(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成13年11月22日13時15分
下北半島東方沖合
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船第二吉丸 |
総トン数 |
138トン |
全長 |
37.95メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
500キロワット |
3 事実の経過
第二吉丸(以下「吉丸」という。)は、いか一本釣り漁業に従事する中央船橋型の鋼製漁船で、船首楼甲板にパラシュート形シーアンカー(以下「シーアンカー」という。)置場を設け、同甲板の後方にシーアンカー用のロープリール2台を船横方向に並列に設置し、同リールの船首方向の延長線上となる船首部両舷のブルワーク上縁にそれぞれ水平ローラを備えていた。
シーアンカー置場は、船首楼甲板の左舷前寄りに、ブルワーク上縁とほぼ同じ高さの位置に設けられた、長さ3.5メートル最大幅2.0メートルの木製の平滑な台で、その台の上にシーアンカーを折りたたんだ状態で格納するようになっており、同置場の船首端にダビットが設置されていた。
シーアンカーは、傘が直径32メートル長さ30メートルで、傘の周縁部に長さ70メートルの張りロープ48本を連結し、傘の頂部にはステンレス製チェーンを束ね表面にロープを幾重にも巻いて径20センチメートル長さ3メートルの円筒形状とした、重さ70キログラムの錘(おもり)を取り付け、更に錘にはブイロープ及びブイを順に取り付けてあり、ブイには引上げロープが、張りロープには長さ100メートルのシーアンカーロープが接続していた。
シーアンカーの揚収作業は、左舷ロープリールで船首左舷の水平ローラから引上げロープ、錘、傘及び張りロープと順に巻き上げ、更に右舷ロープリールで船首右舷の水平ローラからシーアンカーロープを巻き上げ、このあと次回の投下に備えてシーアンカーを折りたたんで格納するため、すでに巻き込まれた傘や錘を順次巻き戻して船首楼甲板上に送り出し、次いでこれらの傘や錘を電動ホイストからダビットに導かれたホイストロープによって数回に分けて船首方に引き上げながら、シーアンカー置場に傘の頂部が上になるように折りたたんで積み重ねてゆき、最後に傘の上に錘を乗せて完了するものであった。
また、錘の中央部には、径16ミリメートルの合成繊維製ロープをループ状にしたスリング(以下「ロープスリング」という。)を恒常的に結び付けてあり、これにホイストロープのフックを掛けて吊り上げるようにしてあった。このためロープスリングは、錘を投下したときには海水に浸かり、揚収して甲板上に置かれたときには日光に曝される(さらされる)ことを頻繁に繰り返すので、疲労しやすい状態であった。
ホイストロープは、直径16ミリメートルの合成繊維製で、両舷ロープリールの中間に設置されたホイストから、ホイスト上方の門型マスト上部のブロック及びダビット頂部のブロックを順に通って船首楼甲板に導かれ、先端にフックが取り付けられていた。
A受審人は、平成11年4月吉丸に船長として乗り組んで安全担当者も兼ね、例年3、4月の休漁期間以外年間を通していか一本釣り漁業に従事し、ロープ類の点検整備を甲板長に行わせており、シーアンカーの錘吊り上げ用ロープスリングが平成13年8月末に新替えされていた。
吉丸は、A受審人ほか6人が乗り組み、操業の目的で、船首2.20メートル船尾3.40メートルの喫水をもって、平成13年11月4日08時00分青森県大畑港を発し、日本海、北海道積丹半島沖及び尻屋埼東方沖の漁場の順に操業を続けた。
ところで、A受審人は、操業中にシーアンカーを投入し、漁模様が思わしくないときは漁場を移動して1日に数回シーアンカーの投入と揚収を繰り返していたところ、錘吊り上げ用ロープスリングが疲労により強度が著しく低下した状態となっていたが、同ロープスリングの点検を十分に指示していなかったので、そのことに気付かなかった。
越えて22日12時50分A受審人は、尻屋埼東方約59海里の漁場でシーアンカーを投入して漂泊していたところ、潮のぼりのためシーアンカーを揚収することとし、乗組員全員を船首楼甲板に配置してシーアンカーの揚収作業に当たらせ、船橋で同作業を指揮していたが、乗組員に対し、シーアンカーの折りたたみ作業中、保護帽を着用すべきこと及びホイストロープの緊張時は同ロープの切断事故に備えてシーアンカー置場から離れて待機すべきことを指示せず、甲板長佐藤政明は、野球帽姿で、シーアンカー置場付近で作業に従事していた。
吉丸は、13時05分シーアンカーの張りロープが上がり終えたところで発進し、真針路270度及び5ノットの対地速力で進行しながら、シーアンカーの折りたたみ作業が続けられるうち、13時15分尻屋埼灯台から真方位093度58.6海里の地点において、錘を吊り上げ中にロープスリングが切断し、緊張していたホイストロープのフックが、シーアンカー置場の上で待機していた佐藤甲板長の額部を直撃した。
当時、天候は曇で風力4の西北西風が吹き、海上は波立っていた。
その結果、甲板長は、頭蓋骨陥没骨折及び脳挫傷を負い、約1箇月の入院加療と3箇月を越える通院加療を受けた。
(原因)
本件乗組員負傷は、シーアンカーの揚収作業を行う際、安全措置が不十分で、シーアンカーの錘を電動ホイストで吊り上げ中、疲労により強度の著しく低下していたシーアンカーの錘吊り上げ用ロープスリングが切断し、ホイストロープのフックがシーアンカー置場で保護帽を着用しないで待機中の甲板長の額部を直撃したことによって発生したものである。
安全措置が不十分であったのは、船長が、シーアンカーの錘吊り上げ用ロープスリングの点検、保護帽の着用及びホイストロープ緊張時シーアンカー置場から離れて待機することについての指示が十分でなかったことによるものである。
(受審人の所為)
A受審人は、乗組員にシーアンカーの揚収作業を行わせる場合、シーアンカーの錘吊り上げ用ロープスリングの強度低下を見逃すことのないよう、同ロープスリングの点検を十分に指示すべき注意義務があった。ところが、同人は、同ロープスリングの点検を十分に指示しなかった職務上の過失により、同ロープスリングが疲労して強度が著しく低下した状態になっていることに気付かないまま使用され、錘を吊り上げ中、同ロープスリングが切断し、ホイストロープのフックがシーアンカー置場で待機していた甲板長の額部を直撃する事態を招き、甲板長に頭蓋骨陥没骨折及び脳挫傷を負わせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。