(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成14年5月20日17時37分
兵庫県坊勢漁港東方沖合
2 船舶の要目
船種船名 |
貨物船第六拾八宝来丸 |
漁船明宝丸 |
総トン数 |
499トン |
10トン |
全長 |
71.30メートル |
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登録長 |
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14.95メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
ディーゼル機関 |
出力 |
1,471キロワット |
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漁船法馬力数 |
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120 |
3 事実の経過
第六拾八宝来丸(以下「宝来丸」という。)は、船橋から船首端まで約50メートルの船尾船橋型鋼製の貨物船兼砂利石材運搬船で、A受審人ほか5人が乗り組み、石材1,700トンを載せ、船首3.7メートル船尾5.2メートルの喫水をもって、平成14年5月20日17時30分兵庫県坊勢島北方沖合の錨地を発し、同島北東方の家島とによって形成された水域を経由して、徳島空港の工事現場へ向かった。
ところで、家島と坊勢島とによって形成された水域は、北西・南東方向の可航幅約800メートルの狭い水道となっており、その南東側は、両島の間にある矢ノ島によって可航幅約500ないし600メートルに狭められて南北及び東西の2方向に延びていた。
A受審人は、揚錨操船に引き続き単独で操船にあたり、17時34分坊勢港長井4号防波堤灯台(以下「長井防波堤灯台」という。)から005度(真方位、以下同じ。)430メートルの地点で、針路を坊勢島と矢ノ島との間に向かう150度に定め、機関を半速力前進にかけ、5.5ノットの速力(対地速力、以下同じ。)で手動操舵により進行した。
定針したとき、A受審人は、左舷船首45度1.2海里のところに西行する明宝丸を初めて視認し、その後その方位が変わらず、同船が前路を右方に横切り衝突のおそれのある態勢で、自船の進路を避けないまま接近するのを認めたが、そのうち同船が自船を避けるものと思い、速やかに警告信号を行わず、更に間近に接近したとき行きあしを止めるなどの衝突を避けるための協力動作をとることなく進行した。
17時37分少し前A受審人は、左舷船首至近に迫った明宝丸にようやく衝突の危険を感じ、汽笛を連吹して機関を全速力後進にかけたが及ばず、17時37分長井防波堤灯台から093度300メートルの地点において、宝来丸は、160度に向いて1.0ノットの速力となったその船首部が、明宝丸の右舷側中央部に前方から67度の角度で衝突した。
当時、天候は晴で風はほとんどなく、視界は良好で、潮候は下げ潮の初期であった。
また、明宝丸は、底引き網漁業に従事するFRP製漁船で、B受審人ほか2人が乗り組み、水揚げ終了後定係地へ帰る目的で、船首0.5メートル船尾1.3メートルの喫水をもって、同日17時00分兵庫県妻鹿漁港を発し、同県坊勢漁港長井地区へ向かった。
B受審人は、自ら操舵操船にあたって、兵庫県家島と同県男鹿島との間を南下したのち、17時34分長井防波堤灯台から093度1.2海里の地点で、針路を同灯台に向首する273度に定め、機関を全速力前進にかけ、20.0ノットの速力で手動操舵により進行した。
定針したとき、B受審人は、右舷船首12度1.2海里のところに宝来丸を視認できる状況であったが、右舷前方に数隻の船舶が錨泊していたことから、一瞥して全て錨泊船と思い、右舷前方の見張りを十分に行っていなかったので、宝来丸の存在及びその後同船が前路を左方に横切り衝突のおそれのある態勢で接近していることに気付かなかった。
B受審人は、右転するなど宝来丸の進路を避けることなく同じ針路速力で続航し、17時37分わずか前右舷船首至近に迫った宝来丸を初めて認めたが、どうすることもできず、明宝丸は、原針路原速力のまま、前示のとおり衝突した。
衝突の結果、宝来丸は、船首部外板に擦過傷を生じたのみであったが、明宝丸は、右舷中央部外板及び船橋を大破し、僚船に岸壁へ引きつけられ、のち修理された。また、B受審人は、右下腿及び右膝に打撲傷等を負った。
(航法の適用)
本件は、家島と坊勢島との間の狭い水道において、両船が互いに視野の内にある状況下、南下中の宝来丸と西行中の明宝丸が衝突したが、港則法の適用水域でなく、また、海上交通安全法が適用される瀬戸内海で発生したが、同法には本件に適用すべき航法がないので、海上衝突予防法(以下「予防法」という。)の適用航法について検討する。
1 狭い水道等の航法
