(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成13年7月25日17時20分
名古屋港港外
2 船舶の要目
船種船名 |
押船武庫丸 |
総トン数 |
149トン |
全長 |
30.01メートル |
機関の種類 |
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 |
出力 |
1,471キロワット |
回転数毎分 |
630 |
3 事実の経過
武庫丸は、平成元年2月に進水した2基2軸の鋼製押船で、船体の中央部に機関室が配置され、東友海事株式会社が所有する長さ80.0メートル幅14.0メートル深さ6.5メートルの鋼製被押バージSK1000(以下「バージ」という。)を船首部に油圧シリンダによって連結し、専ら福山港と名古屋港あるいは京浜港との間で鋼材輸送に従事していた。
機関室は、上下2段に分かれ、下段には、中央部の両舷側に主機が1基ずつ据え付けられ、船尾方に延びた各推進軸間に発電機2基が、船首方右舷側に主配電盤が、同方中央部に機関室警報盤などがそれぞれ配置され、上段には、船首方に燃料油サービスタンク、同油セットリングタンク、潤滑油貯蔵タンク及び甲板機械作動油タンクなどが配置され、船尾方に上甲板の外部に通じるコンパニオンが設けられていた。そして、上段の上方両舷に上甲板の外部に通じる扉が設けられた煙突があり、右舷側煙突には右舷主機及び右舷発電機駆動用原動機の、また、左舷側煙突には左舷主機及び左舷発電機駆動用原動機のそれぞれ排気管、消音器及びクランク室ガス抜き管などが配置されていた。
両舷主機は、いずれも原機であるダイハツディーゼル株式会社製造の6DLM-26型と称する、連続最大出力1,103キロワット同回転数毎分720のディーゼル機関に、逆転減速機の回転方向の改造などを行って登録されたもので、右舷主機を6DLM-26S型、左舷主機を6DLM-26SL型とそれぞれ呼称し、船橋から非常停止を含む遠隔操作ができるようになっていて、燃料油としてA重油が使用され、全速力前進時の毎分回転数の上限を650として運転されていた。また、各シリンダに船首側を1番として6番までの順番号が付され、6番シリンダ船尾側の架構上に石川島汎用機械株式会社製造のVTR251-2型排気ガスタービン過給機(以下「過給機」という。)が設置されていた。
両舷主機の潤滑油系統は、容量7.5立方メートルの潤滑油サンプタンクに貯められた約6キロリットルの潤滑油が、主機直結の潤滑油ポンプにより吸引加圧され、潤滑油冷却器及び金網式潤滑油こし器を経て主機に供給され、各部を潤滑したのち同タンクに戻る循環系統のほか、同冷却器の手前で分岐した潤滑油の一部が、両舷主機3番及び4番各シリンダのクランク室右舷側扉にそれぞれ1台ずつ取り付けられた遠心式潤滑油こし器で清浄されたのち、クランク室内に流入して同タンクに戻る側流清浄の系統を備えていた。また、同こし器の潤滑油入口管が、主機運転中の振動と同こし器自身の高速回転による振動とが相俟って繰り返し応力を受け、金属疲労から微小な亀裂(きれつ)を生じるおそれがあった。
ところで、両舷主機の排気ガス系統は、いずれも、全速力前進における同ガス温度がシリンダヘッド出口で摂氏390度(以下、温度については「摂氏」を省略する。)まで上昇し、このときの過給機入口温度が約480度、同出口温度が約350度となることから、各排気管などに保温材が取り付けられていたものの、潤滑油などの可燃物が保温材のすきまから滲入(しんにゅう)して直接接触すると発火するおそれがあった。
A受審人は、平成13年7月2日から機関長として乗り組み、機関の運転管理に当たるとともに、揚荷後のバージの船倉の清掃作業など、人手が必要なときには、同作業を手伝うようにしていた。
武庫丸は、同月24日18時30分名古屋港に入港し、揚荷を終え、翌25日15時50分A受審人及び一等機関士が、出航に備えて機関室で両舷主機を始動した。
A受審人は、両舷主機を始動後、一等機関士から機側の計器盤に異状ない旨の報告を受けたところで、船橋操縦に切り替え、15時55分一等機関士をバージの船倉の清掃作業に向かわせると同時に、自らも機関室を巡視して異状を認めなかったので、16時00分同室を退室して同作業に加わった。
