(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成13年7月17日16時15分
静岡県御前埼南西方沖合
2 船舶の要目
船種船名 |
引船第二十三たけ丸 |
総トン数 |
279トン |
全長 |
38.50メートル |
機関の種類 |
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 |
出力 |
2,942キロワット |
回転数毎分 |
750 |
3 事実の経過
第二十三たけ丸(以下「たけ丸」という。)は、平成7年6月に進水した鋼製引船で、主機として、株式会社新潟鉄工所製の6L28HX型ディーゼル機関を機関室の左右各舷に各1基(以下、左舷側主機を「左舷主機」、右舷側主機を「右舷主機」という。)装備し、両舷主機の各シリンダには、船尾側を1番として6番までの順番号が付されていた。
主機の各シリンダヘッドは、4弁式で、船首側に排気弁2個が、船尾側に吸気弁2個がそれぞれ直接組み込まれていた。
ところで、吸・排気弁は、ほぼ同じ形状のきのこ型弁で、吸気弁が耐熱鋼製で、全長496ミリメートル(以下「ミリ」という。)、弁傘径100ミリ、シート角度120度であるのに対し、排気弁が上半部が耐熱鋼製、下半部が耐熱合金製で、全長495ミリ、弁傘径95ミリ及びシート角度90度であった。また、排気弁座に吸気弁を間違えて組み込んだ場合には、シリンダヘッド触火面からの出代が2.3ミリの飛び出し、一方、吸気弁座に排気弁を間違えて組み込んだ場合には、触火面からの出代が1.6ミリのへこみになることから、シリンダヘッド組立後、触火面を十分に点検していれば、吸・排気弁の組み込み間違いに気付くことが可能であった。
たけ丸は、大阪港を基地として、1箇月に15日程度台船の曳航業務に従事していたところ、第2回定期検査を受けるため、平成11年4月株式会社Sの大阪製造所に入渠した。
指定海難関係人株式会社S水島製造所大阪工作部原動機課(以下「原動機課」という。本件当時、同課は船舶鉄構事業本部マリン事業部大阪修繕工場に所属していた。)は、協力会社の作業員を指揮しながらたけ丸の両舷主機の開放整備を行ったが、作業員が同型機関の整備に慣れていたことから、シリンダヘッドの整備作業を全て任せ切りにし、シリンダヘッドの組立後に吸・排気弁の組み込み状態の確認を行わなかったので、左舷主機6番シリンダの左舷側の吸気弁と排気弁とが間違えて組み込まれていることに気付かなかった。
一方、A受審人は、摺り合わせを終えた吸・排気弁に異常のないことは確認したものの、シリンダヘッドの装着に立ち会った際、船舶修理業者が整備したのだから大丈夫と思い、同ヘッドの触火面の点検を十分に行わなかったので、吸気弁と排気弁とが間違えて組み込まれていることに気付かなかった。
たけ丸は、出渠後、再び曳航業務に従事し、主機を70パーセントほどの負荷で月間250時間程度運転をしていたところ、いつしか左舷主機6番シリンダ左舷側の排気弁側に組み込まれていた吸気弁の弁傘部が、高温疲労によって亀裂が生じる状況となっていた。
こうして、たけ丸は、A受審人ほか4人が乗り組み、船首3.0メートル船尾3.7メートルの喫水をもって、平成13年7月17日14時00分静岡県御前崎港を発し、両舷主機の回転数を毎分630に定め、台船を曳航しながら尼崎西宮芦屋港に向けて航行しているうち、前示の吸気弁傘部の亀裂が進行して同弁傘部の一部が割損脱落し、16時15分御前埼灯台から真方位220度6.0海里の地点において、左舷主機排気温度偏差異常の警報が発生した。
当時、天候は晴で風力5の南西風が吹き、海上はやや波があった。
機関室を点検していたA受審人は、警報音に気付いて機関制御室に急行し、左舷主機6番シリンダの排気温度が異常に低下しているとともに、同シリンダ近くで燃焼ガスが抜けるような異音を認めたことから、機側で左舷主機を停止し、燃料噴射弁を抜き出してシリンダ内部を点検したところ、弁傘部の破片と冷却清水漏れなどを認めたので、左舷主機の運転は不能と判断し、船長に事態を報告した。
その後、たけ丸は、右舷主機だけで航行を続け、翌々19日18時45分尼崎西宮芦屋港に入港して曳航業務を終え、20時00分修理工場に回航したのち、修理業者に依頼して主機を精査した結果、左舷主機6番シリンダの左舷側の排気弁側に組み込まれた吸気弁の弁傘部の一部が割損脱落し、同6番シリンダのシリンダライナ、ピストン及びシリンダヘッド等の損傷が判明したので、のち損傷部品を新替えするなどの修理を行うとともに、左舷主機の全吸気弁を排気弁と同じ材質のものに取り替え、後日、右舷主機の吸気弁も全て取り替えた。
本件後、原動機課は、再発防止のために吸・排気弁開放整備チェックシートを作成し、課内だけでなく協力会社の社員にも遵守するよう指導した。
(原因)
本件機関損傷は、船舶修理業者が、主機シリンダヘッドの組立後に、吸・排気弁の組み込み状態の確認を十分に行わなかったことから、吸気弁と排気弁とが間違えて組み込まれたまま主機の運転が続けられ、排気弁側に組み込まれた吸気弁の弁傘部に高温疲労による亀裂が生じて進行し、弁傘部の一部が割損脱落したことによって発生したが、船側が、シリンダヘッドの装着に立ち会った際、シリンダヘッド触火面の点検を十分に行わなかったことも一因をなすものである。
(受審人等の所為)
A受審人は、主機シリンダヘッドの装着に立ち会った場合、シリンダヘッド触火面の点検を十分に行うべき注意義務があった。ところが、同人は、船舶修理業者が整備したのだから大丈夫と思い、触火面の点検を十分に行わなかった職務上の過失により、吸気弁と排気弁とが間違えて組み込まれたことに気付かず、そのまま主機の運転を続けて排気弁側に組み込まれた吸気弁弁傘部の一部が割損脱落する事態を招き、シリンダライナ、ピストン及びシリンダヘッド等を損傷させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
原動機課が、主機シリンダヘッドの組立後に吸・排気弁の組み込み状態の確認を十分に行わなかったことは、本件発生の原因となる。
原動機課に対しては、本件後、再発防止のために吸・排気弁開放整備チェックシートを作成し、課内だけでなく協力会社の社員にも遵守するよう指導していることに徴し、勧告しない。
よって主文のとおり裁決する。