本件の発生した海域は、家島と坊勢島とによって形成された、北西・南東方向の可航幅約800メートルの狭い水道で、その南東側は、両島の間にある矢ノ島によって可航幅約500ないし600メートルに狭められて南北及び東西の2方向に延びている。
予防法第9条第1項では、「狭い水道等をこれに沿って航行する船舶は、安全であり、かつ、実行に適する限り、狭い水道等の右側端に寄って航行しなければならない。」と規定しているが、宝来丸は、矢ノ島と坊勢島との間に向け家島と坊勢島との間の狭い水道を南下中であり、明宝丸は同水道左側の坊勢漁港長井地区へ入港するために西行中であったのであるから、同項の「実行に適する限り」の条件を満足することができず、本件に同規定を適用するのは相当でない。
2 横切り船の航法
両船が互いに進路を横切り、衝突のおそれのある態勢となったのは、衝突の3分前で、両船の距離1.2海里のときからであった。
両船の大きさ及び運動性能等からして、明宝丸は右舷側に見る宝来丸の進路を避けるための動作をとる余裕水域が十分にあり、また、宝来丸は、針路速力の保持及び協力動作をとる余裕水域が十分にあったと認められる。
したがって、両船とも行動の自由を制約されず、かつ、避航動作をとる十分な余裕がある衝突の3分前を航法適用の時機としてとらえ、本件は、予防法第15条の横切り船の航法を適用して律するのが相当である。
(主張に対する判断)
宝来丸側補佐人は、明宝丸が、予防法第6条及び同法第9条第6項に違反したことが本件発生の原因であり、また、宝来丸が協力動作を十分にとった旨主張するので、この点について検討する。
1 明宝丸が予防法第6条(安全な速力)に違反して過大な速力であった旨の主張
明宝丸は20.0ノットで航行していたものであるが、以下の点から過大な速力であったとは認められないので、同主張は採用できない。
(1)視界が良好であった点
(2)船舶交通はふくそうしている状況でなかった点
(3)明宝丸の大きさ及び運動性能において余裕水域が十分にあったと考えられる点
(4)20.0ノットで航走して船首方に死角ができるなど見張りを妨げる状況でなかった点
2 明宝丸が予防法第9条第6項違反である旨の主張
予防法第9条第6項では、「長さ20メートル未満の動力船は、狭い水道等の内側でなければ安全に航行することができない他の動力船の通航を妨げてはならない。」と規定している。
その目的とするところは、運動性能が良い長さ20メートル未満の動力船に対して、狭い水道等の限られた部分しか航行できない大型船の通航を妨げる行為を禁止し、大型船に無理な航行を強いないようにした点にあることは明らかである。
しかるに、宝来丸は、事実認定のとおり、衝突を避けるための協力動作をとるのに十分な余裕水域があり、狭い水道等の内側でなければ安全に航行することができない動力船でないので、同主張は採用できない。
3 宝来丸が協力動作を十分にとった旨の主張
この主張は、宝来丸が警告信号を行った。また、宝来丸の球状船首と明宝丸の衝突図を作成し、停止状態の宝来丸に明宝丸が衝突したとするものである。
しかしながら、宝来丸が汽笛を吹鳴したのは衝突の直前であった。また、明宝丸の損傷状況は、損傷写真によると、宝来丸に前進行きあしがなければ生じない点が明らかであるので、同主張は採用できない。
(原因)
本件衝突は、兵庫県坊勢漁港東方沖合において、両船が互いに進路を横切り衝突のおそれのある態勢で接近中、明宝丸が、見張り不十分で、前路を左方に横切る宝来丸の進路を避けなかったことによって発生したが、宝来丸が、警告信号を行わず、衝突を避けるための協力動作をとらなかったことも一因をなすものである。
(受審人の所為)
B受審人は、坊勢漁港東方沖合において、同漁港へ向け西行する場合、南下中の宝来丸を見落とすことのないよう、右舷前方の見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかるに、同人は、右舷前方に数隻の船舶が錨泊していたことから、一瞥して全て錨泊船と思い、右舷前方の見張りを十分に行わなかった職務上の過失により、前路を左方に横切り衝突のおそれのある態勢で接近する宝来丸に気付かず、同船の進路を避けないまま進行して衝突を招き、宝来丸の船首部外板に擦過傷を、自船の右舷中央部外板及び船橋を大破させ、自らが右下腿及び右膝に打撲傷等を負うに至った。
以上のB受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
A受審人は、坊勢漁港東方沖合において、坊勢島東岸に沿って南下中、明宝丸が前路を右方に横切り衝突のおそれのある態勢で、自船の進路を避けないまま間近に接近するのを認めた場合、速やかに行きあしを止めるなど、衝突を避けるための協力動作をとるべき注意義務があった。しかるに、同人は、そのうち明宝丸が自船を避けるものと思い、衝突を避けるための協力動作をとらなかった職務上の過失により、そのまま進行して衝突を招き、両船に前示の損傷を生じさせ、B受審人に前示の傷を負わせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。