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平成14年広審第65号
件名

引船藤丸沈没事件

事件区分
沈没事件
言渡年月日
平成14年10月23日

審判庁区分
広島地方海難審判庁(西林 眞、竹内伸二、勝又三郎)

理事官
吉川 進

受審人
A 職名:藤丸船長 海技免状:一級小型船舶操縦士

損害
主機フライホィールと減速機との間の左舷船底に破孔、浸水、のち解撒

原因
機関室船底部外板に対する衰耗状況の点検不十分

主文

 本件沈没は、機関室船底部外板に対する衰耗状況の点検が不十分で、腐食などにより経年衰耗した同外板に破孔を生じて浸水し、浮力を喪失したことによって発生したものである。
 受審人Aの一級小型船舶操縦士の業務を一箇月停止する。
 
理由

(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成13年9月24日06時00分
 香川県丸亀港

2 船舶の要目
船種船名 引船藤丸
総トン数 19.99トン
登録長 11.98メートル
3.80メートル
深さ 1.90メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 250キロワット

3 事実の経過
 藤丸は、昭和57年3月に進水した鋼製引船で、船体中央部船首寄りに操舵室及び賄室を設け、その後方が機関室囲壁となっており、甲板下は船首から順に、船首倉庫、錨鎖庫、乗組員居室、清水タンク、機関室、船尾倉庫及びアフターピークタンクが配置されていた。
 機関室は、長さが5メートル、上甲板下の平均高さ約2メートルで、船底両舷側にそれぞれ容量1,350リットルの燃料油タンクを配置し、両燃料油タンク間の船底に取り付けられたエンジンガーター上にクラッチ式逆転減速機(以下「減速機」という。)を連結した主機を据え付け、後部天井付近に容量約500リットルの燃料油常備タンクを備えていた。また、同室船底は、単底構造で、厚さが7ミリメートル(以下「ミリ」という。)の鋼板が使用され、同船底後部内面にはグランドパッキン式の船尾管封水装置から滴下した海水のほか、海水ポンプグランド部から漏洩した海水及び各機器等からの油類やごみなどがビルジとして滞留するようになっていた。
 A受審人は、同58年4月に藤丸を購入し、自ら船長として乗り組み、当初は広島県呉港をその後平成元年ごろからは岡山県水島港を中心として、総トン数180トン長さ33メートルで船首甲板にウインドラスを備えた、専ら鉄屑を運搬する鋼製はしけ永昌丸の曳航に従事していた。そして、機関室のビルジについては、水中ポンプでアフターピークタンクに移送、保管したうえ、同タンクが満杯になると陸揚げ処理するようにしていたものの、陸揚げ回数をできるだけ少なくするためビルジは引ききらず、減速機下のフレーム番号6番付近までの船底内面がいつもビルジに浸かる状態にしていた。
 ところで、A受審人は、毎年1回藤丸を上架して船体等の保守整備に当たっていたところ、昭和60年ごろの入渠工事において、減速機下の機関室右舷側船底外板内面の肉厚が局部的に薄くなっていることが発見され、同箇所のダブリング修理を行ったが、その際、外板に取り付けられた防食亜鉛板が少ないとの指摘を受け、取付け箇所を増やしたから外板の腐食、衰耗に注意を払う必要はないと思い、その後、完全にビルジを排除したうえで同室船底内面を掃除するなどして、定期的に衰耗状況を点検していなかったので、ビルジ増減による乾湿の繰返し腐食などにより、フレーム番号6ないし7番の間の左舷側船底外板内面の経年衰耗が次第に進行していることに気付かなかった。
 さらに、A受審人は、平成12年4月に曳航業務の都合から岸壁係留状態で第4回目の定期検査を受けたのち、同年8月に外板のサンドブラストを含めた保守整備のため上架した際、船尾側台車との間に入った盤木が前回上架時と同様に、フレーム番号6ないし7番付近に接触し、同箇所にフジツボやカキなどの貝類が群生付着しているのを認めたにもかかわらず、ドック側に指示して盤木を移動させ、貝類の除去、整備を行うことなく、同箇所の船底外板の肉厚が、内面の経年衰耗に表面腐食も加わって部分的に著しく減少していることを発見できなかった。
 こうして、藤丸は、運航を続けるうち、フレーム番号6ないし7番付近の左舷側船底外板内面の衰耗がさらに進行し、微少な破孔が発生するに至ったものの、群生付着したままの貝類に塞がれて機関室には海水がわずかに滲む状況となっていたところ、A受審人が1人で乗り組み、空倉で作業員1人の乗ったはしけ永昌丸を引き、次の仕事までの間両船を係留する目的で、燃料油約2キロリットルを保有し、船首0.85メートル船尾1.90メートルの喫水をもって、同13年9月20日10時00分水島港を発し、香川県丸亀港に向かった。
 A受審人は、昼過ぎ丸亀港蓬莱町公共岸壁に面する泊地に近づいて永昌丸の錨を投入し、既に南西側岸壁の中央付近に係留してあった作業台船の北隣に永昌丸をとも付けするため、永昌丸の錨鎖の延出に合わせて同船の右舷側を藤丸で押していたところ、折からの風で永昌丸が台船の船首角の方向に流され、台船の船首角から泊地中央の方へ延びた錨のワイヤロープに藤丸の機関室船底が左舷側から乗り上がったのを認めた。このため、永昌丸の船尾ロープを岸壁に取ったあと、主機を止めて同船に乗り移り、作業員と2人で藤丸の船首を引いてワイヤロープから離すとともに、永昌丸に左舷付とし、船首と左舷側から係留索を取り13時40分ごろ丸亀港蓬莱町防波堤灯台から真方位161度1,680メートルの地点に係留した。
 このとき、藤丸は、台船の錨ワイヤロープに乗り上がった箇所がフレーム番号6ないし7番付近の船底であったことから、船底を擦った同ロープによって群生付着していた貝類の一部が削り取られ、既に生じていた微少破孔が外板表面に露出し、海水が機関室に浸入し始めた。
 一方、A受審人は、藤丸の機関室船底がワイヤロープに乗り上がった際、衝撃がほとんどなく、静かに止まった感じであったことから、それによって船底に凹みや破孔などの損傷を生じることなど思いも及ばないまま、機関室に降りて船尾管グランドパッキンの増締めと船底弁を閉鎖したのち、14時10分藤丸を離れ自宅に帰った。
 藤丸は、無人のまま係留されている間に、浸入流によって機関室左舷底部に生じた微少破孔が徐々に拡大しながら浸水し続け、機関室が満水となってからもかろうじて係留索に支えられて浮いていたところ、同月23日深夜に同索が切れて沈没し、翌24日06時00分前示係留地点において、マストだけを海面上に出しているところを同岸壁に係留していた貨物船の船長に発見された。
 当時、天候は晴で風力3の北東風が吹き、港内は穏やかであった。
 A受審人は、貨物船の船長から電話で藤丸が沈没していることを知らされ、坂出海上保安署などに連絡を取ったうえで急いで本船に戻り、海面に多量の重油が浮遊しているのを認め、同署、丸亀市及び同市漁業協同組合などの関係者とともに流出油処理作業に当たった。
 藤丸は、燃料油タンクのA重油が浮遊して岸壁前の海面を汚染したが、オイルフェンスで港外への拡散が防止されたうえ、吸着材でほぼ回収される一方、クレーン車によって岸壁上に引き揚げられ、機関室の主機フライホィールと減速機との間の左舷船底に直径10ミリ弱の破孔を生じていることが判明し、のち解撒処分された。

