(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成13年1月15日04時40分
瀬戸内海 安芸灘
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船明神丸 |
総トン数 |
4.9トン |
登録長 |
13.21メートル |
幅 |
2.96メートル |
深さ |
1.04メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
漁船法馬力数 |
80 |
3 事実の経過
明神丸は、網船として小型まき網漁業(ぐり網)に従事するFRP製漁船で、A受審人ほか6人が乗り組み、操業の目的で、船首0.5メートル船尾1.0メートルの喫水をもって、平成13年1月14日18時00分広島県安芸郡坂町を発し、作業船をえい航した運搬船とともに、音戸瀬戸を経由して安芸灘北部の漁場に向かった。
A受審人は、昭和40年ごろから主に安芸灘及び広島湾でまき網漁業に従事し、同海域の天候や風浪の発生状況について熟知しており、出航前天気予報により、翌日にかけ西高東低の強い冬型気圧配置が強まり、瀬戸内海で最大風速20メートル毎秒に達する西ないし北西の強風が吹くことが予想され、安芸灘で波浪が高まることを知った。しかし、倉橋島や下蒲刈島寄りの海域では北西風の影響が少ないので操業が可能と考えて安芸灘北部に向かい、19時ごろ倉橋島の亀ケ首東方2海里付近のところで運搬船と2隻で魚群の探索を開始した。
翌15日00時ごろA受審人は、安居島灯台から295度(真方位、以下同じ。)4.0海里の地点で魚群を発見し、そのころ風力3の北西風が吹き、波高が約2メートルで操業に支障がない状況であったので、機関を中立運転にかけ、左舷側甲板上に積んでいた長さ約450メートル網丈約90メートルの漁網を投網するとともに運搬船を右舷側に係留し、数分後に船首部と操舵室左舷側のローラーウインチを使用して揚網作業にかかった。
ところで、明神丸は、漁網巻き込み用ローラーウインチが船首部と操舵室左舷側に1基ずつ、漁獲物積込み用クレーンが前部甲板の中心線上にそれぞれ設置されて船体重心が普通の漁船より高く、高さ40センチメートルの左舷ブルワークと船体中心線との間の、幅約1.5メートルの左舷側甲板上が網置場になっており、重量約3トンの漁網が、沈子側を同クレーンの横に、浮子側を操舵室前に配置して高さ1.2メートルまで積み上げられ、荒天時には漁網が海中に落下しないよう沈子側と浮子側とをそれぞれ船体にロープで縛っていたものの多少の横移動は避けられなかった。そして、漁網を積んだとき船体が傾斜しないよう、バラストとして操舵室後方の右舷側甲板上に合計重量約1トンの砂袋十数個が積載され、投網を終えると船体が右舷に約15度傾斜し、クレーンのブーム位置の調整によって傾斜が修正されるものの、少し右舷に傾斜した状態で揚網作業が開始され、漁網が揚がるにつれて水平に戻った。
また、A受審人は、揚網作業中に海中の漁網の状態に応じて船首方向が振れ、横風を受けるようになっても自由に操船できないことから、波浪による横揺れを防ぐことが困難で、波高が4メートル以上になれば、作業が危険となり操業を中止することにしていた。
揚網を開始したA受審人は、運搬船が引いていた作業船に揚網作業の補助にあたらせ、1時間ほどで揚網を終えるつもりで作業の指揮にあたったが、このとき大量のたち魚が網に入り、時化模様のため網目に絡みついたたち魚を乗組員が手作業で網から外しながら漁網を巻き込まなければならず、このため揚網に予想以上の時間がかかり、この間折からの北西風と潮流とによって東南東方に約1ノットの対地速力で圧流された。
A受審人は、揚網作業を続けながら付近の島の明かりを見て風下に流されていることを知り、倉橋島東岸から離れると風浪の影響が大きくなるので圧流を止めることとし、01時30分安居島灯台から303度2.6海里の水深約30メートルの地点で、重さ30キログラムの錨を船首から投下して直径約50ミリメートルの錨索を150メートル延出するとともに、係留していた運搬船にも投錨させたものの、いずれの錨も十分な把駐力が得られず、圧流を止めることができないまま揚網を続けた。
ところが、03時00分A受審人は、安芸灘のほぼ中央にあたる、安居島灯台から330度1.3海里の地点で、漁網の3分の2ほどを揚げてたち魚約2トンを漁獲したころ、時折北方の空が暗くなって雪を伴う強い北西風が吹き出し、さらに天候が悪化する兆候を認めるとともに、波高が4メートルばかりに達し、激しい動揺のため甲板上に立って作業することが困難となったが、そのまま揚網を続ければさらに風下に流されて波浪が高まり、高波を受けて船体が転覆するおそれがあったものの、海図記載の推薦航路線に近く、船舶の航行経路にあたっていたことから、揚網を終えることにこだわり、速やかに漁網に目印のブイなどを付けて一時的に海中に投棄し、天候が回復するまで安全な海域に避難する措置をとるなど高波に対して十分に配慮せず、残りの漁網に入っているたち魚を逃がして揚網作業を続行した。
