(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成13年3月7日14時00分
北海道知床岬南方沖合
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船第五十八孝丸 |
総トン数 |
19トン |
登録長 |
18.21メートル |
機関の種類 |
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 |
出力 |
551キロワット |
回転数毎分 |
1,400 |
3 事実の経過
第五十八孝丸(以下「孝丸」という。)は、平成2年11月に進水した、刺網漁業に従事する鋼製漁船で、主機として株式会社新潟鉄工所が製造した6NSDL-M型と呼称するディーゼル機関を備え、操舵室に主機の計器盤及び遠隔操縦装置を装備し、各シリンダには船尾側を1番として6番までの順番号が付されていた。
主機の潤滑油系統は、クランク室底部に位置する容量140リットルの油受から直結式潤滑油ポンプに吸引された油が、潤滑油冷却器を経てノッチワイヤ複式フィルタエレメントの潤滑油こし器の取付台に内蔵の圧力調整弁で約4.0キログラム毎平方センチメートル(以下、圧力の単位を「キロ」という。)に調圧され、同こし器を通過して潤滑油主管に入り、主軸受、クランクピン軸受及びピストンピンの系統、ピストン噴油金具の系統、カム軸及び弁腕注油の系統や調時歯車装置の系統等にそれぞれ分岐し、各部を潤滑あるいは冷却したのち油受に戻って循環しており、圧力調整弁の逃し油がクランク室に導かれていた。そして、操舵室の計器盤には、潤滑油圧力計が装備され、潤滑油圧力が設定値2.0キロ以下に低下すると同計器盤内に組み込まれた潤滑油圧力低下警報装置が作動して警報ブザー及び警報灯で警報するようになっていた。
主機の潤滑油は、運転中にカーボン粒子及びスラッジ等の燃焼生成物が混入して汚損するとともに高温にさらされて性状劣化が進行するので、定期整備の標準として500時間の運転を経過するごとに油受及び潤滑油こし器の内部を洗浄のうえ潤滑油を新油と取り替えることが取扱説明書で指示されていた。
孝丸は、北海道知円別漁港を根拠地とし、例年7月初めから12月末、翌年1月上旬から3月下旬までの刺網漁業の漁期に日帰りの操業を行い、4月から6月にかけ休漁していた。
A受審人は、孝丸に就航以来船長として乗り組み、操船のほか主機の運転保守にあたり、平成8年休漁期に主機のピストンを抜き出して整備した後、漁期には、月間当たり主機を約200時間運転し、始動前に消費に見合う潤滑油量を補給し、3ないし4箇月経過ごと定期的に潤滑油こし器内部の洗浄と潤滑油の取替えの措置をとっていて、同12年10月末操業の合間にいつものとおり同措置をとったのち運転を続けていた。
ところで、主機は、前回のピストン抜出し整備以来、長期間運転され、潤滑油に混入する燃焼生成物が増加したうえ油受内部が洗浄されていなかったことから、同油の汚損と性状劣化が次第に進行する状況にあった。
しかし、A受審人は、翌年の漁期末に主機の潤滑油の取替えを予定し、適正な間隔で油受及び潤滑油こし器の内部を洗浄のうえ新油と取替えの措置をとるなど、同油の性状管理を十分に行わないまま、その状況に気付かなかった。
また、主機は、潤滑油こし器の取付台の油路入口側には、停止中に同こし器内部の油の落下を防ぐ目的で、調節ばねを組み込んだ円筒形の弁体(以下「逆止弁」という。)を内蔵していたが、潤滑油の汚損等により逆止弁が固着し始め、同弁の開度が足りなくなる作動不良で流量が減少し、潤滑油圧力が徐々に低下した。
ところが、A受審人は、翌13年2月10日ごろから潤滑油圧力が徐々に低下していることを認めたが、異状があれば潤滑油圧力低下警報装置が作動するから大丈夫と思い、業者に依頼するなど、速やかに潤滑油系統の点検措置をとらなかったので、潤滑油こし器の逆止弁の作動不良に気付かず、操業を繰り返した。
こうして、孝丸は、A受審人ほか5人が乗り組み、操業の目的で、船首0.5メートル船尾1.3メートルの喫水をもって、越えて3月7日05時30分知円別漁港を発し、北海道知床岬南方沖合の漁場に至って操業し、すけとうだら1トンを獲たのち帰港の途に就き、主機を回転数毎分1,200にかけて航行中、主機の潤滑油の汚損と性状劣化が進行した状況のもと潤滑油こし器の逆止弁の作動不良により潤滑油圧力が潤滑油圧力低下警報装置のほぼ設定値に低下し、潤滑条件の厳しいクランクピン軸受の潤滑が阻害され、14時00分知円別港東防波堤灯台から真方位077度1.1海里の地点において、同装置が作動したものの、4番シリンダの同軸受とクランクピンとが金属接触して焼き付き、回転数が低下した。
当時、天候は曇で、風力2の東北東風が吹き、海上は穏やかであった。
A受審人は、操舵室で主機の潤滑油圧力低下警報及び回転数の低下に気付き、機関室に急行して主機を停止した後、高温状態のクランク室等を認め、運転を取りやめて付近の僚船に曳航を求めた。
孝丸は、知円別漁港に曳航された後、業者により主機が精査された結果、潤滑油こし器の逆止弁の固着、4番シリンダのクランクピン軸受とクランクピンのほか連接棒、他シリンダのクランクピン軸受及び各主軸受等の損傷が判明し、各損傷部品等が取り替えられた。
(原因)
本件機関損傷は、主機の潤滑油の性状管理が不十分で、汚損と性状劣化が進行したこと及び潤滑油圧力が徐々に低下した際の潤滑油系統の点検措置が不十分で、航行中に潤滑油こし器の逆止弁の作動不良により潤滑が阻害されたことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は、主機の運転保守にあたり、潤滑油圧力が徐々に低下していることを認めた場合、潤滑油の汚損等により潤滑油系統に異状が生じていたから、異状箇所を見落とさないよう、業者に依頼するなど、速やかに同系統の点検措置をとるべき注意義務があった。ところが、同受審人は、異状があれば潤滑油圧力低下警報装置が作動するから大丈夫と思い、速やかに潤滑油系統の点検措置をとらなかった職務上の過失により、潤滑油こし器の逆止弁の作動不良に気付かず、航行中に潤滑油の汚損と性状劣化が進行した状況のもと潤滑油圧力が低下し、潤滑が阻害される事態を招き、クランクピン軸受、クランクピン、主軸受及び連接棒等を損傷させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。