(原因の考察)
 本件は、無人のままで岸壁に係留されていたところ、機関室船底外板に生じた破孔から浸水し、係留4日後の早朝沈没しているのが発見されたもので、破孔の状況について考察する。
 破孔付近の機関室船底部の状況は、本件前後に数量的な確認などが行われておらず、当廷に提出された証拠によって詳細に検証することはできないが、一般に常時海水に浸かる箇所より乾湿を繰り返す箇所の腐食が激しいといわれており、陸揚げ後の藤丸を調査したA受審人の供述及び関係者の各回答書の内容から、ビルジ増減による乾湿の繰返し腐食などにより、経年衰耗が進行して部分的に肉厚が著しく減少していたことは明らかである。
 また、外板表面の状況は、フレーム番号6ないし7番付近に貝類が群生付着したまま塗装等の整備が行われていなかったことから、表面腐食がある程度生じていたものと考えられる。一方、回答書添付の引き揚げ後の船底写真では、ワイヤロープと擦れ合った痕跡が鮮明に筋として見分けられるほどの溝にまで削られておらず、風に流される勢いが止められるように衝撃を感じないまま同ロープに乗り上がった際の船底に作用する力は、群生付着した貝類を削り落としただけで、表面の擦過で肉厚を急激に減少させて破孔を生じさせるほどのものと考えるのは無理がある。
 こうした外板の状況及び係留後沈没に至るのに4日近くを要していることを勘案すると、機関室船底部の破孔は、船底部外板に対する衰耗状況の点検が十分に行われないまま、経年衰耗が局部的に進行して極めて微少破孔が発生したものの、群生付着した貝類に塞がれてわずかに滲む程度の状況であったところ、係留作業中にその部分がワイヤロープに乗り上がり、貝類が削り落とされたことで破孔が外板表面に露出し、係留中に浸水流によって破孔が徐々に拡大したと考えるのが相当である。

(原因)
 本件沈没は、機関室船底部外板に対する衰耗状況の点検が不十分で、腐食などにより経年衰耗が進行して左舷船底に生じた微少破孔が、外板表面に群生付着していた貝類によって塞がれていたところ、丸亀港係留作業中に係留していた作業台船の錨ワイヤロープに乗り上がったとき、貝類が削り落とされて露出した同破孔が浸入流によって徐々に拡大しながら機関室に浸水し続け、浮力を喪失したことによって発生したものである。

(受審人の所為)
 A受審人は、船体の保守管理に当たる場合、以前ビルジ溜まりに相当する機関室右舷側の船底外板の肉厚が局部的に薄くなり、修理したことがあったのだから、完全にビルジを排除したうえで同室船底内面を掃除するなどして、定期的に船底部外板に対する衰耗状況を十分に点検すべき注意義務があった。ところが、同人は、ドックの指摘で防食亜鉛板の取付け箇所を増やしたから外板の腐食、衰耗に注意を払う必要はないと思い、定期的に船底部外板に対する衰耗状況を十分に点検しなかった職務上の過失により、フレーム番号6ないし7番の間の左舷側船底外板内面に経年衰耗が次第に進行し、微少破孔が生じていることに気付かないまま運航を続け、丸亀港係留作業中、既に係留していた作業台船の錨ワイヤロープに乗り上がったとき、外板表面に群生付着して微少破孔を塞いでいた貝類が削り落とされて海水が機関室に浸水し、浮力を喪失して沈没を招き、重油を流出させるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第2号を適用して同人の一級小型船舶操縦士の業務を一箇月停止する。

 よって主文のとおり裁決する。





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