こうして、明神丸は、西ないし北西の強風によって安居島北方海域を東方に漂流し続け、04時00分ごろA受審人は、安居島東北東1海里のところに達したとき、苦闘のすえ漁網の一部を切り捨ててようやく網置場に漁網を揚収し、錨を巻き揚げようとしたところ、船首から打ち込む高波のため船体動揺が激しくなり、揚錨作業及び漁網を固縛する作業が危険な状況であったので、一刻も早く同海域を離れることとし、直ちに網船及び運搬船の各錨索を切断したものの、漁網をロープで固縛することができないまま、網船の乗組員全員を操舵室後方に移動させて運搬船とともに音戸瀬戸に向け同海域を発進した。
その後A受審人は、機関を微速力前進にかけ、左舷船首方向からの強風と高波により激しく動揺しながら約2ノットの速力で進行したが、04時10分安居島灯台から018度1.0海里の地点で、網置場に約1.2メートルの高さまで積み上げてあった漁網が、動揺のため数十センチメートル左舷側に移動し、ブルワークを越えて甲板上に打ち込んだ高波のため、船尾倉の左右に設置されたFRP製サブタのうち左舷側のサブタが外れて流失し、海水が同倉に流入するとともに、左舷側甲板上に大量の海水が滞留して船体が約20度左舷側に傾き、漁網の一部が海中に落下した。
A受審人は、甲板上の海水が片舷4箇所の排水口からすぐに排出されず左舷側甲板上に滞留して傾斜したままの状態で航行が困難となり、その後もさらに高波が次々と打ち込んで船体が激しく動揺する状況下、落下した漁網の回収作業が危険なうえ、高波によって転覆するおそれがあったので、機関を止めて近くを航行中の運搬船を右舷側に付けさせ、自らを含む乗組員全員が退船して同船に移乗した。
その後無人となった明神丸は、海中に落下した漁網の一部を引きながら東南東方に漂流したが、A受審人は、漂流場所が安芸灘の推薦航路線に近いことから、航行船舶に対して警告する必要があると考え、携帯電話で最寄りの海上保安部に通報するとともに、接近する船舶があれば注意喚起するため、運搬船を明神丸から約50メートル離れたところに停船させて周囲の監視に当たった。
こうして明神丸は、ほぼ北西に向首し左舷側に約20度傾斜した状態で、波浪によって動揺しながら漁網とともに漂流中、機関室や前部倉庫など船内への浸水が続き、04時40分安居島灯台から045度1.2海里の地点において、高波により左舷側に大傾斜して転覆した。
当時、天候は晴で風力5の西北西風が吹き、波高は約4メートルで潮候は下げ潮の中央期にあたり、付近には弱い北東流があった。
転覆の結果、クレーンなどの甲板機械及び機関室内機器に濡れ損が生じるとともにサブタなどの艤装品が流失し、その後来援したクレーン船によって広島県大柿町に引き付けられ、救助作業の際操舵室が船体から離れて同室内の航海計器などとともに海没したが、のちいずれも修理された。
(原因)
本件転覆は、夜間、倉橋島東方沖合の安芸灘において、小型まき網漁業の操業中、西ないし北西の風が強くなり、波浪による船体動揺のため揚網作業が困難となった際、高波に対する配慮が不十分で、漁網を一時海中に投棄して避難する措置がとられず、揚網を終えたあと、動揺により漁網が移動して航行が困難となり、船内への浸水と高波のため左舷側に大傾斜したことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は、夜間、倉橋島東方沖合の安芸灘において、小型まき網漁業の操業中、西ないし北西の風が強くなって次第に風下に流され、高まった波浪によって船体が激しく動揺し揚網作業が困難となった場合、そのまま揚網を続けると高波を受けて転覆するおそれがあったから、速やかに漁網に目印のブイなどを付けて一時的に漁網を海中に投棄し、安全な海域に避難するなど高波に対して十分に配慮すべき注意義務があった。しかし、同人は、船舶の航行経路に近いことから揚網を終えることにこだわり、速やかに漁網に目印のブイなどを付けて一時的に漁網を海中に投棄し、安全な海域に避難するなど高波に対して十分に配慮しなかった職務上の過失により、揚網を終えたあと、動揺により漁網が移動して航行が困難となり、浸水と高波のため転覆を招き、クレーンなどの甲板機械及び機関室内機器に濡れ損を生じさせるとともにサブタなどの艤装品を流失させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。