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平成14年横審第69号
件名

プレジャーボートスカンク#1
プレジャーボートレッド・ドラゴン衝突事件

事件区分
衝突事件
言渡年月日
平成14年11月20日

審判庁区分
横浜地方海難審判庁(甲斐賢一郎、森田秀彦、長谷川峯清)

理事官
相田尚武

受審人
A 職名:スカンク#1船長 海技免状:四級小型船舶操縦士
指定海難関係人
B 職名:株式会社Kモータースジャパン
ジェットスキー営業部
テクニカルグループアシスタントマネージャー

損害
ス 号・・・右舷船首部の防舷帯に凹損
船長が腰部を打撲及び捻挫
レ 号・・・左舷船首部に亀裂
船長が腰部を打撲及び捻挫

原因
ス 号・・・ステアリングケーブル再接続の点検不十分

主文

 本件衝突は、修理担当技術者が、スカンク#1のステアリングシステムの変更修理において、ステアリングケーブル再接続の点検が不十分であったことによって発生したものである。
 
理由

(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成13年5月27日10時30分
 神奈川県横須賀港第7区

2 船舶の要目
船種船名 プレジャーボートスカンク#1 プレジャーボートレッド・ドラゴン
全長 3.12メートル 3.12メートル
機関の種類 電気点火機関 電気点火機関
出力 95キロワット 86キロワット

