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平成14年第二審第19号
件名

漁船第三祐生丸乗組員死亡事件〔原審広島〕

事件区分
死傷事件
言渡年月日
平成14年12月11日

審判庁区分
高等海難審判庁(東 晴二、宮田義憲、佐和 明、山本哲也、山田豊三郎)

理事官
喜多 保

受審人
A 職名:第三祐生丸船長 海技免状:一級小型船舶操縦士

損害
甲板員1人が溺死

原因
標識灯投入時の作業位置不適切

二審請求者
理事官横須賀勇一

主文

 本件乗組員死亡は、まき網漁業における投網中、標識灯投入時の作業位置が適切でなかったことによって発生したものである。
 受審人Aを戒告する。
 
理由

(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成13年2月23日05時35分
 島根県隠岐諸島島後北東方沖合

2 船舶の要目
船種船名 漁船第三祐生丸
総トン数 19トン
全長 23.20メートル
機関の種類 ディーゼル機関
漁船法馬力数 190

3 事実の経過
(1)第三祐生丸
 第三祐生丸(以下「祐生丸」という。)は、中型まき網漁業に従事する一層甲板型のFRP製網船で、船体中央部の船首寄りのところに機関室囲壁、その前部上に操舵室が配置され、機関室囲壁後壁から船尾端までの長さ12.0メートル、幅5.0メートルが船尾甲板となっており、同甲板は高さ1.2メートルのブルワークにより囲われ、船尾端から1.8メートルのところで前後に仕切られ、その船首側8.3メートルの間が網置き場、船尾側が船尾甲板後部区画(以下「後部区画」という。)となっていた。
 網置き場の右舷側は、幅80センチメートル(以下「センチ」という。)の部分が25センチほど嵩(かさ)上げされ、「イワ置き場」と称し、後部区画は、木製厚板がブルワークと同じ高さに敷き詰められ、投網時その上を網が走出し、海中に投入されるようになっていた。
 船尾甲板には後部左舷側に網さばき用のウインチ付きクレーン、前部左舷側にワイヤーリール付きウインチ、前部右舷寄りに機関室囲壁に接してウインチ及びブロック付きのデリック、右舷ブルワーク上にサイドローラー、後部区画上には左右に移動するネットホーラーなど、漁労機器がそれぞれ設置されていた。
(2)出港から操業開始までの運航
 祐生丸は、A受審人、甲板員Yほか10人が乗り組み、船首1.2メートル、船尾3.0メートルの喫水をもって、平成13年2月22日16時00分僚船の灯船3隻及び運搬船1隻と共に島根県加茂漁港を発し、島後北東方の漁場に向かい、翌23日04時30分漁場に到着し、魚群探索ののち、05時30分白島埼灯台から090度(真方位、以下同じ。)6.25海里の地点で、漁労長を兼ねたA受審人指揮のもと1回目の投網を開始した。
(3)網
 網は、長さ約600メートル、最大上下幅約150メートル、両端の上下幅が狭くなる形状で、網上端部の浮子綱には外径17センチ、長さ20センチのアバと称する多数の浮子が、網下端部の沈子綱には外径5センチ、長さ6センチのイワと称する多数の鉛製沈子がそれぞれ取り付けられていた。
 沈子綱の更に下方には、数メートルの間隔で鉄製の環がロープを介して多数取り付けられ、環には1本の環巻き用ワイヤーロープが通され、揚網時同ワイヤーロープを巻き込むことにより網の下端部を絞ることができるようになっていた。
 また、浮子綱の前端(最初に投入される側、以下同じ。)から約150メートルの間隔で、いずれも長さ約10メートルのロープを介して前端側から順に第1、第2及び第3の各標識灯が取り付けられていた。
 ところで、投網のため準備された網は、網置き場船尾側から船首側にほぼ150メートル毎に約1.5メートルの高さに4つの山にして積み上げられ、各標識灯は網の後端側の山3つの上にそれぞれ置かれ、浮子綱は網置き場左舷側に、沈子綱のほかロープを介して取り付けられた環などはイワ置き場上に置かれていた。
(4)標識灯及びその投入方法
 標識灯は外径17センチのアバを輪切りにして作られたドーナツ型浮体に単1乾電池2本入りの懐中電灯を差し込んで固定したもので、下部に鉛製重りを取り付け、高さ23センチ、重さ約500グラムであった。