武庫丸は、A受審人ほか4人が乗り組み、船首3.70メートル船尾4.10メートルの喫水をもって、船首部に船首2.65メートル船尾2.98メートルの喫水で空倉のバージを連結し、積荷の目的で、16時45分名古屋港を発し、福山港に向かった。
武庫丸は、発航後、機関室が無人状態のまま、両舷主機を全速力前進にかけて機関回転数が上昇中、機関振動が増加し、右舷主機4番シリンダの遠心式潤滑油こし器の同油入口管にいつしか生じた亀裂が、同振動により進展して同油入口管が破断し、潤滑油が周囲に飛散して同主機の過給機出口排気管を覆っていた保温材に降りかかるようになった。
一方、A受審人は、主機の増速に伴って排気ガス温度が上昇し、高温に熱せられる主機排気管に可燃物が接触すると発火するおそれがあったが、主機始動直後、機関室を巡視したときに異状を認めなかったことから、同排気管に可燃物が接触することはあるまいと思い、主機の運転状態が安定するまで、頻繁に機関室に入り、高温となる同排気管に可燃物が接触していないことを確認するなど、機関室巡視を十分に行うことなく、バージ上で船倉の清掃作業に従事し、前示潤滑油入口管が破断して潤滑油が飛散し、右舷主機の過給機出口排気管を覆っていた保温材に降りかかっていることに気付かず、両舷主機の運転を続けた。
こうして、武庫丸は、無人状態の機関室内において、保温材のすきまから滲入した潤滑油が前示排気管に接触する状態となり、右舷主機の排気ガス温度の上昇に伴い、同油が高温に熱せられて燻りだし(くすぶりだし)、機関室内に煙が立ち込め始めるとともに発火し、17時20分伊勢湾灯標から真方位333度890メートルの地点において、バージ上で船倉の清掃作業をほぼ終えたA受審人が、機関室から多量の黒煙が吹き出ていることにようやく気付き、火災の発生を認めた。
当時、天候は晴で風力2の西風が吹き、海上は穏やかであった。
A受審人は、機関室火災が発生したことから、船橋で出航操船に就いていた船長に両舷主機を非常停止するよう電話で伝えるとともに、機関室の消火などを試みたが、船長が両舷主機を停止回転にしたものの、非常停止を行わなかったため、潤滑油ポンプの運転が続いて同油が噴出し続け、火勢がますます強まり、開放されていた天窓を閉鎖しようとしたところ、火炎が噴き出して近づくことすらできず、同室の消火を断念した。
武庫丸は、全員がバージに移乗して救助を待ち、18時25分来援した海上保安庁の巡視艇に救助され、21時00分同庁の消防艇などの消火作業により鎮火した。
火災の結果、機関室及び同室に隣接する居住区画を焼損したが、のち、修理されるとともに、自動火災警報装置が新設された。
(原因)
本件火災は、発航後に主機を増速する際、機関室巡視が不十分で、金属疲労により破断した右舷主機用遠心式潤滑油こし器の潤滑油入口管から飛散した潤滑油が、同主機の過給機出口排気管に接触したまま運転が続けられ、排気ガス温度の上昇とともに同油が熱せられて発火したことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は、発航後に主機を増速する場合、回転数の増加とともに主機排気ガス温度が上昇するから、主機排気管に可燃物が接触して火災を発生させることのないよう、主機の運転状態が安定するまで、頻繁に機関室に入り、高温となる同排気管に可燃物が接触していないことを確認するなど、機関室巡視を十分に行うべき注意義務があった。しかるに、同人は、主機始動直後、機関室を巡視したときに異状を認めなかったことから、主機排気管に可燃物が接触することはあるまいと思い、機関室巡視を十分に行わなかった職務上の過失により、金属疲労により破断した右舷主機用遠心式潤滑油こし器の潤滑油入口管から飛散した潤滑油が、同主機の過給機出口排気管を覆っていた保温材に降りかかっていたことに気付かず、保温材のすきまから滲入した潤滑油が同排気管に接触したまま運転が続けられ、排気ガス温度の上昇とともに同油が熱せられて発火する事態を招き、機関室及び同室に隣接する居住区画を焼損させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。