(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成13年1月16日10時20分
徳島県橘港東方沖合
2 船舶の要目
船種船名 |
引船第二十五きさ丸 |
総トン数 |
99トン |
全長 |
28.70メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
551キロワット |
3 事実の経過
第二十五きさ丸(以下「きさ丸」という。)は、鋼製引船で、A受審人ほか2人が乗り組み、廃棄物投棄の立会者2人が同乗し、全長58メートル幅15メートル深さ5メートルで、作業員2人が乗り、水底土砂1,550トンを積載して船首3.0メートル船尾2.9メートルの喫水となった、株式会社関西港湾工業所有の非自航式鋼製バージ(大)35(以下「35号」という。)を引き、船首1.85メートル船尾3.35メートルの喫水をもって、平成13年1月16日05時50分徳島県橘港を発し、同県伊島南方10海里付近の投棄海域に向かった。
きさ丸は、機関室囲壁の後方上部に曳航フックを備え、また、後部甲板には、同囲壁後面から約1.5メートル後方にホーサーリール付きの曳航ウインチを、同ウインチから約5.5メートル後方のブルワーク両舷間に摺れ止め用の曳航アーチをそれぞれ備えていた。
曳航アーチは、高さが甲板上約1.5メートルで、その中央部に、曳航索が左右へ移動するのを制限するため、直径約7センチメートル高さ約45センチメートルのステンレス合金製の丸棒(以下「振れ止め棒」という。)が、約1.4メートルの間隔で2本取り付けられていた。
A受審人は、曳航索として、長さ200メートルと同45メートルの、いずれも直径85ミリメートル(以下「ミリ」という。)の合成繊維索を連結し、その一方のアイをきさ丸の曳航フックに掛け、他方を35号の船首両舷ビットに係止した直径34ミリ長さ26メートルの鋼索2本とペンダント型に繋ぎ、引船列の長さを約320メートルに調整して進行した。
08時10分A受審人は、伊島東方1.5海里付近に差し掛かったころ、次第に海上模様が悪化するようになり、投棄海域の波高が投棄中止基準の3メートル以上になることを予想したので、投棄を断念することとし、反転して帰途に就いた。
A受審人は、舟磯付近に達したら、入港準備のため曳航索を短縮する予定でいたところ、10時05分舟磯灯標から100度(真方位、以下同じ。)3海里ばかりの地点に至ったとき、橘港に向けて入航中の大型船を認め、このまま進行して舟磯付近で作業を行えば、同船の通航の妨げになるものと考え、機関長Hと甲板員に対し、保護帽を着用させ、35号が土砂を積載したままで曳航索が緊張していたので、ホーサーリールから後方の後部甲板に立ち入らないよう注意を与え、早速、曳航索の短縮作業に取り掛かることとした。
A受審人は、引船列の針路を北方に向け、35号がきさ丸の正船尾方向になったのを見計らい、きさ丸の行きあしを止め、曳航索を弛ませて曳航フックから外し、両振れ止め棒の間を介してホーサーリールに取り付けた。そして、H機関長を巻き取り状態の監視に、甲板員を曳航ウインチの操作にそれぞれ当たらせ、自らは操舵室で作業指揮をとり、10時10分舟磯灯標から100度2.75海里の地点で、針路を000度に向け、機関を極微速力前進にかけて1.5ノットの曳航速力(対地速力)とし、巻き取りを開始した。
ところで、A受審人は、普段から曳航索を巻き取るにあたっては、自身で同索の方向を確認したり、H機関長から巻き取り状態を報告させたりして、巻き取った曳航索がホーサーリールの片方に片寄らないよう、船首方向を変え、同索の方向を調整するようにしていた。
A受審人は、10時19分半曳航索を160メートルばかり巻き取ったとき、折からの北西風のため次第に35号がきさ丸の右方に圧流され、同索が緊張したまま右舷側の振れ止め棒から右舷船尾20度方向に屈曲した状態になったのを認めるとともに、きさ丸と35号がうねりのため上下に動揺を繰り返し、曳航索の緊張が増すおそれがあった。
ところが、A受審人は、作業開始前にホーサーリールから後方の後部甲板に立ち入らないよう注意したので更に指示することもあるまいと思い、同リールの右舷側にいたH機関長に対し、屈曲した曳航索の内側に入ることなく安全な場所で同索の監視に当たるよう厳重に指示しなかった。
A受審人は、ホーサーリールの右舷側に曳航索が片寄ったので、巻き取りを中断し、H機関長に拡声器で船首方向を変える旨を知らせ、間もなく巻き取りを再開した。
一方、H機関長は、A受審人から船首方向を変える旨を知らされたので、ホーサーリールに近寄って曳航索の片寄り具合を確認しようとしたものか、同リール後方の屈曲した同索の内側に入ってしゃがみ込んだ。
こうして、きさ丸は、安全措置が不十分となり、H機関長がホーサーリールの陰に隠れてA受審人から見えないまま曳航索を巻き取り中、同受審人が船首を左方に向けようとしたとき、10時20分舟磯灯標から095度2.7海里の地点において、緊張を増した同索が振れ止め棒を曲げて舷外方向に外れ、H機関長の左側頭部を強打した。
当時、天候は晴で風力4の北西風が吹き、付近には波高約1ないし1.5メートルのうねりがあった。
その結果、H機関長(昭和28年1月31日生)は、病院に搬送されたが、急性硬膜下血腫で死亡と診断された。
(原因)
本件乗組員死亡は、徳島県橘港東方沖合において、きさ丸がバージを曳航し、入港準備のため曳航索短縮作業中、同索が緊張したまま曳航アーチの振れ止め棒から右舷船尾方向に屈曲した状態になった際、安全措置が不十分で、振れ止め棒から外れた曳航索が、屈曲した同索の内側にいた乗組員の頭部を強打したことによって発生したものである。
安全措置が十分でなかったのは、船長が、乗組員に対し、屈曲した曳航索の内側に入ることなく安全な場所で同索の監視に当たるよう厳重に指示しなかったことと、乗組員が、屈曲した曳航索の内側に入ったこととによるものである。
(受審人の所為)
A受審人は、徳島県橘港東方沖合において、きさ丸がバージを曳航し、入港準備のため曳航索短縮作業中、同索が緊張したまま曳航アーチの振れ止め棒から右舷船尾方向に屈曲した状態になったのを認めた場合、きさ丸とバージがうねりのため上下に動揺を繰り返し、曳航索の緊張が増すおそれがあったから、屈曲した曳航索の内側に入ることなく安全な場所で同索の監視に当たるよう厳重に指示すべき注意義務があった。しかるに、同人は、作業開始前にホーサーリールから後方の後部甲板に立ち入らないよう注意したので更に指示することもあるまいと思い、厳重に指示しなかった職務上の過失により、振れ止め棒から外れた曳航索が屈曲した同索の内側にいた乗組員の頭部を強打する事態を招き、同乗組員を死亡させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。