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平成14年横審第29号
件名

プレジャーボート渋崎72号転覆事件

事件区分
転覆事件
言渡年月日
平成14年11月15日

審判庁区分
横浜地方海難審判庁(原 清澄、小須田 敏、花原敏朗)

理事官
松浦数雄

指定海難関係人
A 職名:渋崎72号操縦者
B 職名:引率者
株式会社C 業種名:貸舟業

損害
同乗者が溺水により死亡

原因
無資格者運航、操船不適切

主文

 本件転覆は、無資格者が、船外機付釣り船を操縦したことによって発生したものである。
 引率者が、有資格者不在のまま、船外機付釣り船を借り受けたことは本件発生の原因となる。
 貸舟業者が、船外機付釣り船を貸し出す際、資格の有無を確認しなかったことは本件発生の原因となる。
 
理由

(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成12年11月18日11時10分
 長野県諏訪湖

2 船舶の要目
船種船名 プレジャーボート渋崎72号
登録長 8.20メートル
1.26メートル
深さ 0.49メートル
機関の種類 電気点火機関
出力 5キロワット

3 事実の経過
(1)指定海難関係人株式会社C
 指定海難関係人株式会社C(以下「C社」という。)は、昭和37年6月1日に設立され、その本店を長野県諏訪市に置き、社内組織として経理、営業及び運航の3部門からなり、業務として貸舟業、釣舟業及び遊覧船業などを営み、代表者Fが代表取締役社長としてその任に就き、運航部門の運航管理者兼船舶課長としてI(以下「I運航管理者」という。)が実務全般にわたって業務の遂行に当たっていた。
 C社は、定員8名の釣り船8隻のほか、定員3名から定員30名までの9種類の釣り船などを60隻所有し、諏訪市渋崎に諏訪湖レジャーセンター(以下「レジャーセンター」という。)を設け、わかさぎ釣りの船釣りシーズンである毎年9月から11月末まで、同センターで釣り船を貸し出しており、その際、諏訪湖釣船組合が作成したわかさぎ釣り乗船申込・計算書に必要事項を記入させて貸船手続きを行っていた。また、乗船申込・計算書には乗船厳守事項として船外機付釣り船には海技免状が必要であること、定員を守ること、飲酒して運転しないこと、及び救命胴衣を必ず着用することなどが記載されており、同センター事務所内の釣り客受付場所近くにも同一内容を記載した「お願い」と題する注意書を掲げていたが、釣り客受付係員に対し、船外機付釣り船を貸し出す際、その都度、資格の有無などを確認するように指示していなかった。
 また、乗船申込・計算書には申込人数によってどの釣り船を貸し出すかを記載するようになっており、諏訪湖釣船組合においても貸出船の船名を記載するよう指導していたが、C社は、このことを守っていなかった。
 ところで、C社は、12月以降の厳冬期にもわかさぎ釣りの釣り客に対応できるよう、縦3メートル横6メートルの開口部を2箇所設けたドーム船と称する縦12メートル横18メートル水面上高さ0.8メートルの鋼製浮体(以下「ドーム船」という。)をレジャーセンターの北方沖合約600メートルのところに錨を入れて係留し、ドーム船の開口部をかまぼこ型をしたビニール製の覆いで囲って釣り客を寒風から守るようにしていた。そして、ドーム船のほか台船1隻を所有してドーム船の北西方沖合に錨を入れて係留し、また、曳船を所有し、無動力の釣り船に釣り客を乗せて沖合に曳航し、これを錨泊させ、わかさぎ釣りの期間中、常時、資格を有しない釣り客もこれらの船上からわかさぎ釣りができるようにしていた。
(2)C社の安全対策
 長野県の諏訪地区は、冬の季節風により、西寄りの風が著しく、同県内で強風が最も多く吹くところとなっており、また、同地では「北アルプスの穂高が曇って穂高が見えなくなると西寄りの強風が吹く。」などと言われていた。
 ところが、C社は、多数の釣り客を湖面に出して釣りを行わせていたにも係わらず、営業中止基準として、より大型の遊覧船に適用している、風速12メートル及び波高50センチメートル以上の基準を準用し、レジャーセンターに風向風力計を設置しておくとか、観天望気を行って天候の急変を予測するとか、時間を決めて天候の変化模様を気象台に確認するなどの十分な気象情報の収集に務め、そのときの天候状態に応じて貸し出す釣り船の船型を決めるなどのきめ細かな安全対策を採っていなかった。また、湖面に出た釣り客に対し、緊急時に連絡するための拡声器を同センター事務所の屋上に設置していたものの、これを有効に活用していなかった。
 また、本件時、諏訪地区では10時過ぎから西寄りの風が徐々に吹き始めるとともに穂高を望むことができない状況となり、11時ごろには最大風速16.3メートルを観測していた。
(3)本件発生に至る経緯
 B指定海難関係人は、会社の同僚と恒例のレクリエーションとして諏訪湖でのわかさぎ釣りを行うこととし、A指定海難関係人を含む同僚8人と2台の車に分乗して平成12年11月18日06時00分レジャーセンターに到着し、グループの引率者としてB指定海難関係人が同センターの窓口で釣り船の借り受け手続きを始めた。
 ところで、B指定海難関係人は、乗船申込・計算書の用紙などに他の注意事項とともに、船外機付釣り船を操縦するに当たっては海技免状が必要である旨の記載があることを知っていたが、これまで釣り船を借り受ける際、C社から海技免状の提示を求められたことがなく、無資格の同僚が何回か操縦していても別段問題とされなかったことから、資格を有しなくても船外機付釣り船の操縦ができるものと思い、有資格者が不在であることを窓口の係員に告げないで、船外機付釣り船を借り受けることにしていた。
 B指定海難関係人は、今回も借船手続きを行う際、レジャーセンター事務所の釣り客受付係員から海技免状の提示を求められなかったので、有資格者が不在であったものの、沖合に係留されたドーム船で釣るとか、手漕ぎボートを借りるなどの資格を必要としない方法を採らないで、いつもと同様に船外機付釣り船を借り受けることにし、借り受け手続きを終えて釣り船の係留桟橋に向かった。
 B指定海難関係人は、C社の桟橋係員から木製和船型の船外機付釣り船である渋崎72号(以下「72号」という。)に乗るよう指示され、船舶検査済票に記載されていた定期検査に合格した年を表示する10の数字が目に入り、この数字が最大とう載人員を示すものと思い込み、乗船者数が同船の最大とう載人員を超えていることに気付かないまま、これを借り受けた。
 また、桟橋係員は、B指定海難関係人から前示乗船申込・計算書の写を受け取り、釣り客が9人であることを知ったものの、8人乗りの72号と10人乗りの釣り船とはその船型が全く同じで区別が付きにくかったところから、72号の最大とう載人員を十分に確認しないまま、同船が同人員10人の釣り船と思い込み、B指定海難関係人に貸し出した。
 こうして、72号は、釣り客9人が救命胴衣を着用して乗り組み、それぞれの手荷物を載せ、船首0.17メートル船尾0.45メールの喫水をもって、06時30分諏訪市渋崎の標高760.5メートルの三角点(以下「基点」という。)から032度(真方位、以下同じ。)230メートルばかりのレジャーセンターを発航し、たまたま船尾部に座っていた無資格のA指定海難関係人が操縦して沖合に向かった。
 06時40分A指定海難関係人は、基点から016度850メートルの地点に至って錨を入れたのち、10時30分まで同地で釣りを行い、釣果がなくなってきたことから釣り場を変えることにし、たまたま同地点の南西方180メートルばかりのところに釣り船が集まっているのを認め、そちらの方へ移動することにした。
 10時33分A指定海難関係人は、基点から009度700メートルの地点に移動を終えて再び釣りを始めたところ、釣果がなかったうえ、当初から予定していた温泉に同乗者Eほか数人が行きたい旨を希望したので、基点から049度1,450メートルのところに築造された、いつも温泉に行くときに利用する諏訪湖マリーナの桟橋(以下「桟橋」という。)に同人達を降ろすことにし、同時38分前示地点を発進した。
 風と波浪を後方から受けて操縦していたA指定海難関係人は、10時54分半桟橋付近に達して減速したとき、西寄りの強風が吹いており、波浪も発達して50センチメートルばかりとなっていることに初めて気付いたものの、何とか着桟できるものと思い、同桟橋に着桟しようとしたところ、同桟橋の管理者から、手漕ぎボートが着くからと着桟を断られたため、更に東方の桟橋に着けることにしたが、風浪のため着桟できず、発航地点に引き返すことにした。
 10時57分少し前A指定海難関係人は、桟橋付近を発進し、11時04分半基点から045.5度990メートルの地点に達したとき、強風に向首するよう、針路を290度に定め、機関の回転数を種々調整しながら、2.0ノットの対地速力で進行した。
 11時09分少し前A指定海難関係人は、ドーム船を左舷側6メートルばかりに離して航過し、間もなく、船首右舷側から波浪が打ち込むのを認め、これを排水するためスロットルから手を離したことから、機関が中立運転となり、風圧で船首が落とされて波浪を右舷正横から受ける状態となった。そのため72号は、波浪が船内に打ち込み続け、11時10分基点から025度900メートルの地点において、その船首が210度を向いたとき、波浪をほぼ右舷正横に受け、瞬時に左舷側に転覆した。
 当時、天候は曇で風力6の西寄りの風が吹き、波高は約50センチメートルであった。
 転覆の結果、72号は、損傷がなかった。また、釣り客全員が水中に投げ出され、E同乗者(昭和16年9月19日生)が救急車により病院に搬送されたが、溺水により死亡と診断された。
 本件後、C社は、パトロール船、救命胴衣及び連絡用無線機の購入、釣り客の資格の有無及び救命胴衣の完全着用の確認を徹底するとともに、湖面のパトロールを強化するなどの対策を講じた。

