(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成13年6月16日13時00分
和歌山県湯浅湾逢井漁港沖合
2 船舶の要目
船種船名 |
遊漁船丸宮丸 |
プレジャーボートプラスチック4号 |
総トン数 |
2.4トン |
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全長 |
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4.22メートル |
登録長 |
8.54メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
電気点火機関 |
出力 |
80キロワット |
3キロワット |
3 事実の経過
(1)丸宮丸
丸宮丸は、平成2年6月に進水したFRP製小型遊漁兼用船で、一本釣り漁業のほか、年に数回遊漁船として使用され、船体中央から少し後方に操舵室を有していた。
操舵室は、長さ2.0メートル幅1.4メートル高さ1.9メートルで、後壁がなく、囲壁上半部にガラス窓が取り付けられ、前壁の窓が窓枠によって2分割されており、約11ノットの速力で航走すると、船首端の後方約7メートルにある操縦席において、正船首方の左右各6度の範囲が死角となっていた。
(2)プラスチック4号
プラスチック4号(以下「4号」という。)は、昭和60年10月に進水した、幅1.44メートル深さ0.60メートルのFRP製プレジャーボートで、主に釣りなどのレジャー用に貸し出されており、上甲板はなく、船首部に物入れ、船体中央付近にいけす、船尾部に座席を兼ねた物入れがそれぞれ設けられ、船尾端に船外機が装備されていた。
(3)受審人A
A受審人は、昭和36年から漁船に乗り組み、同50年に海技免状を取得すると、漁船を所有して自営の漁師となり、その後遊漁船業にも従事するようになった。
A受審人は、遊漁を行う場合、和歌山県逢井漁港の民宿から釣り客の紹介を受け、丸宮丸を係留している和歌山下津港有田区の港町船溜まりからその南方にある湯浅湾の同漁港に回航し、釣り客を乗下船させていた。
(4)受審人B
B受審人は、会社員で、釣りを趣味とし、平成5年に海技免状を取得したのち、冬季を除き月に1回程度友人とともに釣り船を借り受けて海釣りに出かけていた。
(5)衝突地点付近の海域
湯浅湾は、和歌山県西部にあって紀伊水道に面し、湾入口の北端が宮崎ノ鼻、南端が白埼で、同湾の北岸に逢井漁港があり、その沖合には、海岸に沿って3箇所に定置網が設置されており、宮崎ノ鼻付近の和定第2号と呼称される定置網とその東側の和定第3号と呼称される定置網間が同港への通航路となっていた。
和定第2号定置網(以下「定置網」という。)は、長さ約350メートルの身網がほぼ東西に敷設され、その中央が逢井漁港の南西沖合約1,000メートルにあり、身網と海岸の間約500メートルに垣網が設けられていて、身網の南縁には東西両端とその中間に簡易標識が設置されていたほか、各網の上縁には多数の浮子が取り付けられていた。
逢井漁港所属の漁船や釣り船は、同港北西方の紀伊水道北部付近を主な漁場あるいは釣り場とし、出航後前示通航路を経て右転すると、おおむね定置網の南側30メートルばかりを西行して目的地に向かい、帰航も同様な経路をとっており、定置網の南側付近は船舶が通常航行する水域となっていた。
(6)本件発生に至る経緯
丸宮丸は、A受審人が1人で乗り組み、釣り客3人を乗せ、遊漁の目的で、船首0.3メートル船尾0.5メートルの喫水をもって、平成13年6月16日04時30分逢井漁港を発し、05時30分ごろ紀伊水道中央部付近の釣り場に至って遊漁を行った。
12時00分A受審人は、遊漁を終え、紀伊宮崎ノ鼻灯台(以下「宮崎ノ鼻灯台」という。)から282度(真方位、以下同じ。)約6海里の地点を発進して帰途に就き、12時54分半少し過ぎ宮崎ノ鼻灯台から183度600メートルの地点に達したとき、針路を126度に定め、機関をほぼ全速力前進にかけ、11.0ノットの対地速力で進行した。
