(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成12年7月12日16時20分
浦賀水道
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船丸 |
漁船海神丸 |
総トン数 |
4.8トン |
3.13トン |
登録長 |
11.50メートル |
9.20メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
ディーゼル機関 |
漁船法馬力数 |
90 |
70 |
3 事実の経過
丸は、固定式刺網漁業に従事し、船体後部に操舵室を有するFRP製漁船で、A受審人ほか1人が乗り組み、こち漁の目的で、船首0.4メートル船尾1.6メートルの喫水をもって、平成12年7月12日所属の天羽漁業協同組合が取り決めた16時00分の出漁時刻に、15隻ばかりの僚船とともに千葉県萩生漁港を発し、同港西北西方沖合約2,000メートルの漁場に向かった。
16時03分A受審人は、萩生港第1防波堤灯台(以下「萩生灯台」という。)から290度(真方位、以下同じ。)1,960メートルの地点の、こち底刺網漁船の僚船の中では最も陸岸寄りの漁場に至り、総延長2,100メートルのこち底刺網漁具を2張りに分けて平行に設置するつもりで、トロール以外の漁ろうに従事している船舶が表示しなければならない形象物(以下「漁業形象物」という。)を表示しないまま、1張り目の投網を開始することとし、針路を030度に定め、機関を極微速力前進にかけ、2.8ノットの対地速力(以下「速力」という。)で進行した。
16時14分半A受審人は、萩生灯台から319度2,050メートルの地点で、1張り目のこち底刺網漁具の設置を終え、2張り目の投網地点に向けて移動するため右回頭を始めたとき、自船の東側の浅海域で投網作業を行っていた数隻のえび底刺網漁船が、こち底刺網漁具より距離の短いえび底刺網漁具の設置を終え、萩生漁港に向かって帰航して行くのを認め、設置された同漁具と自船の1張り目のこち底刺網漁具との間に、2張り目の同漁具を設置することとして、同時16分同灯台から319度1,880メートルの地点で、針路を210度に転じ、機関を微速力前進にかけ、折からの南風に抗して4.0ノットの速力で、手動操舵によって続航した。
16時18分A受審人は、萩生灯台から312度1,830メートルの地点に達したとき、左舷船首13度350メートルのところに、海神丸を認めることができ、その後同船の方位が変わらず、衝突のおそれがある態勢で接近し、同船が漁業形象物を表示していなかったものの、その船型、操業位置、時刻、船首方位及び速力などから、海神丸がえび底刺網漁船で、極微速力で漁ろうに従事していることが分かる状況であったが、少し前に数隻のえび底刺網漁船が帰航するのを認めていたので、もう自船の周辺で操業する漁船はいないものと思い、周囲の見張りを十分に行うことなく、海神丸に気づかず、同船の進路を避けないまま、2張り目の投網地点を決めるため、GPSプロッターの画面に表示された1張り目の投網時の航跡を見ながら、同じ針路、速力で進行した。
16時19分A受審人は、海神丸が170メートルに接近したが、依然、周囲の見張りを十分に行わなかったので、同船に気づかないまま続航中、16時20分萩生灯台から303.5度1,790メートルの地点において、
丸は、原針路、原速力のまま、その左舷前部に、海神丸の船首が前方から40度の角度で衝突した。
当時、天候は晴で風力5の南風が吹き、潮候は下げ潮の初期にあたり、視界は良好であった。
また、海神丸は、固定式刺網漁業に従事し、船体後部に操舵室を有するFRP製漁船で、B受審人が1人で乗り組み、くるまえび漁の目的で、船首0.3メートル船尾1.1メートルの喫水をもって、同日16時00分僚船とともに萩生漁港を発し、同港西北西方沖合約1,500メートルの漁場に向かった。
16時08分B受審人は、萩生灯台から281度1,390メートルの地点の漁場に到着したとき、漁業形象物を表示しないまま、船首甲板の左舷側に船首方を向いて立ち、操舵室から同甲板に延長した自作の舵柄及びクラッチ操作棒をそれぞれ右手で操作しながら、針路を350度に定め、機関を極微速力前進にかけ、2.0ノットの速力で進行し、えび底刺網漁具を左手で一つかみずつ投入する方法で投網を開始した。
16時18分B受審人は、萩生灯台から301度1,710メートルの地点に達したとき、右舷船首27度350メートルのところに、
丸を認めることができ、その後同船の方位が変わらず、衝突のおそれがある態勢で接近する状況であったが、左手にはめた軍手に絡まったえび底刺網漁具を外すことや、投入した同漁具の展開状況を確かめることなどに気を取られ、周囲の見張りを十分に行うことなく、
丸に気づかず、金属製のバケツをたたくなど有効な音響による注意喚起信号を行わないまま、投網を続けながら同じ針路、速力で続航した。
16時19分B受審人は、
丸が170メートルに接近したが、依然、周囲の見張りを十分に行わなかったので、同船に気づかず、更に接近しても行きあしを止めるなどの衝突を避けるための措置をとらないまま進行中、同時20分少し前右舷船首至近に
丸を初めて認め、衝突の危険を感じたものの、何をすることもできず、海神丸は、原針路、原速力のまま、前示のとおり衝突した。
衝突の結果、
丸は左舷前部外板に破口を生じ、海神丸は船首部を圧壊したが、のちそれぞれ修理された。また、衝突の衝撃で海中に投げ出されたB受審人は
丸に救助されたが、右上腕骨頚部を骨折し、4箇月間入院して治療したものの、右肘強直状態の後遺傷害を負うに至った。
(原因)
本件衝突は、千葉県萩生漁港西北西方沖合の浦賀水道において、
丸が、1張り目のこち底刺網漁具の投網を終え、2張り目の投網地点に向けて移動する際、見張り不十分で、漁ろうに従事している海神丸の進路を避けなかったことによって発生したが、海神丸が、見張り不十分で、有効な音響による注意喚起信号を行わず、衝突を避けるための措置をとらなかったことも一因をなすものである。
(受審人の所為)
A受審人は、千葉県萩生漁港西北西方沖合の浦賀水道において、1張り目のこち底刺網漁具の投網を終え、2張り目の投網地点に向けて移動する場合、漁ろうに従事している海神丸を見落とさないよう、周囲の見張りを十分に行うべき注意義務があった。ところが、同受審人は、数隻のえび底刺網漁船が帰航するのを認めていたので、自船の周辺で操業する漁船はいないものと思い、周囲の見張りを十分に行わなかった職務上の過失により、海神丸に気づかず、同船の進路を避けないまま進行して衝突を招き、
丸の左舷前部外板に破口及び海神丸の船首部に圧壊をそれぞれ生じさせ、B受審人の右上腕骨頚部を骨折させ、のち右肘強直状態の後遺傷害を負わせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第2号を適用して同人の一級小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。
B受審人は、千葉県萩生漁港西北西方沖合の浦賀水道において、えび底刺網により漁ろうに従事する場合、衝突のおそれがある態勢で接近する
丸を見落とさないよう、周囲の見張りを十分に行うべき注意義務があった。ところが、同受審人は、左手にはめた軍手に絡まったえび底刺網漁具を外すことや、投入した同漁具の展開状況を確かめることなどに気を取られ、周囲の見張りを十分に行わなかった職務上の過失により、
丸に気づかず、金属製のバケツをたたくなど有効な音響による注意喚起信号を行うことも、更に接近しても行きあしを止めるなどの衝突を避けるための措置をとらないまま進行して同船との衝突を招き、前示の事態を生じさせるに至った。
以上のB受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。