(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成13年7月13日11時50分
沖縄県泊漁港
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船第一寿丸 |
総トン数 |
12.31トン |
登録長 |
11.84メートル |
機関の種類 |
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 |
出力 |
55キロワット(計画出力) |
回転数 |
毎分1,100(計画回転数) |
3 事実の経過
第一寿丸(以下「寿丸」という。)は、昭和57年11月に進水した、1航海約2週間のまぐろはえ縄漁業に従事するFRP製漁船で、主機としてヤンマーディーゼル株式会社が製造した6KESB-T型と称するディーゼル機関を備え、各シリンダには船首側を1番として6番までの順番号が付されていた。
主機は、定格出力88キロワット及び同回転数毎分1,900(以下、回転数は毎分のものとする。)の機関を燃料制限し、計画出力55キロワット及び同回転数1,100としたものであったが、いつしか燃料制限装置が取り外されて全速力時の回転数を1,400までとして運転され、年間の運転時間が約5,000時間であった。
主機の潤滑油系統は、クランク室下部の油だめに入れられた約50リットルの潤滑油が、主機直結の歯車式潤滑油ポンプで主機定格回転時に4.5ないし5.5キログラム毎平方センチメートルに加圧され、潤滑油こし器、潤滑油冷却器を経たのち、潤滑油主管と過給機とに分岐し、同主管からは主軸受、カム軸受、弁腕装置などを潤滑する系統、ピストンを冷却する系統などにそれぞれ分岐して各部の潤滑及び冷却を行い、いずれも油だめに戻って循環するようになっていた。また、同系統には潤滑油圧力が2キログラム毎平方センチメートルに低下するとブザーが鳴動するとともに表示灯が点灯する潤滑油圧力低下警報装置が備えられていたが、同油圧力低下危急停止装置は備えられていなかった。
また、主軸受を潤滑した潤滑油は、クランク軸及び連接棒に設けられた油穴を通ってクランクピン軸受及びピストンピン軸受を順次潤滑するようになっており、それぞれの軸受では潤滑油の一部が軸受隙間から溢れ出してクランク室内に落下するようになっていた。
ビルジ系統は、機関室船尾中央に設けられたビルジだめに同室で生じたビルジが全て集まり、電動ビルジポンプ及びフロートスイッチの作動により全自動で船外に排出されるようになっており、ビルジポンプが1日に数回始動するときには操舵室内のブザーが2ないし3分間鳴動するとともに表示灯が点灯することで始動を確認できるようになっていた。
クランク軸は、船尾方が逆転減速機の入力軸と連結し、船首方がラインホーラの油圧ポンプなどを駆動する出力取出し軸と連結していることから、船首尾方とも同軸がクランク室を貫通するようになっており、貫通部には潤滑油の外部への漏洩を防止する目的でそれぞれオイルシールが取り付けられていた。
オイルシールは、外径190ミリメートル(以下「ミリ」という。)、内径160ミリ、幅16ミリで、ばねありオイルシールの外周ゴムオイルシールでシールリップ部には両端を連結して円形としたつる巻状のコイルばねが取り付けられ、クランク軸と接触するシールリップ部の半径方向の締付け力を同ばねで保持するようになっていた。また、クランク軸船首側オイルシールには覆いが取り付けられ、全周の下方3分の1が開口部となっていた。
また、オイルシールは、平成13年3月主機逆転減速機の修理を行ったとき、船尾側オイルシールの新替えが行われたが、船首側オイルシールについては主機を陸揚げしなければ新替えできない構造であったことから、同オイルシールの新替えは行われていなかった。
ところで、オイルシールは、長期間使用するとゴム材が硬化するとともにクランク軸との摩擦でゴム材の摩耗が進行してシールリップ部とクランク軸との間に隙間を生じ、主軸受の隙間から溢れ出た潤滑油がシールリップ部の隙間から外部に漏洩し、さらに時間の経過とともにゴム材の摩耗が進行して漏洩量が徐々に増加するおそれがあった。
A受審人は、同13年7月漁ろう技術の習得が目的のインドネシア人の研修員2人を受け入れたが、両人に操船及び機関の知識がなかったことから、操船のほか機関の運転及び保守管理を1人で行い、発航する際に潤滑油量、冷却清水量、燃料油量、ビルジ量を確認し、主機を始動したのち潤滑油圧力が上昇するまで同油圧力低下警報装置が正常に作動していることを確認し、航海中、燃料油をサービスタンクに補給するために4ないし5時間ごとに約10分間機関室に赴き、燃料油移送ポンプを手動で始動したのち短時間の機関室内の巡視点検を行い、その後同ポンプを手動で停止していた。
しかしながら、A受審人は、クランク軸船首側オイルシール部が狭隘であったこと、同室内の巡視点検中に操舵室が無人となることから同点検に十分な時間を費やせないこと、ビルジ管理が全自動であったことから油分などビルジの性状を十分に把握していなかったこと、停泊中に機関の点検を行っていなかったことなどから、クランク軸船首側オイルシール部からの漏油に気付かなかったものの、同9年7月主機の開放整備を行った直後には少なかった同油消費量が、同13年までに徐々に増加し、2週間で15リットルになったことを認めていたが、業者に依頼するなどして、主機潤滑油の漏洩箇所の点検を十分に行わないまま、同13年7月8日主機の潤滑油を全量新替えしたのち、従前同様に操業を繰り返していた。
こうして、寿丸は、A受審人ほか研修員2人が乗り組み、平成13年7月13日07時30分沖縄県泊漁港の係留場所を発し、同漁港内を移動して氷及び漁具の積み込みを行ったのち、発航した係留場所に戻って再係留し、主機を停止回転として同受審人が船尾甲板で昼食をとっていたとき、クランク軸船首側オイルシールの切損、ゴム材の欠損などが生じるかしてオイルシールとクランク軸との隙間が増加し、短時間のうちに多量の潤滑油が外部に漏洩し、潤滑油圧力低下警報装置が作動したものの同受審人が気付かなかったことから、潤滑油量不足で潤滑が阻害されるようになった主軸受が焼損し、11時50分那覇新港船だまり防波堤灯台から真方位145度380メートルの地点において、主機が異音を発するとともに自停した。
当時、天候は晴で風力1の北東風が吹き、港内は平穏であった。
A受審人は、ただちに機関室に赴き、クランク軸船首側オイルシール部から潤滑油が飛散していることを認め、主機の再始動を試みたものの始動できないことから、業者に修理を依頼した。
寿丸は、修理が試みられたものの、部品の早期納入ができなかったことから主機が換装された。
(原因)
本件機関損傷は、機関の運転及び保守管理にあたり、主機潤滑油消費量の増加を認めた際、主機潤滑油の漏洩箇所の点検が不十分で、クランク軸船首側オイルシール部から潤滑油が外部に漏洩し、潤滑油量不足で主軸受の潤滑が阻害されたことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人が、機関の運転及び保守管理にあたり、主機潤滑油消費量の増加を認めた場合、主機潤滑油の漏洩箇所の点検を十分に行わなかったことは、本件発生の原因となる。
しかしながら、A受審人の所為は、クランク軸船首側オイルシール部が狭隘であった点及び操船などを1人で行い、主機潤滑油の漏洩箇所の点検に十分な時間を費やせなかった点に徴し、職務上の過失とするまでもない。
よって主文のとおり裁決する。