(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成12年11月20日14時00分
静岡県清水港
2 船舶の要目
船種船名 |
油送船第二十五宝榮丸 |
総トン数 |
699トン |
全長 |
75.22メートル |
機関の種類 |
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 |
出力 |
1,323キロワット |
回転数毎分 |
370 |
3 事実の経過
第二十五宝榮丸(以下「宝榮丸」という。)は、平成元年10月に進水した、燃料油の輸送に従事する鋼製油送船で、主機として株式会社赤阪鐵工所製造のK31R型と称するディーゼル機関が機関室のほぼ中央部に据え付けられ、船内電源装置として電圧445ボルト容量150キロボルトアンペアの三相交流発電機が主機を挟んで両舷側に1基ずつ装備されていた。
発電機駆動用原動機(以下「補機」という。)は、右舷側が1号、左舷側が2号とそれぞれ呼称され、いずれも昭和精機工業株式会社が製造した6KFL-T型と称する計画出力136キロワット同回転数毎分1,200の過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関で、発電装置を船尾側に装備し、各シリンダに船尾側を1番として6番までの順番号が付され、A重油を燃料油に使用していた。
補機は、トランクピストン型で、吸気及び排気各弁がそれぞれ1個ずつシリンダヘッドに直接組み込まれ、タペット、プッシュロッド、フルクラム軸及びロッカーアームなどからなる動弁装置を介して吸気及び排気各弁がカム軸の吸気及び排気各カムによってそれぞれ開閉されるようになっていた。
補機の吸気及び排気各弁は、いずれも耐熱鋼製のきのこ弁で、弁棒部がシリンダヘッドに装着された弁案内を上下に摺動(しゅうどう)することによって、同弁が振れ回ることなく、同ヘッド触火面側に嵌め込まれた(はめこまれた)耐熱鋼製の吸気及び排気各弁座に弁傘部が正しく着座するようになっていて、弁棒部と弁案内との摺動部の適正なすきまが、吸気弁については0.05ないし0.08ミリメートル、一方、排気弁については0.09ないし0.12ミリメートルとされ、吸気及び排気各弁の弁傘部及び弁座の当たり面にはいずれもステライトが溶着されていた。
補機の潤滑油系統は、クランク室底部の油だめに蓄えられた70リットルの潤滑油が補機直結の潤滑油ポンプにより吸引加圧され、潤滑油複式こし器及び潤滑油冷却器を経て潤滑油主管に至り、同管から各主軸受、クランクピン軸受及びピストンピン軸受を順に潤滑する系統並びにカム軸及び動弁装置を潤滑する系統とに分岐し、各部の潤滑を行ったのち、いずれも油だめに戻るようになっていた。
また、前示動弁装置を潤滑する系統は、シリンダごとの枝管からシリンダヘッド内部油路を経てフルクラム軸に供給された潤滑油の一部が、吸気及び排気各弁用ロッカーアームに開けられた内径3ミリメートルの油孔からロッカーアームの上部に至り、飛散して動弁装置を潤滑するとともに、飛沫(ひまつ)が吸気及び排気各弁の弁棒部を伝ってコッタ装着部及び弁案内との摺動部を潤滑するようになっていて、同油路の途中に設けられた油量調整弁の開度調整によって、ロッカーアームの油孔の上縁から約1ミリメートル油が盛り上がって流出するような状態を適当な目安として注油量が調整されていた。
ところで、補機のシリンダヘッドは、シリンダヘッドカバーが設けられており、ロッカーアームの油孔から流出した動弁装置の潤滑油が外部周辺に飛散しないようになっていたものの、ロッカーアームの油孔が潤滑油中に含まれるスラッジなどの異物によって詰まることがあり、動弁装置、コッタ並びに吸気及び排気各弁と弁案内との摺動部への潤滑油の供給が不足して潤滑阻害を生じるおそれがあることから、補機を運転中、同カバー頂部に設けられたボルトを緩めて同カバーを外し、同油孔からの潤滑油の流出状況を確認するなど、吸気及び排気各弁の注油状態を容易に点検できるようになっていた。
宝榮丸は、専ら陸上施設で使用されるA重油やC重油の輸送のため、国内各港間を不定期に運航し、毎年6月から7月にかけて入渠して船体及び機関の整備を行っていた。
