(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成13年9月30日17時30分
能登半島北方沖合
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船第五十八眞盛丸 |
総トン数 |
123トン |
全長 |
37.51メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
673キロワット |
3 事実の経過
第五十八眞盛丸(以下「眞盛丸」という。)は、かにかご延縄漁業に従事する長船尾楼型鋼製漁船で、船尾楼甲板前部の船体中央付近に船橋を有し、船橋前側の前部甲板で延縄の揚収や漁獲物の回収作業を、船尾楼甲板で延縄投入作業を行うようになっており、前部甲板と船尾楼甲板の間には左舷側に沿って船首尾方向に、漁具や漁獲物などを移送するベルトコンベア(以下「コンベア」という。)を備えていた。
ところで、かにかご延縄は、1連が、かにかご150個を50メートル間隔で取り付けた長さ7,500メートルの幹縄と、幹縄の一方の端に接続した長さ1,800メートルの浮標縄とからなり、この浮標縄の他端には、標識灯付きの浮標が取り付けられており、漁の方法は、予め9連を海底に沈めておき、数日後に浮標縄及び幹縄を引き揚げて漁獲物を回収し、かにかごに餌を入れて再び船尾から海底に投下するものであった。
延縄の揚収作業は、ラインホーラにより浮標、浮標縄及び幹縄の順にローラを介して巻き上げるが、同時に次の投下準備として、最初に浮標を引き揚げたところで浮標縄から取り外し、コンベアに載せて船尾楼甲板へ移送し、一方、浮標縄は、右舷側沿いに配管したパイプを通して船尾楼甲板に設置されたワインダで巻き取ってコイルダウンし、次いで幹縄を前部甲板に巻き上げ、かにかごを外して漁獲物を取り出し、餌を入れてコンベアで船尾楼甲板に移送するとともに、幹縄を浮標縄と同じようにワインダで船尾に運ぶものであった。
浮標は、径0.8メートル長さ1.2メートル重さ約10キログラムの円筒形状の発泡スチロールにビニールを被せ、さらに漁網で包んだものであるが、長期間使用していると海水を含み、重量が2ないし3倍になって浮力が低下するので、状況に応じて交換する必要があり、そのため予備の浮標が船首楼甲板右舷の浮標置場に保管されていた。
コンベアは、前後に2台が直列に備えられ、いずれも長さが9.0メートル幅が0.6メートルの電動可逆式のもので、前部コンベアは、前部甲板から船尾楼甲板前端の間に約1メートル上方傾斜して置かれ、後部コンベアは、同甲板前端から同甲板中ほどの間に水平に置かれていたが、両コンベアの間には約10センチメートルの隙間があった。
また、各コンベアには、前部コンベア前寄りの下方と、船橋後部の機関室入口との2箇所に2台分の押しボタンスイッチ(以下「スイッチ」という。)が取り付けられ、前部甲板でも船尾楼甲板でも別々に、船首から船尾方向に回転の正転、停止及び船尾から船首方向に回転の逆転ができるようになっていた。
浮標をコンベアで船尾楼甲板に安全に移送作業を行うためには、通常、2人が浮標の前後に乗って浮標を支え、もう1人が前部甲板でスイッチを操作し、移送後、コンベアから降りた2人が浮標を投下位置である船尾楼甲板後端に運ぶ必要があった。ところが、A受審人は、乗組員が同作業に慣れているので大丈夫と思い、複数の乗組員が同作業にあたり、コンベア操縦者、浮標を支える者等作業役割を明示するなど、安全な作業方法を十分に指示していなかった。
眞盛丸は、A受審人及び甲板員Nほか8人が乗り組み、操業の目的で、船首1.5メートル船尾3.8メートルの喫水をもって、平成13年9月26日08時10分鳥取県境港港を発し、翌27日11時00分能登半島北方沖合の漁場に至って操業を開始した。
越えて30日17時10分A受審人は、禄剛埼北北東30海里ばかりの漁場で当日3連目を揚収することとし、真方位315度に船首を向けて機関を停止運転として船橋で漁労作業の指揮をとり、甲板長及びN甲板員ほか2人を前部甲板に、ほかに3人を船尾楼甲板にそれぞれ配置し、同時20分浮標を前部甲板に引き揚げたところ、海水を含んで浮力が低下していたので、浮標の収容に取りかかっていた甲板長及びN甲板員ほか1人に交換を指示した。
17時25分甲板長ほか1人は、浮標置場から予備の浮標を運び出してN甲板員に渡し、浮力の低下した浮標を電動ホイストなどを使用して浮標置場へ格納する作業にあたった。
N甲板員は、浮標が新品で軽いので1人で移送することとし、甲板長等が浮標置場から戻るのを待つことなく、新品の浮標を前部コンベアに乗せ、自分はその船尾側に乗り込んで右舷を向いてしゃがみ、17時30分少し前、前部コンベア下方にある前部及び後部コンベアの各スイッチをそれぞれ手探りで押して起動したが、その際、前部コンベアを正転操作したものの、後部コンベアを逆転操作してしまったことに気付かなかった。
起動後N甲板員は、右手を船尾側に付いて左手で浮標を支えた状態で前部コンベア上を運ばれ、17時30分禄剛埼灯台から真方位015度38海里の地点において、後部コンベアとの隙間に右腕、右胸部及び右顔面部が挟まれた。
当時、天候は曇で風力2の東風が吹き、海上は平穏であった。
A受審人は、ふと操舵室窓越しに船首方を見たとき、N甲板員(昭和31年9月10日生)が両コンベアの隙間に挟まっているのに驚き、急ぎ操舵室を出て機関室入口のスイッチを押して両コンベアを停止し、同甲板員を救出したのち関係方面に救助を求め、来援した航空自衛隊のヘリコプターにより石川県小松市内の病院に搬送されたが、同甲板員は、多発肋骨骨折及び血気胸による呼吸不全で死亡と検案された。
本件後、A受審人は、前後のコンベアが同時に同一方向に回転するように改造した。
(原因)
本件乗組員死亡は、かにかご延縄漁業に従事する漁船において、浮標をコンベアで移送する際、作業役割を明示するなど安全な作業方法がとられず、乗組員が単独で移送作業を行い、コンベアに乗ったままスイッチを操作して運転を誤り、正転中の前部コンベアと逆転中の後部コンベアの隙間に右腕、右胸部などを挟まれたことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は、かにかご延縄漁業に従事する漁船において、浮標をコンベアで移送する作業を行わせる場合、同作業を安全に行うには、コンベア操縦者、浮標を支える者等複数の乗組員が役割を分担して行う必要があったから、作業役割を明示するなど安全な作業方法を十分に指示すべき注意義務があった。ところが、同人は、乗組員が同作業に慣れているので大丈夫と思い、安全な作業方法を十分に指示しなかった職務上の過失により、甲板員がコンベアに乗ったままこれを運転し、後部コンベアのスイッチを押し間違え、正転中の前部コンベアと逆転中の後部コンベアの隙間に同甲板員の右腕、右胸部などが挟まれる事態を招き、多発肋骨骨折及び血気胸による呼吸不全で死亡するに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。