 標識灯の投入は、船尾方に走出する網の船首側に位置して行う必要があること、また船尾甲板後部左舷側に漁労機器があることなどから、船尾甲板前部右舷側に位置して行うこととしていたが、熟練を要するような難しい作業ではなく、比較的経験の浅い乗組員に任せられる作業であり、投入に当たっては標識灯のロープが網に絡まないように標識灯を高く掲げ、これを取り付けた位置の浮子綱の走出に合わせて適宜投入する必要があった。
 ところで、第1標識灯、第2標識灯の投入については、イワ置き場上に位置していても走出する網から離れて行うことができるので、危険は少なく、第3標識灯については、イワ置き場上に位置して行うほうが容易であるが、網の残りが少ないことから、走出する網の沈子綱や環付きのロープなどに足をとられる危険があり、イワ置き場に上がらずにその船首側の位置からではやや投入し難いものの、安全であった。
(5)標識灯投入作業の指導監督
 Y甲板員は、平成12年4月9日U水産有限会社に入社し、同社のまき網漁船に乗り組んだものであるが、それまでまき網漁業の経験がなかったことから、そのころ甲板員であったA受審人、ほか乗組員から漁労作業一般について指導を受け、第3標識灯を投入する際には、沈子綱などを置いてある危険なイワ置き場に上がらずにその船首側の安全な位置から投入するよう指示され、入社の約1箇月後から任されるようになり、第3標識灯投入作業をイワ置き場上から行うのは危険であることを承知していた。
 Y甲板員が乗り組んだ当初甲板員であったA受審人は、第3標識灯を投入する際には危険なイワ置き場に上がらずにその船首側の安全な位置から投入することも含め、漁労作業一般について約1箇月の間Y甲板員を自ら指導し、その後船長職を執るようになった同受審人は、同甲板員に標識灯投入作業を行わせることとしたが、慣れたので大丈夫と思い、指導監督を十分に行わず、同作業を任せたままとしていた。
(6)事件発生に至る経緯
 A受審人は、甲板上の照明として、100ワットの作業灯9個をすべて点灯し、甲板上で作業に当たる乗組員には作業用救命衣を着用させ、標識灯投入担当者として、イワ置き場付近に甲板員3人を配置し、投網後直ちに揚網を開始することから、その準備のため船首甲板に7人及び船尾甲板左舷側に1人を配置し、投網を開始するとともに、右舵10度をとり、機関を全速力前進よりも少し落とし、7.5ノットの速力で、網が直径約200メートルの円を描いて投網地点に戻るように進行した。
 一方、Y甲板員を含む標識灯投入の担当者3人は、イワ置き場付近で、受け持ちの各標識灯投入の準備を行うとともに、取り付けられた個所まで網が出たとき、円状に展開される網の外側に向かって投入するため、網の走出状況を見守った。
 こうして、第1標識灯及び第2標識灯が投入され、05時35分少し前網の4分の3が投入されたとき、Y甲板員は、第3標識灯を投入しようとしていたが、安全なイワ置き場船首側に位置せず、沈子綱などのある危険な同置き場上前部に立っていた。
 そのころ、第1標識灯の投入を終えた甲板員が、揚網準備のため船尾甲板前部右舷側に移動し、後方を振り返って、Y甲板員が危険なイワ置き場上にいることに気付き、危ないと声をかけようとしたが、間に合わず、05時35分白島埼灯台から090度6.25海里の地点において、Y甲板員は、走出する沈子綱に足をとられて転倒し、立ち上がる間もなく、同綱に引きずられ、船尾端から網とともに海中に転落した。
 当時、天候は晴で風はほとんどなく、海上は平穏で、船体の動揺はなく、水温は摂氏13度で、日出時刻は06時46分であった。
 A受審人は、右舵10度を維持して、7.5ノットの速力で右旋回しながら、魚群探知機を監視していたところ、事故発生の報告を受け、右舷船尾方を捜索させたが、Y甲板員を発見できず、僚船に連絡するとともに、いったん投網を終えなければ揚網できないことから投網を急ぎ、05時55分揚網を開始した。
 A受審人は、揚網中、06時20分網に絡まったY甲板員を発見し、僚船に搬送を依頼し、西郷港に向かわせた。
 その結果、Y甲板員(昭和32年5月4日生)は、病院に運ばれたが、医師により溺死と検案された。

