(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成13年3月15日21時16分
関門港田野浦区
2 船舶の要目
船種船名 |
貨物船ハーバーブリッジ |
貨物船ダブルスター |
全長 |
225.157メートル |
73.70メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
ディーゼル機関 |
出力 |
16,283キロワット |
1,029キロワット |
3 事実の経過
ハーバー ブリッジ(以下「ハ号」という。)は、船尾船橋型のコンテナ船で、船長Mほか19人が乗り組み、コンテナ4,574.2トンを積載し、関門港田野浦区の太刀浦ふ頭8号岸壁(以下岸壁の名称については、「太刀浦ふ頭」を省略する。)に左舷付け係留中のところ、右舷船尾に引船をとり、法定の灯火に加えて緑色閃光(せんこう)灯を表示した全長17.25メートルの進路警戒船1隻を7号岸壁北端の北西600メートル付近に配備し、船首6.58メートル船尾8.10メートルの喫水をもって、平成13年3月15日21時08分8号岸壁を発し、大韓民国釜山港に向かった。
発航時、M船長は、法定の灯火を表示し、三等航海士を船長補佐に、操舵手を操舵につけ、A受審人嚮導(きょうどう)のもと、操船指揮にあたった。
A受審人は、離岸前に進路警戒船と関門海峡海上交通センター(以下「関門マーチス」という。)から、早鞆瀬戸付近に約1海里の距離を隔てた2隻の東行船がいる旨の情報を得たうえで離岸操船にあたり、21時11分半部埼灯台から306度(真方位、以下同じ。)1,910メートルの地点において、極弱い西流に乗じ、バウスラスタ及び引船を使用して、船首が303度に向き、2.0ノットの前進行きあしがついた状態で8号岸壁から約100メートル沖まで引き離した。
そのころ、A受審人は、左舷船首30度2,100メートルのところに、早鞆瀬戸から関門航路を東行してきたダブルスター(以下「ダ号」という。)の白、白、緑3灯を7号岸壁の北端越しに初認し、その場に留まれば約300メートル離れて無難に航過する状況であることを認めたが、全長200メートル以上のハ号が8号岸壁から同航路を西行する旨の情報が関門マーチスより通航船舶に対してVHFで周知されていたことでもあり、進路警戒船を介してダ号に左転を要請すれば、進路を譲ってくれるものと思い、曳索(えいさく)を保持したうえ、ダ号が航過するまで、あるいは、ダ号が進路を譲ることを確認するまで発進を待つことなく、進路警戒船にその旨指示しただけで、引船を放ち、針路を303度に定め、機関を微速力前進にかけ、発進して新たな衝突のおそれを生じさせた。
21時12分半A受審人は、部埼灯台から306度2,010メートルの地点において、3.1ノットの速力(対地速力、以下同じ。)となったとき、ダ号の白、白、緑3灯を左舷船首29度1,630メートルに認め、進路警戒船に昼間信号灯で閃光2回を発させながらダ号の右舷側を反航させたものの、ダ号が左転する様子もなく、衝突のおそれのある態勢で接近したが、そのうち針路を譲ってくれるものと思い、直ちに機関を後進にかけて行きあしを止めるなり、引船を活用するなりして衝突を避けるための措置をとらず、機関を半速力前進に上げて増速しながら進行した。
21時13分A受審人は、ダ号の白、白、緑3灯を左舷船首28度1,400メートルに認めたとき、関門航路東口に接続する中央水道の右側につくこととし、ダ号に右転を要請するよう進路警戒船に指示したうえ、右舵10度で針路を335度とするよう操舵手に命じて続航した。
21時15分A受審人は、船首が330度に向き、ダ号の白、白、緑3灯を左舷船首44度430メートルに認めたとき、ダ号の船尾で反転して同船の左舷側至近を並走しながら拡声器で右転を要請していた進路警戒船から、ダ号に右転する気配がない旨の連絡を受け、自らもダ号に進路を譲ってもらうつもりで汽笛により短音5回を鳴らし、昼間信号灯により閃光5回を発したものの、同時15分半335度に転針し終えたころ、ダ号の白、白、緑3灯を左舷船首45度210メートルに認めて、衝突の危険を感じ、右舵一杯、全速力後進を令したものの、効なく、21時16分部埼灯台から306度2,470メートルの地点において、ハ号は、原針路のまま、5.2ノットの速力で、その左舷側後部にダ号の船首が、前方から75度の角度で衝突した。