(原因)
 本件転覆は、長野県諏訪湖において、無資格者が、船外機付釣り船を操縦したことによって発生したものである。
 釣り客の引率者が、有資格者不在のまま、船外機付釣り船を借り受けたことは、本件発生の原因となる。
 貸舟業者が、船外機付釣り船を貸し出す際、釣り客の資格の有無を確認しなかったことは、本件発生の原因となる。

(指定海難関係人の所為)
 A指定海難関係人が、長野県諏訪湖において、船外機付釣り船を操縦するに当たり、無資格のまま、船外機付釣り船を操縦したことは本件発生の原因となる。
 A指定海難関係人に対しては、勧告しない。
 B指定海難関係人が、長野県諏訪湖において、船外機付釣り船を借り受けるに当たり、有資格者不在のまま、船外機付釣り船を借り受けたことは、本件発生の原因となる。
 B指定海難関係人に対しては、勧告しない。
 指定海難関係人株式会社Cが、長野県諏訪湖において、船外機付釣り船を貸し出す際、釣り客の資格の有無を確認しなかったことは、本件発生の原因となる。
 指定海難関係人株式会社Cに対しては、本件後、釣り客の資格の有無及び最大とう載人員の確認を徹底するとともに、釣り客に対する救命胴衣着用の指導及びパトロール船による湖面のパトロールを強化するなどの対策を講じた点に徴し、勧告しない。

 よって主文のとおり裁決する。





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