(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成13年6月21日10時35分
北九州市門司区部埼沖合
2 船舶の要目
船種船名 |
貨物船第三長浜丸 |
プレジャーボート春風 |
総トン数 |
498トン |
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全長 |
65.02メートル |
7.35メートル |
登録長 |
61.70メートル |
6.58メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
電気点火機関 |
出力 |
1,323キロワット |
102キロワット |
3 事実の経過
第三長浜丸は、船尾船橋型の鋼製砂利採取運搬船で、A受審人ほか4人が乗り組み、空倉のまま、船首1.60メートル船尾3.00メートルの喫水をもって、平成13年6月21日10時00分福岡県苅田港沖合の人工島埋立工事区域を発し、関門港若松区に向かった。
A受審人は、専ら響灘などで採取した海砂を福岡、大分及び山口各県の揚地に運搬しており、ほとんどが日帰りの航程であることから、航海中にクレーン士を兼務する一等航海士に休息をとらせるため、船橋当直を一等機関士と2人で行い、出入港時及び関門海峡通過時には自らが手動操舵に就き、その他の海域においては、一等機関士を手動操舵に就け、自らが操船を指揮していた。
A受審人は、人工島埋立工事区域に出入りする船舶に対する安全対策の一環として、漁業操業が活発な同区域北方の北九州市門司区柄杓田から白野江にかけての沿岸海域を避けて、沖合約2.5海里を迂回する経路が定められていたので、同区域と関門港との間を航行する場合には、同経路に沿って航行することにしていた。
A受審人は、自ら手動操舵に就き、関門港新門司区沖合に向けて北上し、同沖合を通過したところで、昇橋してきた一等機関士を手動操舵に就け、引き続き在橋して操船の指揮を執り、10時12分新門司防波堤灯台から032度(真方位、以下同じ。)1,200メートルの地点において、針路を新門司第3号及び第4号両灯浮標間に向く050度に定め、機関を回転数毎分340の全速力前進とし、13.0ノットの速力(対地速力、以下同じ。)で、迂回経路となっている両灯浮標から北東方に伸びる新門司水路を進行した。
A受審人は、操舵室内を左右に移動しながら見張りに当たり、新門司水路の北東端を示す簡易灯浮標を通過した後、10時26分半部埼灯台から141度3.4海里の地点において、針路を327度に転じたとき、前方に接近するおそれのある他船を認めなかったので、その後は操舵室右舷側でいすに腰を掛け、部埼沖合に向けて続航した。
ところで、第三長浜丸は、船首甲板後端に門型デリックポストを、同ポスト後部にジブクレーンをそれぞれ備え、直径約50センチメートルの同ポスト及び同クレーンの筐体上部に取り付けられた幅約1.6メートル高さ約3.7メートルのガントリーのフレームやワイヤロープなどによって、操舵室からの船首方向の見通しが妨げられており、操舵室右舷側から見張りを行うと、同ポストにより両舷の狭い範囲に死角を生じるほか、同ガントリーにより正船首極わずか右方から左舷側に約5度の範囲にわたって死角を生じていた。
10時30分A受審人は、部埼灯台から139度2.6海里の地点を進行していたとき、正船首わずか左方2,000メートルのところで春風が船首を西方に向けて漂泊を始め、同時32分同灯台から137度2.2海里の地点において、正船首わずか左方1,200メートルのところで漂泊中の同船を視認し得る状況となり、その後、同船に向首したまま衝突のおそれのある態勢で接近したが、転針したとき前路に他船を認めなかったことから、前路に他船はいないものと思い、いすに腰を掛けたまま、操舵中の一等機関士と雑談したり、コーヒーを飲むなどしながら右舷前方の見張りを行っていたものの、操舵室内を移動するなどして死角を補う見張りを十分に行わなかったので、ジブクレーンのガントリーによる死角に入っている春風に気付かず、同船を避けることなく進行した。
こうして、A受審人は、操舵室右舷側でいすに腰を掛けたまま見張りを続け、10時34分部埼灯台から134.5度1.75海里の地点に達したとき、春風に400メートルまで接近したが、依然として死角に入っている春風に気付かず、同船を避けることなく続航中、10時35分部埼灯台から133度1.55海里の地点において、長浜丸は、原針路、原速力のまま、その左舷前部が、春風の船外機に後方から57度の角度で衝突した。当時、天候は晴で風はほとんどなく、潮候は下げ潮の初期で、関門海峡はほぼ転流時に当たり、衝突地点付近には潮流がほとんどなく、視界は良好であった。
また、春風は、船体中央部に操舵室を備えたFRP製プレジャーボートで、B受審人が1人で乗り組み、知人1人を乗せ、釣りの目的で、船首0.20メートル船尾0.50メートルの喫水をもって、同日06時45分関門港門司区大里第3船だまりを発し、関門海峡を東行して部埼沖合の釣場に向かった。