当時、天候は晴で風力2の北風が吹き、潮候は上げ潮の中央期で、衝突地点付近には約0.5ノットの東流が、関門航路東口付近には約2.0ノットの東流が、8号岸壁前面には西方に流れる約0.2ノットの反流があった。
また、ダ号は、船尾船橋型貨物船で、船長Tほか7人が乗り組み、空倉のまま、船首1.20メートル船尾2.60メートルの喫水をもって、同月13日18時00分(現地時間)中華人民共和国チョウシャン港を発し、水島港に向かった。
翌々15日19時50分T船長は、福岡県大藻路岩付近で昇橋し、操舵手を手動操舵につけ、法定の灯火を表示して関門航路を東行し、21時11分部埼灯台から287度4,020メートルの地点において、針路を075度に定め、機関を全速力前進にかけ、折からの東流に乗じ、12.8ノットの速力で進行した。
21時11分半T船長は、部埼灯台から289度3,850メートルの地点において、右舷船首18度2,100メートルの、8号岸壁から約100メートル沖に、無難に航過する態勢にあった自船に対し、離岸を終え発進し、新たな衝突のおそれを生じさせたハ号の白、白、紅3灯を7号岸壁の北端越しに初認できる状況で、同時12分針路を082度に転じたとき、右舷船首13度1,870メートルに同3灯を初認したが、一瞥して、中央水道に沿って高速力で西行する大型船であろうから、自船と左舷を対して航過するものと思い、その後の動静監視を行わず、新たな衝突のおそれの生じていることに気付かなかった。
21時12分半T船長は、ハ号が白、白、紅3灯を示して同方位1,630メートルに接近したころ、昼間信号灯で閃光2回を発しながら右舷側を反航してくる小型船を認めたものの、進路警戒船から左転してハ号と右舷を対して航過するよう要請されていることが理解できないまま、同時13分関門航路東口を出航し、中央水道の右側に沿って、田野浦区の港界内に数十メートル入り込んだ水域を続航した。
21時14分T船長は、ハ号が白、白、紅3灯を示して右舷船首17度920メートルに接近したころ、小型船が船尾で反転したうえ、拡声器で何か合図を送りながら左舷側至近を並走するのを認めたものの、右転してハ号に進路を譲るよう進路警戒船から要請されていることがわからず、依然、動静監視不十分で、ハ号が増速しながら衝突のおそれのある態勢で接近していることに気付かなかったので、警告信号を行わず、機関を後進にかけるなど、衝突を避けるための措置をとらずに進行した。
21時15分T船長は、ハ号の発する汽笛と、昼間信号灯に気付いて、右舷船首25度430メートルに接近したハ号の白、白、紅3灯を認め、ようやく衝突の危険を感じ、右舵一杯としたものの、太刀浦ふ頭に接近することが気になり、機関停止、全速力後進、左舵一杯としたが、及ばず、ダ号は、船首が080度に向き、4.5ノットの行きあしで、前示のとおり衝突した。
衝突の結果、ハ号は左舷側後部外板に凹損を生じ、ダ号は船首を圧壊したが、のちいずれも修理された。
(航法の適用及び原因に対する考察)
1 航法の適用
夜間、関門航路を西行する予定で8号岸壁を離岸したハ号と、関門海峡を東行するダ号とが、関門港田野浦区の北側港界付近の港域内で衝突したものであり、その適用航法について検討する。
衝突地点が関門航路東端の約1,000メートル外側であることから港則法第14条第1項の適用はなく、港の防波堤の入口付近ではないことから同法第15条の適用はなく、両船の総トン数から同法第18条第2項の適用はなく、ダ号がわずか数十メートル田野浦区に入り込んだ水域ではあるものの、関門航路に接続する中央水道の右側付近を同水道に沿って、太刀浦ふ頭の北端を約300メートル離して東行していたことから同法第17条の適用はなく、ほかにも適用される港則法の規定はない。