(原因の考察)
1 Y甲板員の作業位置
 Y甲板員は、乗り組んだ当初約1箇月の間A受審人から指導を受け、以後継続して標識灯の投入作業を担当しており、第3標識灯の投入についてはイワ置き場の上から行うのは危険であることを認識していたものと認められる。
 しかし、本件発生時Y甲板員は、自ら危険なイワ置き場に上がり、不適切な位置で作業を行い、その結果沈子綱に引きずられて網とともに海中に転落した。
 Y甲板員が第3標識灯の投入をイワ置き場船首側の網のない安全な位置で行わず、危険な同置き場上で行ったことは、本件発生の原因となる。
2 A受審人の指導監督
 A受審人は、前示のとおりY甲板員が乗り組んだ当初約1箇月の間、第3標識灯を投入する際には危険なイワ置き場に上がらずにその船首側の安全な位置から投入することも含め、自ら指導したが、その後作業には慣れたものとして、標識灯投入作業を任せたままとしていた。
 そしてY甲板員は、本件時第3標識灯投入作業を行うに当たって、沈子綱などが置かれている危険なイワ置き場上で、すなわち不適切な位置で作業を行っていたものである。
 A受審人は、乗組員の安全確保のため、船長兼漁労長として漁労作業について十分な指導監督を行うなど、その責任を負う立場にあったのであるから、Y甲板員が慣れたからといって、任せたままとせず、同甲板員に対して、第3標識灯投入の際にはイワ置き場船首側の網のない安全な位置で行うよう、十分な指導監督を行うことが求められた。
 しかし、同受審人は、標識灯投入作業について十分な指導監督を行っていなかったと認められ、このことは本件発生の原因となる。

(原因)
 本件乗組員死亡は、夜間、隠岐諸島島後北東方沖合において、まき網漁業の投網にあたり、標識灯投入時の作業位置が不適切で、投入作業に当たっていた甲板員が走出する沈子綱に足をとられて転倒し、船尾端から網とともに海中に転落したことによって発生したものである。
 作業位置が適切でなかったのは、船長が、標識灯の投入作業に当たる甲板員に対して、安全な位置で行うことについて指導監督を十分に行っていなかったことと、同甲板員が、投入作業を安全な位置で行わず、自ら危険なイワ置き場上で行ったこととによるものである。

(受審人の所為)
 A受審人は、まき網漁業投網中の標識灯投入作業を甲板員に行わせる場合、安全な位置で行うことについての指導監督を十分に行うべき注意義務があった。しかるに、同受審人は、同甲板員が標識灯投入作業には慣れているので、大丈夫と思い、その指導監督を十分に行わなかった職務上の過失により、投網中、危険なイワ置き場上に位置して標識灯投入作業に当たっていた甲板員が走出する沈子綱に足をとられて転倒し、船尾端から網とともに海中転落し、死亡する事態を生じさせた。
 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同受審人を戒告する。

 よって主文のとおり裁決する。

(参考)原審裁決主文平成14年4月10日広審言渡
 本件乗組員死亡は、まき網の投網作業中、漁網付属の標識灯投下時の作業場所が適切でなかったことによって発生したものである。


参考図(1)

参考図(2)
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