時40分渡波漁港佐須浜防波堤灯台から真方位280度170メートルの地点において、継ぎ足しロープの連結部から2メートル作業船寄りのところで切断し、C一等航海士の上半身を強打した。
 当時、天候は晴で風力1の西風が吹き、海上は穏やかであった。
 その結果、C一等航海士は、1箇月半の入院加療を要する上顎骨骨折及び右肘開放性脱臼を負った。
 B指定海難関係人は、本件後、引出しロープの早めの新替えに努め、同ロープの擦れる作業船船尾端のコーミングに擦れ止めを施し、錨の投下要領についてマニュアルを作成して乗組員に周知徹底した。

(原因)
 本件乗組員負傷は、作業船で起重機船の錨を引き出す際、引出しロープが衰耗していたうえ、同ロープの緊張状態に対する監視及び両船間の連絡体制の確立が不十分で、同ロープが急激に緊張して切断し、作業船の船尾甲板にいた乗組員を強打したことによって発生したものである。

(受審人等の所為)
 A受審人は、起重機船の錨を作業船で引き出す場合、引出しロープを急激に緊張させると、衝撃力がかかって切断するおそれがあるから、同ロープの緊張状態に対する監視を十分に行うべき注意義務があった。ところが、同人は、通常引出しロープのたるみが取れたあと、直ぐに起重機船側で錨を繰り出してくるので、同じ出力で引き続けてよいと思い、引出しロープの緊張状態に対する監視を十分に行わなかった職務上の過失により、起重機船側が錨の繰り出しを停止していたので、同ロープが急激に緊張して切断し、船尾にいた乗組員を強打する事態を招き、乗組員に上顎骨骨折及び右肘開放性脱臼を負わせるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して、同人を戒告する。
 B指定海難関係人は、作業指揮者として、起重機船の錨を作業船で引き出す際、両船間の連絡体制を確立せず、引出しロープの緊張状態に対する監視を十分に行わなかったことは、本件発生の原因となる。
 B指定海難関係人に対しては、本件後、作業船船尾端コーミングにロープの擦れ止めを施し、錨の投下要領についてマニュアルを作成して乗組員に周知徹底している点などに徴し、勧告しない。

 よって主文のとおり裁決する。





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