(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成14年2月3日18時00分
鹿児島県枕崎港沖
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船第十一金紘丸 |
総トン数 |
64.77トン |
登録長 |
24.53メートル |
機関の種類 |
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 |
出力 |
404キロワット |
回転数 |
毎分720 |
3 事実の経過
第十一金紘丸は、昭和54年2月に進水した、かつお一本つり漁業に従事するFRP製漁船で、主機として、株式会社新潟鉄工所が製造した6MG22X型機関を装備し、船橋に主機の遠隔操縦装置及び警報装置を備えていた。
主機は、定格出力735キロワット同回転数毎分1,100(以下、回転数は毎分のものとする。)の機関に燃料制限装置を付設して連続最大出力404キロワット同回転数720としたものであったが、いつしか同制限装置の設定が変更され、全速力前進時の回転数を830までとして運転されていた。
主機は、海水冷却式で、直結駆動の冷却水ポンプにより吸引された海水が、潤滑油冷却器、空気冷却器、シリンダブロック、シリンダヘッド、過給機などを冷却したのち船外に排出されるようになっており、各シリンダには船首側から順番号が付されていた。
主機の潤滑油系統は、クランク室底部の油だまりに入れられた約250リットルの潤滑油が、直結駆動の潤滑油ポンプ(以下、潤滑油系統の各機器については「潤滑油」を省略する。)で吸引・加圧され、冷却器、250メッシュのこし器を経て、約5.6キログラム毎平方センチメートル(以下「キロ」という。)の圧力で主管に至り、主軸受、クランクピン軸受、ピストン、カム軸受などを潤滑及び冷却後油だまりに戻って循環し、主管の圧力が2.6キロ以下に低下すると圧力低下警報装置が、さらに、1.3キロ以下に低下すると危急停止装置が作動するようになっていた。
主機は、昭和61年5月、全シリンダにおいて、シリンダブロックのシリンダライナとの当り面のすみ部に亀裂が発生したので、同亀裂部が低温溶接補修されていた。
A受審人は、平成10年12月金紘丸漁業生産組合が第十一金紘丸を購入時に機関長として乗り組み、翌11年1月主機を開放整備して全主軸受及び全クランクピン軸受を新替えし、潤滑油全量を更油したのち主機の運転管理にあたり、月間約400時間運転していたところ、ピストンリング、シリンダライナの摩耗及びクランク軸の船尾側貫通部の軸シールからの漏れにより潤滑油消費量が増加し始め、当初1箇月あたり約80リットルであったのが、平成12年10月ごろには約300リットルに増加したので、翌13年1月ピストン抜き整備を実施してピストンリング及び潤滑油全量を新替えした。
主機は、シリンダライナ及び軸シールが新替えされなかったので、ピストン抜き整備後も潤滑油消費量が改善されずに運転が続けられるうち、燃焼残渣の混入に加えて、同年2月ごろから前示シリンダブロックの低温溶接補修された亀裂のうち、2番及び5番シリンダから再び冷却海水が漏れ始め、潤滑油に混入して潤滑油が急速に劣化するようになり、軟質の潤滑油劣化生成物によってこし器が短期間で目詰まりする状況となった。
A受審人は、ピストン抜き整備後約5.6キロを維持していた潤滑油圧力が1箇月後に5.0キロ以下に低下したのでこし器を開放掃除した際、こし器が多量のタール状の軟質スラッジで目詰まりしており、潤滑油の劣化が進行していることが明らかであったが、応急対策として更油を励行し、早期に主機を開放整備して潤滑油劣化要因を排除するなどの潤滑油劣化防止対策をとることなく、その後も潤滑油圧力がこし器掃除後約10日間で5.6キロから5.0キロ以下に低下する状況で、潤滑油の補給とこし器の掃除を繰り返していた。また、平成13年8月ごろ、主機を手動停止したとき吹鳴するはずの圧力低下警報装置及び危急停止装置のブザーが吹鳴せず、同ブザーの故障を知ったが修理しなかった。
主機は、潤滑油の劣化が進行するまま運転が続けられるうち、軟質の潤滑油劣化生成物の一部がこし器を通過して潤滑油系統に入り込み、各部の潤滑及び冷却が阻害されるようになった。
こうして、第十一金紘丸は、A受審人ほか9人が乗り組み、入渠の目的で、平成14年2月2日21時40分鹿児島県大熊漁港を発し、同県枕崎港の修繕ドックに向け、主機回転数を約800として航行中、こし器が目詰まりして潤滑油圧力が低下し、圧力低下警報装置が作動したがブザーが吹鳴しなかったのでこのことに気付かずにそのまま運転が続けられ、潤滑油圧力がさらに低下して翌3日18時00坊ノ岬灯台から真方位163度14.6海里の地点において、危急停止装置が作動し、主機が停止した。
当時、天候は晴で風はほとんどなく、海上は穏やかであった。
A受審人は、主機の停止で異常に気付き、圧力低下警報装置及び危急停止装置の各警報ランプが点灯しているのを認め、こし器を掃除して主機を再始動し、回転数約600の減速運転で修繕ドックに向かった。
修繕ドックにて精査の結果、主機は、海水の混入による潤滑油の劣化、クランク軸軸受部の焼けによる変色、クランクピン軸受メタルのオーバーレイの消滅、主軸受メタルの黒変色、2番及び5番シリンダのシリンダブロック亀裂からの海水漏洩、3番シリンダのピストン及びシリンダライナの擦過傷などが認められ、シリンダブロックは溶接修理、その他損傷部品は新替えされた。
(原因の考察)
本件発生前から冷却水ポンプのメカニカルシールから海水が漏洩していた事実があり、潤滑油の性状劣化は、同海水がポンプ軸を伝わり、オイルシールを越えて主機クランク室に浸入し、潤滑油に混入したことによるもので、本件は、メカニカルシールからの海水漏洩防止措置不十分が原因であるとの主張があるので、この点について検討する。
(1)冷却水ポンプ軸のメカニカルシールとオイルシールとの間には水切り板があって、メカニカルシールから漏洩した海水は、水切り板によってケース内面に向かって飛ばされ、ケース下部に設けられたドレン穴から排出されるので、ドレン穴が詰まってケース内部が海水で溢れる状態となり、オイルシール不良が加わらない限り、多量の海水がクランク室に浸入することはない。
(2)A受審人の当廷における、「メカニカルシールから漏れた海水はドレン穴から落ちていた。本件後確認したところ、ドレン穴は詰まっていなかった。」旨の供述
以上から、メカニカルシールからの海水漏洩防止措置不十分は、原因とならないと判断する。
(原因)
本件機関損傷は、潤滑油こし器が短期間に潤滑油劣化生成物で目詰まりするようになった際、潤滑油劣化防止対策が不十分で、潤滑油が劣化したまま主機の運転が続けられたことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は、潤滑油こし器が短期間に潤滑油劣化生成物で目詰まりするようになった場合、応急対策として更油を励行し、早期に主機を開放整備して潤滑油劣化要因を排除するなどの潤滑油劣化防止対策をとるべき注意義務があった。しかるに、同受審人は、同対策をとらず、潤滑油が劣化したまま主機の運転を続け、クランク軸軸受部の焼けによる変色、クランクピン軸受メタルのオーバーレイの消滅、主軸受メタルの黒変色、3番シリンダのピストン及びシリンダライナの擦過傷などの損傷を生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して、同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。