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平成14年函審第33号
件名

漁船第十八幸栄丸転覆事件

事件区分
転覆事件
言渡年月日
平成14年11月29日

審判庁区分
函館地方海難審判庁(工藤民雄、安藤周二、古川隆一)

理事官
堀川康基

受審人
A 職名:第十八幸栄丸船長 海技免状:一級小型船舶操縦士

損害
機関等に濡損、のち廃船

原因
気象・海象に対する配慮不十分

主文

 本件転覆は、たこ樽流し漁の操業中、気象海象の変化に対する配慮が不十分で、速やかに漁具が回収されず、帰航の途に就かなかったことによって発生したものである。
 受審人Aを戒告する。
 
理由

(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成14年3月12日11時00分
 北海道松前港西方沖合

2 船舶の要目
船種船名 漁船第十八幸栄丸
総トン数 4.96トン
全長 14.50メートル
2.53メートル
深さ 0.77メートル
機関の種類 ディーゼル機関
漁船法馬力数 90

3 事実の経過
 第十八幸栄丸(以下「幸栄丸」という。)は、昭和55年7月に進水した、いか一本釣り漁業、いか敷網漁業及びたこ樽流し漁業に従事する一層甲板型FRP製漁船で、船首方から順に、上甲板上に船首甲板、機関室囲壁、操舵室、船員室及び船尾甲板が、上甲板下に1番魚倉、2番魚倉、船縦方向に左右に仕切られている活魚倉、機関室、同室左右舷に燃料タンク、操舵機室、その両舷側に燃料タンク、次いで左右舷に分かれた船倉がそれぞれ配置されていた。
 上甲板は、周囲に高さ約65センチメートル(以下「センチ」という。)のブルワークが巡らされ、両舷側下部に放水口が片舷につき7箇所設けられ、各放水口にはロケットと称する船尾方向に開いた長さ約20センチ高さ約15センチのコの字型の覆いがあり、各魚倉及び船倉に高さ約12センチのコーミングを有する倉口各1個を設け、締付け金具のないFRP製蓋をかぶせるようになっており、上甲板上約7センチの全面に板が敷き詰められていた。そして、上甲板の船首尾左右舷には、敷網漁時に使用する、長さ約10メートル重さ約60キログラム(以下「キロ」という。)のグラスファイバー製の桁竿(以下「桁竿」という。)各1本が、その根元を甲板にそれぞれ金具で取り付けられ、このうち船尾側2本の先端が前方に向けて甲板上の左右舷側通路に固定されないまま置かれ、機関室囲壁左舷側、船員室後部及び操舵室左右舷側に各1個の引き戸が設けられ、操舵室右舷側のものが開放されていたほかは閉鎖されていた。また、上甲板下には、各容量0.6立方メートルの活魚倉にほぼ半分の海水を張っていたものの蓋をかぶせず、機関室左右舷の容量500リットルの各燃料タンクに燃料が半載され、2番魚倉に約50キロのロープ類が入れられていた。
 幸栄丸のたこ樽流し漁は、浮き樽に水深より少し長く延ばした縄を結び付け、その先にチェーン製の重り、ガラス玉及び4本の針を付けた仕掛けを海中に投入して流し、浮き樽の動きを見て、たこが掛かったとき同樽を取り込み、右舷船尾に設置された揚縄機で縄を巻き上げてたこを捕獲するものであった。
 A受審人は、北海道松前港西方沖合に存在する、小島の南側沿岸がたこ漁の好漁場であったことから、浮き樽15個を流して操業を行っており、漁具をすべて回収するには20ないし30分を要していた。
 幸栄丸は、たこ樽流し漁の目的で、A受審人が1人で乗り組み、船首0.4メートル船尾1.3メートルの喫水をもって、平成14年3月12日06時30分北海道静浦漁港(赤神)を発し、同漁港南西方沖合の漁場に向かった。
 当時、北海道渡島地方沖合海域は、発達した低気圧がオホーツク海に去り、強い西高東低の冬型の気圧配置が緩み始め、函館海洋気象台から渡島西部に発表されていた風雪波浪注意報が12日04時10分に解除されたものの、まだ冬型の気圧配置が続いて北西寄りのやや強い風が吹く状況となっていた。