A受審人は、平成4年1月に機関長として乗り組み、機関の運転及び保守管理に当たり、補機の運転について、通常は1号及び2号各補機を交互に単独で運転し、潤滑油複式こし器を20日ごとに切り替えて掃除を行い、4箇月ごとに潤滑油の新替えを行っていた。また、シリンダヘッドを毎年入渠時に開放し、吸気及び排気各弁の摺合わせ(すりあわせ)整備を実施し、さらに、定期及び第一種中間各検査時には、ピストン抜出し整備を実施していた。ところが、同人は、補機を運転するに当たり、始動時にシリンダヘッドカバーを開けてシリンダヘッドを点検して異状がないことを確認したら、その後は、シリンダヘッドカバーを運転中に開けても動弁装置の潤滑油が十分に供給されていると、同油が飛散して内部の状況が分かりにくいことから、同カバーを開けてシリンダヘッドを点検していなかった。
宝榮丸は、平成12年10月22日1号補機から2号補機に切り替えられ、以後、同機が連続して運転されていたところ、5番シリンダの排気弁用ロッカーアームの油孔が潤滑油中に含まれるスラッジなどの異物によって詰まり気味となり、注油量が不足した排気弁側の動弁装置などに潤滑阻害が生じ始めていた。
A受審人は、2号補機を運転中、シリンダヘッドカバーを開けても動弁装置の潤滑油が飛散して内部の状況が分からないものと思い、定期的に同カバーを開けてロッカーアームの油孔から適量の潤滑油が供給されていることを目視確認するなど、吸気及び排気各弁の注油状態の点検を十分に行うことなく、5番シリンダの排気弁の注油量が次第に減少していることに気付かず、同弁が潤滑油の不足により潤滑が阻害されて弁案内に固着するおそれのある状況となったまま運転を続けていた。
こうして、宝榮丸は、A受審人ほか4人が乗り組み、積荷の目的で、空倉のまま、船首尾とも5.0メートルの等喫水をもって、同年11月20日12時00分静岡県田子の浦港を発し、13時00分同県清水港に錨泊していたところ、運転中の2号補機が、依然として吸気及び排気各弁の注油状態が点検されず、5番シリンダの排気弁の注油量が著しく減少して不足した状況となって運転が続けられているうち、潤滑阻害が進行して同シリンダの排気弁が開いた状態で弁案内に固着し、14時00分清水真埼灯台から真方位247度550メートルの地点において、同弁がピストンに叩かれて折損し、弁傘部がピストン頂部に脱落してシリンダヘッドとピストンに挟撃(きょうげき)され、2号補機が異音を発した。
当時、天候は曇で風力2の南西風が吹き、海上は穏やかであった。
A受審人は、自室で休息中、機関室からの異音に気付くとともに、室内の照明が暗くなったことから同室に赴き、2号補機から1号補機に切り替えた直後、2号補機が自停したのを認めた。
宝榮丸は、2号補機を精査した結果、5番シリンダについて、シリンダライナ及びピストンに焼付きが生じてターニングができず、シリンダヘッドを開放したところ、ピストン頂部に直径2センチメートルの破口が、連接棒に曲損が、シリンダヘッド触火面に打傷などの損傷がそれぞれ生じ、さらに、前示排気弁の破片が吸気及び排気各マニホルドを経て他シリンダの燃焼室内に飛び込み、3番及び4番各シリンダのピストン、6番シリンダのピストン及びシリンダライナ並びに過給機内部に打傷などの損傷がそれぞれ生じていたことが判明し、損傷部品の取替えが行われた。
(原因)
本件機関損傷は、補機の運転管理に当たる際、排気弁の注油状態の点検が不十分で、注油量が不足した排気弁と弁案内との摺動部の潤滑が阻害されたまま運転が続けられたことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は、補機の運転管理に当たる場合、排気弁の注油量が運転中に減少すると、同弁と弁案内との摺動部の潤滑が阻害されるから、同弁の注油状態が確認できるよう、定期的にシリンダヘッドカバーを開けてロッカーアームの油孔から適量の潤滑油が供給されていることを目視確認するなど、排気弁の注油状態の点検を十分に行うべき注意義務があった。しかるに、同人は、補機を運転中、シリンダヘッドカバーを開けても動弁装置の潤滑油が飛散して内部の状況が分からないものと思い、排気弁の注油状態の点検を十分に行わなかった職務上の過失により、同弁の注油量が減少していることに気付かず、同弁と弁案内との摺動部の潤滑が阻害されたまま運転を続け、同弁が弁案内に固着する事態を招き、5番シリンダのピストン、連接棒及びシリンダヘッド、3番及び4番各シリンダのピストン並びに6番シリンダのピストン及びシリンダライナなどを損傷させるに至った。