07時30分B受審人は、部埼灯台から020度370メートルの関門港田野浦区において、友人のプレジャーボート(以下「友人艇」という。)と会合し、部埼東方沖合の釣場で漂泊して釣りを始め、折から関門海峡は西流の強潮時に当たり、潮のぼりを繰り返しながら釣っていたものの、釣果が上がらなかったので、友人艇とともに下関南東水道第1号灯浮標(以下「第1号灯浮標」という。)北方の釣場に移動した。
ところで、第1号灯浮標付近は、下関南東水道の北西部にあたり、同灯浮標から関門海峡東口の中央水道に向かう基準針路325度及び周防灘に向かう同125度の各推薦航路が設定され、関門海峡と周防灘との間を往来する船舶の主要な通航路となっているなど、船舶交通が輻輳する海域であり、B受審人は、これまで何度も部埼沖合に釣りに出かけていたので、付近海域の交通事情などについてはよく知っており、第1号灯浮標付近において釣りをするときには、用心のため主船外機又は予備の小型船外機を中立運転として漂泊していた。
B受審人は、第1号灯浮標の北方約300メートルの釣場に到着し、機関を中立運転として漂泊しながら釣りを行い、その後同灯浮標の南東方約600メートルの釣場に移動して釣ってみたものの、一向に釣果が上がらなかったことから、更に同灯浮標の南西方約600メートルの釣場に向かった。
10時30分B受審人は、前示衝突地点付近の釣場に至り、これまでと比べて通航船舶が少なかったことから、機関を中立運転とせずに停止して漂泊し、船首を270度に向けた春風の船尾甲板左舷側で、船尾方向に釣竿を出して釣りを始めたとき、左舷船尾57度2,000メートルのところに、自船の方に向かって北上中の第三長浜丸を初めて視認し、その動静を監視していたところ、同時32分同船が同方位1,200メートルに接近し、その後も同船が自船に向首したまま衝突のおそれのある態勢で接近するのを認めたが、同釣場ではそれまでとは打って変わってしろぐちが釣れ始めたこともあり、そのうち同船が漂泊中の自船を避けるものと思い、速やかに機関を使用して移動するなどの衝突を避けるための措置をとることなく、釣りを続けた。
こうして、B受審人は、第三長浜丸に対する動静監視を行いながら釣りを続けていたところ、10時34分同船が自船に向首したまま400メートルのところに接近したのを認めたが、電子ホーンを吹鳴して注意喚起信号を行うことも、機関を使用して移動するなどの衝突を避けるための措置をとることもせずに漂泊を続け、同時34分半同船が200メートルのところに迫ってようやく衝突の危険を感じ、操縦席に駆け込み、急いで機関を始動しようとしたが、機関が始動せず、電子ホーンで短音5回を吹鳴したものの、効なく、春風は、前示のとおり衝突した。
B受審人は、第三長浜丸が衝突後も停船せずに北上を続けたので、同船の船尾に標示された船名を確認し、10時40分海上保安庁に118番通報した。
一方、A受審人は、衝突したことに気付かず、そのまま関門港に向けて北上を続け、10時45分ごろ部埼の北西方約1,000メートルの関門港田野浦区を航行していたところ、海上保安庁からの通報を受けて事故の発生を知った。
衝突の結果、第三長浜丸は、損傷がなかったが、春風は、船外機2機に損傷を生じ、のち修理された。
(原因)
本件衝突は、北九州市門司区部埼沖合において、関門港に向けて北上中の第三長浜丸が、見張り不十分で、前路で漂泊中の春風を避けなかったことによって発生したが、春風が、注意喚起信号を行わず、衝突を避けるための措置をとらなかったことも一因をなすものである。
(受審人の所為)
A受審人は、北九州市門司区部埼沖合において、関門港に向けて北上する場合、ジブクレーンのガントリーにより船首方向に死角を生じていたのであるから、前路に存在する他船を見落とすことのないよう、操舵室内を移動するなどして、死角を補う見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかるに、同受審人は、部埼沖合に向けて転針したとき、前路に他船を認めなかったことから、前路に他船はいないものと思い、操舵室右舷側でいすに腰を掛け、操舵中の乗組員と雑談したり、コーヒーを飲むなどしながら右舷前方の見張りを行っていたものの、死角を補う見張りを十分に行わなかった職務上の過失により、前路で漂泊中の春風に気付かず、同船を避けることなく進行して衝突を招き、第三長浜丸には損傷がなかったが、春風の船外機2機に損傷を生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して、同受審人を戒告する。
B受審人は、北九州市門司区部埼沖合において、釣りのため漂泊中、自船に向首したまま接近する第三長浜丸を認めた場合、速やかに機関を使用して移動するなど、衝突を避けるための措置をとるべき注意義務があった。しかるに、同受審人は、そのうち第三長浜丸が漂泊中の自船を避けるものと思い、衝突を避けるための措置をとらなかった職務上の過失により、そのまま漂泊を続けて同船との衝突を招き、前示の損傷を生じさせるに至った。
以上のB受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して、同受審人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。