8号岸壁に左舷付け係留中のハ号が、衝突の8分前に解らんし、衝突の4分半前にバウスラスタ及び引船を使用して100メートル沖に離岸した際に、ダ号の白、白、緑3灯を左舷船首30度2,100メートルに認めているものの、その場に留まれば、関門海峡を東行中のダ号が無難に航過する態勢にあり、ハ号が機関を微速力前進にかけて発進し、衝突の3分半前には半速力前進として徐々に増速しながら、かつ、衝突の3分前に303度から335度に向け右転を開始しながら進行して衝突に至ったものであり、針路、速力を保持していないことからも、海上衝突予防法第15条の適用はない。
よって、離岸操船を終えたハ号が、バウスラスタ、引船及び機関を活用してその場に留まることが容易な状況で、ダ号の航過を待たずに発進したことによって、ダ号に対して新たな衝突のおそれを生じさせたものであり、船員の常務によって律せられるのが相当である。
2 原因に対する考察
当時、ハ号の配備した進路警戒船がダ号に対して左転、のちに右転を求めたものの、ダ号がこれに応じなかったが、このことが本件の原因となるかについて検討する。
ハ号は、当時、北九州市港湾局作成の「田野浦太刀浦コンテナ船夜間入出港安全対策マニュアル」により、30,000総トン以上のコンテナ船が夜間入出港するために関門海峡を通航する場合に求められる進路警戒船を配備したうえ、同船に指示してダ号に左転及び右転を求め、ダ号がその求めに応じることを前提として発進、右転したが、進路警戒船を配備する目的は付近を航行する他の船舶に対してコンテナ船の航行を知らせしめ、両船舶の安全を確保するためのものであり、ダ号に対して求めた左転及び右転はあくまでも任意のものであって、ダ号がその要請に応じることにより初めて、ダ号の避航動作を必要とする発進、右転がハ号に許されるのである。
中山証人の当廷における、「進路警戒船として他船に転舵を要請しても、進路を譲ってくれない船舶が2ないし3割ある。」旨の供述からしても、ハ号は、進路警戒船の転舵要請に応じない船舶がありうることを念頭において操船すべきであった。
特に、ハ号が、田野浦区の港界付近を東行するダ号の前路をかわし、中央水道を横断してその右側につく目的で、ダ号に対して右転を求めたことは、夜間、推薦航路とはいえ中央水道の右側付近から大きく逸脱して関門港田野浦区に入り込み、かつ、太刀浦ふ頭とハ号船尾との間のわずか100ないし200メートルの狭隘(きょうあい)な水域へ向けることとなる厳しい操船を強いたことになる。
よって、ダ号が進路警戒船の求めに応じてハ号に進路を譲らなかったことは、本件の原因とはならない。
(原因)
本件衝突は、夜間、関門港田野浦区において、左舷付けしていた太刀浦ふ頭を離岸したハ号が、無難に航過する態勢で港界付近を東行するダ号に対し、発進して新たな衝突のおそれを生じさせたばかりか、衝突を避けるための措置をとらなかったことによって発生したが、ダ号が、動静監視不十分で、警告信号を行わず、衝突を避けるための措置をとらなかったことも一因をなすものである。
(受審人の所為)
A受審人は、夜間、関門港田野浦区において、左舷付けしていた太刀浦ふ頭を離岸したとき、無難に航過する態勢で港界付近を東行するダ号を認めた場合、発進すれば新たな衝突のおそれが生じる状況であることを知っていたのであるから、同船が航過するまで発進を待つべき注意義務があった。しかるに、同受審人は、進路警戒船を介してダ号に転針を要請すれば進路を譲ってくれるものと思い、同船が航過するまで発進を待たなかった職務上の過失により、ダ号の前路に向けて発進し、新たな衝突のおそれを生じさせたばかりか、衝突を避けるための措置をとることなく進行して衝突を招き、ハ号の左舷側後部外板に凹損を、ダ号の船首に圧壊をそれぞれ生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して、同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。