(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成13年10月9日11時30分
北海道落石岬南西方沖合
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船第六十八北春丸 |
総トン数 |
121トン |
全長 |
36.50メートル |
機関の種類 |
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 |
出力 |
625キロワット |
回転数 |
毎分400 |
3 事実の経過
第六十八北春丸(以下「北春丸」という。)は、昭和51年7月に進水した、いか一本釣り漁業に従事する鋼製漁船で、主機として、同月に株式会社新潟鉄工所が製造した6M26ZG型と呼称するディーゼル機関を備え、操舵室に主機の遠隔操縦装置を装備していた。
主機の潤滑油系統は、クランク室底部の油だめから歯車式の潤滑油ポンプに吸引された油が、潤滑油冷却器を経て圧力調整弁で3.5ないし4キログラム毎平方センチメートルの圧力に調圧され、潤滑油こし器を通過して潤滑油主管に入り、主軸受からクランクピン軸受やピストンピン、カム軸及び調時歯車装置等に至る各系統に分流し、各部を潤滑あるいは冷却したのち油だめに戻って循環しており、潤滑油主管の油圧が1.2キログラム毎平方センチメートル以下に低下すると潤滑油圧力低下警報装置が作動するようになっていた。また、主機は、渦巻式の冷却水ポンプを装備し、海水で直接冷却されていた。
主機の調時歯車装置は、後部の歯車箱に収められ、クランク軸歯車で駆動される中間大歯車とカム軸歯車及び炭素鋼製平歯車の歯数25ピッチ円径125ミリメートルの中間小歯車とが、同歯車と潤滑油ポンプ駆動歯車とが、中間小歯車軸に取り付けられている中間歯車と冷却水ポンプ駆動歯車とがそれぞれかみ合い、中間大歯車軸及び中間小歯車軸が軸受ブシュで支えられており、中間小歯車上方に位置する歯車箱のぞき窓蓋、潤滑油ポンプを取り外すことで歯車列が点検できるものであった。
北春丸は、北海道函館港を根拠地とし、例年5月日本海の隠岐諸島沖合の漁場でいか一本釣り漁の操業を開始し、魚群を追って北海道周辺に漁場を移動しながら12月末操業を終え、翌年1月から4月にかけて休漁しており、平成12年5月定期検査を受検した際に船体や機関等の整備が行われた。
A受審人は、昭和63年2月北春丸の機関長として乗り組み、単独で主機の運転及び保守にあたり、調時歯車装置の歯車列のバックラッシ及び軸受ブシュの磨耗等を計測する措置をとらないまま、定期的に潤滑油の取替えや潤滑油こし器の掃除等を行い、主機を運転していた。
ところで、北春丸は、操業中に主機を全速力前進で運転し、魚群を探知すると全速力後進にかけて停止した後、釣り針を投下する立ち釣りと称する漁法を1日に10回前後繰り返していて、後進にかかった際には船体が激しく振動していた。そして、主機は、就航以来長期間運転され、前示振動の影響を受けていたうえ、調時歯車装置の歯車列の軸受ブシュが経年磨耗し、バックラッシが増加したことから、中間小歯車歯面が著しく偏磨耗して点食を生じ、金属粉が潤滑油に混入する状況になり、過大な繰返し応力の作用により同歯面の材料が次第に疲労していた。
しかし、A受審人は、平成13年8月19日操業の合間に主機の潤滑油こし器を掃除したところ、同こし器に付着している少量の金属粉を認め、同月下旬調時歯車装置付近の運転音が変化するようになったが、この程度は大丈夫と思い、歯車箱のぞき窓蓋及び潤滑油ポンプを取り外すなど、調時歯車装置の歯車列を速やかに点検しなかったので、中間小歯車歯面の著しい偏磨耗等に気付かず、そのまま運転を続けた。
こうして、北春丸は、A受審人ほか5人が乗り組み、操業の目的で、船首1.7メートル船尾3.8メートルの喫水をもって、9月29日01時00分石川県小木港を発し、北海道の利尻島南西方沖合から釧路港南方沖合の漁場に移動して操業し、10月9日06時00分同漁場を発進した後、魚群を求めてオホーツク海経由で日本海の漁場に向け、主機を回転数毎分370にかけて航行中、11時30分北緯43度02分東経145度20分の地点において、調時歯車装置の中間小歯車歯面が歯元の点食箇所で材料の疲労により生じた亀裂から欠損し、潤滑油ポンプ駆動歯車歯面等が破片をかみ込み、主機が異音を発した。
当時、天候は曇で風力3の北東風が吹き、海上は穏やかであった。
A受審人は、食堂で異音に気付いて機関室に急行し、主機を減速した直後、主機の潤滑油圧力低下警報装置が作動して警報ベルが鳴ったことから非常停止し、潤滑油ポンプを取り外して調時歯車装置の内部を点検したところ、中間小歯車歯面及び潤滑油ポンプ駆動歯車歯面等に損傷を認め、運転不能と判断してその旨を船長に報告した。
北春丸は、付近で操業中の漁船により北海道花咲港に曳航された後、主機の調時歯車装置が精査された結果、中間小歯車歯面と潤滑油ポンプ駆動歯車歯面のほか中間大歯車、中間歯車及び冷却水ポンプ駆動歯車各歯面等の損傷が判明し、各損傷部品が取り替えられた。
(原因)
本件機関損傷は、主機調時歯車装置の歯車列の点検が不十分で、中間小歯車歯面が著しく偏磨耗したままに運転が続けられ、同歯面の材料が疲労したことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は、主機の調時歯車装置付近の運転音が変化するようになった場合、潤滑油こし器に付着している金属粉を認めていたから、異状箇所を見落とさないよう、歯車箱のぞき窓蓋及び潤滑油ポンプを取り外すなど、調時歯車装置の歯車列を速やかに点検すべき注意義務があった。しかし、同人は、この程度は大丈夫と思い、調時歯車装置の歯車列を速やかに点検しなかった職務上の過失により、中間小歯車歯面の著しい偏磨耗等に気付かず、そのまま運転を続けて同歯面の材料の疲労により亀裂が生じる事態を招き、中間小歯車、潤滑油ポンプ駆動歯車、中間大歯車、中間歯車及び冷却水ポンプ駆動歯車各歯面等を損傷させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。