 ところで、A受審人は、ここ1週間ほど時化が続き、出漁を見合わせていたが、12日久し振りに冬型の気圧配置が弱まる気配が見えたことから、出港前に電話で気象情報を入手し、今後もやや強い北寄りの風が吹くとの予報であったものの、とりあえず目的の漁場まで行き、気象海象模様を確かめて操業の可否を判断することにした。
 07時50分ごろA受審人は、小島南西方沖合500メートル付近の水深50ないし60メートルの漁場に到着したところ、西風が毎秒8メートルばかりで、波がそれほど大きくなかったことから操業に取り掛かることとし、操業準備を整えた後、08時ごろたこ樽流し漁を開始し、浮き樽15個の漁具を流して操業を続けた。
 A受審人は、09時30分ごろ雪を伴う北西風が強まり、折からの南西方に向かう約1ノットの潮流の影響もあって三角状の波が高まり始める状況になるのを認めたが、これぐらいの風や波ならまだ大丈夫と思い、気象海象の変化に十分配慮しなかったので、速やかに漁具を回収せず、帰航の途に就かなかった。
 10時30分ごろA受審人は、たこ10杯を漁獲し、降雪で視界も悪いうえ、北西風が強まり波も一段と高くなってきたので、ようやく操業を切り上げて帰航することにし、周囲に点在する漁具の回収に取り掛かった。
 A受審人は、10時55分松前小島灯台から218度(真方位、以下同じ。)2,200メートルの地点で14個目の漁具の回収を終えたとき、針路を292度とし、2.0ノットの対地速力で、操舵室外右舷側の通路に立ち遠隔操縦装置の管制器を操作して進行し、同時59分半ごろ海面上の15個目の浮き樽に右舵をとって回り込むように近づけていたとき、高まった波浪を左舷方から受け甲板上に大量の海水が打ち込み、船体が左舷側に大きく傾斜し、甲板上左舷側通路の桁竿が左舷側から振り出され、その先端が海中に入り、更に機関室引き戸の止め金がたまたま外れて引き戸が開いた。
 幸栄丸は、左舷側放水口が海中に没して海水が甲板上に滞留し、傾斜が戻らないでいるうち左舷方から約4メートルに高まった波浪の打込みを受け、滞留した海水により船首甲板の魚倉蓋が浮き上がって流れ出し、倉口から大量の海水が魚倉に入るとともに機関室に流入し、大傾斜して復原力を喪失し、11時00分松前小島灯台から225度2,280メートルの地点において、船首を東方に向けた状態で左舷側に転覆した。
 当時、天候は雪で風力7の北西風が吹き、潮候は上げ潮の初期で、転覆地点付近の海域には約1ノットの南西方に流れる潮流があり、波高は約4メートルであった。
 その結果、幸栄丸は、機関等に濡損を生じ、来援した同業船に曳航されて小島漁港に引き付けられたものの、のち修繕費の都合で解撤され廃船となった。また、A受審人は、転覆後、船底にはい上がっていたところを同業船に救助された。

(原因)
 本件転覆は、松前港西方沖合の漁場において、たこ樽流し漁の操業中、雪を伴う北西風が強まって海上の波が高まる状況になった際、気象海象の変化に対する配慮が不十分で、速やかに漁具が回収されず、帰航の途に就かないでいるうち高まった波浪の打込みを受け、大量の海水が船内に流入し、大傾斜して復原力を喪失したことによって発生したものである。

(受審人の所為)
 A受審人は、松前港西方沖合の漁場において、たこ樽流し漁の操業中、雪を伴う北西風が強まって波が高まる状況になるのを認めた場合、折からの南西に向かう潮流の影響もあって波浪が一段と高まりやすい状況であるから、高起した波浪を受けて転覆することのないよう、気象海象の変化に十分配慮すべき注意義務があった。ところが、同人は、これぐらいの風や波ならまだ大丈夫と思い、気象海象の変化に十分配慮しなかった職務上の過失により、速やかに漁具を回収せず、帰航の途に就かないでいるうち高まった波浪の打込みを受け、大量の海水が船内に流入し、大傾斜して復原力を喪失し転覆する事態を招き、機関等に濡損を生じ廃船するに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

 よって主文のとおり裁決する。





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