3 事実の経過
(1)スカンク#1の概要
 スカンク#1(以下「ス号」という。)は、川崎重工業株式会社製で、最大搭載人員が3人の、最高速力毎時90キロメートルのウォータージェット推進装置を有する水上オートバイで、ステアリングハンドル(以下「ハンドル」という。)を操作することにより船尾のジェットノズルの噴射方向を左右に変えて旋回し、ハンドル右側グリップ部に設けられたスロットルレバーの握りの強弱によって速力を制御するようになっており、ハンドルの前部にマルチファンクションメーターが、同下部から後方に跨乗式座席がそれぞれ装備されていた。
(2)ス号の仕様
 ス号は、平成13年に発売開始されたモデルで、当時最新の仕様として、エンジン・マネージメント・モジュール(以下「EMM」という。)とカワサキ・スマート・ステアリング(以下「KSS」という。)が装備されていた。
(1)EMM
 EMMは、ハンドル下部の筐体(きょうたい)内に内蔵されている制御基盤で、同基盤に書き込まれたプログラムにより使用環境やエンジンに設けられた各種センサーによって得られる信号に基づき、エンジンを常に最適の状態で使用することを目的としており、販売店やメーカーの技術者がパソコンを接続して不具合のチェックや調整を行うものであった。
(2)KSS
 KSSは、各種センサーによりエンジンの回転数、ステアリングの状態、スロットルの開度を感知して、過去のエンジン回転数が平均毎分3,000回転以上で、ハンドルが左右どちらかに一杯取られた状態で、スロットルが全閉となったとき、旋回を維持するための推力を確保するよう、EMMに書き込まれたプログラムにより自動的にエンジン回転数を毎分3,000回転弱に維持するステアリングシステムであるが、使用者がKSSを使わないで操縦しようとするときには、KSSの切替スイッチがないため、メーカーに依頼してハンドル軸のブラケットに取り付けられたステアリングポジションセンサーを取り外す必要があった。
(3)ス号の修理
 A受審人は、平成13年4月27日ス号を横浜にある販売店から購入したのち、2回ほど遊走を楽しんだが、遊走には支障ないものの、マルチファンクションメーターのエンジン警告灯が点滅を続けたことと、必要がないときにKSSが働いて不都合であったことから、同警告灯の点検とKSSの遮断を販売店に相談したところ、同店から兵庫県明石市にある株式会社Kモータースジャパンのジェットスキー営業部に修理を依頼することになった。
 B指定海難関係人は、株式会社Kモータースジャパンの営業部に属する修理担当技術者で、前示修理依頼を受けたのち、同年5月22日15時過ぎ横浜市に出向いて修理を開始した。
 B指定海難関係人は、パソコンによる故障診断のあと、エンジン警告灯の点滅については、EMM自体とそれに関連する燃料噴射機3個を交換して正常に作動することを確認した。
 また、KSSの遮断については、ハンドル軸のブラケットに取り付けられたステアリングポジションセンサーを取り外すこととし、ハンドルのすぐ後部にある前部小物入れのカバーを開け、小物入れケースを取り外し、ハンドル軸のブラケットにボールジョイントで接続されているステアリングケーブルを外すなどの準備作業ののち、同センサーを取り外したが、同センサーの取外し作業は今回が初めてであったので、KSSが遮断されていることを早く確認したいと思い、ステアリングケーブルの再接続を点検しないまま急いで復旧作業を行い、KSSの遮断を確認して修理を終了したが、ハンドルと船尾のジェットノズルが連動して動くかどうかの点検を十分に行わなかった。
(4)本件発生に至る経緯
 A受審人は、同月27日友人で四級小型船舶操縦士免状を受有し、レッド・ドラゴン(以下「レ号」という。)を使用しているI(以下「I船長」という。)の誘いに応じて、前示修理後初めて遊走することとし、09時ごろ自宅を出発し、10時ごろ神奈川県横須賀市長瀬にある平作川河口北側の船揚場に到着した。
 同船揚場は、同川左岸導流堤とその北東約50メートルのところに同導流堤と並行に造築された堤防に挟まれた場所で、海面に至るコンクリート製のスロープが設けられていた。
 A受審人は、到着後、ス号を載せたトレーラーを自動車の後部に繋いだまま、水際まで下ろして固縛を解き、エンジンを始動したのち、取扱説明書の乗艇前の点検項目に沿って、ドレンプラグが確実に閉じられているかどうか、船体に損傷がないかどうか、ハンドルに引っかかりやガタつきがないかどうか、リバースレバーとリバースバケットが連動するかどうか、また、ジェットノズルにステアリングケーブルが接続しているかどうかなどについて、それぞれ点検して確認したが、ハンドルとジェットノズルが連動していない状態であることまでには思い至らず、後部物入れから錨と錨索を取り出してス号を水上に押し出し、沖合約5メートルの地点に投錨した。
 遊走準備を終えたA受審人は、ス号に1人で乗り組み、錨を揚収して格納したのち、船首尾とも0.3メートルの等喫水をもって、遊走の目的で、10時30分少し前港湾技術研究所験潮所(以下「験潮所」という。)から263度(真方位、以下同じ。)530メートルの地点を発した。
 発航時にA受審人は、右舷船首方10メートルのところに、I船長が乗艇して錨泊中のレ号を認め、同艇の手前で右旋回するつもりで針路をレ号船首部に向く043度に定め、スロットルレバーを引き絞りながら進行した。
 A受審人は、時速10キロメートルまで増速してハンドルを右に取ったが、ハンドルとジェットノズルを繋ぐステアリングケーブルが接続されていなかったので、操舵不能で右旋回しないまま直進し、10時30分わずか前レ号との衝突の危険を感じ、右旋回の推力を増すつもりでスロットルレバーを強く引き、時速15キロメートルまで増速してハンドルを右に一杯とったものの、原針路のまま直進した。このことに驚いたA受審人は、スロットルレバーから指を離してリバースレバーを引いてリバースバケットを下ろそうとしたが、間に合わず10時30分験潮所から264度520メートルの地点において、ス号の右舷船首部がレ号の左舷船首部に後方から82度の角度をもって衝突し、乗り切った。
 当時、天候は曇で風はほとんどなく、潮候は下げ潮の中央期であった。
 A受審人は、衝突の衝撃でリバースバケットを完全に下ろすことができないまま、前進惰力で続航し、前示堤防に約45度の角度で船首部が衝突し、船首方向に背中から落水した
 また、レ号は、カナダのボンバルディア社製で、最大搭載人員が3人の、最高速力毎時110キロメートルのウォータージェット推進装置を有する水上オートバイで、I船長が1人で乗り組み、船首0.3メートル船尾0.35メートルの喫水をもって、09時30分ごろ前示衝突地点に、錨索5メートルを延出して錨泊した。
 I船長は、10時30分少し前船首を322度に向け、発航準備をしていたとき、左舷正横10メートルのところから、ス号が発進し、10時30分わずか前増速しながら、自艇に向首接近するス号を認め、衝突の危険を感じたが、どうする暇もなく、レ号は船首が322度を向いたまま、前示のとおり衝突した。
 I船長は、衝撃で右舷側に落水してレ号と前示堤防との間に挟まれた。
 衝突の結果、ス号は右舷船首部の防舷帯に凹損を、レ号は左舷船首部に亀裂などをそれぞれ生じ、A受審人が腰部に、また、I船長が腰部などにそれぞれ打撲及び捻挫を負った。
(5)本件発生後のステアリングケーブルの確認
 本件発生後、A受審人は、ス号を陸揚げしてステアリング機構を確認したところ、ハンドル軸のブラケットに接続されているはずのステアリングケーブルが外れていることに初めて気付き、その後同ケーブルを復旧して海上で試運転を行い、同機構が正常に機能することを確認した。
(6)事後における修理作業手順の見直し
 B指定海難関係人は、本件発生後ステアリングケーブルの復旧の重要性を認識し、事故の再発防止のために作業手順の見直しを図り、新しい作業マニュアルを作成した。

(原因)
 本件衝突は、修理担当技術者が、スカンク#1のステアリングシステムの変更修理を行った際、同修理にとりかかる前に外したステアリングケーブル再接続の点検が不十分で、同ケーブルを接続せずに復旧作業を終了してハンドルと船尾のジェットノズルが連動していないまま遊走が開始されたことによって発生したものである。

(受審人等の所為)
 B指定海難関係人が、スカンク#1のステアリングシステムの変更修理を行った際、同修理にとりかかる前に外したステアリングケーブル再接続の点検を十分に行わなかったことは、本件発生の原因となる。
 B指定海難関係人に対しては、本件発生後ステアリングケーブルの復旧の重要性に鑑み、作業手順の見直しを図り、新しい作業マニュアルの作成を行い、再発防止に努めている点に徴し、勧告しない。
 A受審人の所為は、本件発生の原因とならない。

 よって主文のとおり裁決する。


参考図(1)





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