A受審人は、操縦席に座って手動操舵により操船に当たり、12時57分少し過ぎ宮崎ノ鼻の南東約1,000メートルにある露出岩を左舷正横に航過したとき、帰航時の操舵目標としている定置網西端の簡易標識が見えてくるころなので注意していたところ、左舷船首42度約950メートルに同標識を認めたが、その約200メートル南方で、左舷船首30度約920メートルに存在した4号がちょうど操舵室前壁左舷側窓枠の陰に隠れていたこともあって、同船に気付かなかった。
12時57分半わずか前A受審人は、宮崎ノ鼻灯台から150度1,300メートルの地点に達したとき、左転して定置網の南側に沿う094度の針路とし、正船首方2.8海里の標高179メートルの山頂を船首目標として続航した。
転針したときA受審人は、正船首方880メートルに左舷側を見せた4号が存在し、同船が錨泊中であることを示す法定の形象物を表示していなかったものの、その後接近するにつれ、船首から索を海面に伸出させ、折からの北風に船首を立てており、方位が変わらない状態から、錨泊中であることが分る状況であったが、これまで逢井漁港の出入航の際に定置網の南側付近に釣り船などの錨泊船を見かけなかったことから、前路に航行の支障になる船舶はいないものと思い、適宜身体を移動するなどして死角を補う見張りを行わなかったので、4号に気付かず、同船を避けることなく進行した。
A受審人は、船首目標の山頂と左舷前方の定置網の簡易標識とを交互に見ながら続航中、13時00分逢井港西防波堤灯台から214度1,000メートルの地点において、丸宮丸は、原針路、原速力のまま、その船首が、4号のほぼ左舷中央部に前方から86度の角度で衝突した。
当時、天候は晴で風力2の北風が吹き、潮候は上げ潮の中央期にあたり、視界は良好であった。
A受審人は、船体に衝撃を受けて衝突したことに気付き、事後の措置に当たった。
また、4号は、B受審人が、定置網の周辺水域で釣りをする目的で逢井漁港の旅館経営者から借り受け、同受審人が1人で乗り組み、友人のUを同乗させ、船首尾とも0.1メートルの等喫水をもって、同日06時00分同港を発し、06時15分ごろ定置網の西側付近に至って釣りを開始した。
ところで、B受審人は、定置網の周辺水域において、4号を使用してこれまで数回釣りをした経験があり、その南側を他の船舶がよく通航しているのを見かけていたところ、今回も同水域で釣りをするのに先立ち、発航前に、球形の形象物や笛等の有効な音響を発する信号装置などの法定属具について、格納場所も含め装備状況を点検していなかった。
B受審人は、定置網の西側を転々と移動しながら釣りを試みたが、釣果がなかったので定置網の南側付近に移動することとし、12時30分ごろ衝突地点付近に至って機関を停止すると、船首から重さ5キログラムの鋼製錨を投じ、直径10ミリメートルの合成繊維製錨索を約40メートル伸出させ、同索を船首の係船柱に数回巻いて係止し、法定の形象物を表示しないまま、水深約32メートルのところに船首を000度に向けて錨泊し、U同乗者がいけすの上に座り、自らは船尾端右舷側の物入れ上に腰掛け、釣竿を両舷に出し、それぞれ釣りを開始した。
B受審人は、依然釣果がなく、そのうちU同乗者が釣りを止め、いけすの傍らに仰向けになって寝てしまったが、ひとりで釣りを続けていたところ、左舷前方2,000メートルばかりに、宮崎ノ鼻付近を南東進する丸宮丸を初めて認め、その後同船の動向に注意を払っていた。
12時57分半わずか前B受審人は、丸宮丸が左舷船首86度880メートルのところで転針し、自船に向首して接近するようになったことを認めたが、相手船がそのうち避けてくれるものと思い、釣り糸と相手船を交互に見ながら動静を監視していた。
12時59分わずか過ぎB受審人は、丸宮丸が針路を変える気配もなく300メートルに接近したとき不安を感じたが、避航を促す有効な音響による注意喚起信号を行わず、依然そのうち避けてくれるものと思い、速やかに錨索を解き機関を使用するなどして衝突を避けるための措置をとることもなく、丸宮丸が至近を航過する際に釣り糸を切られるのを嫌ってこれを巻取ることに気を奪われているうち、13時00分わずか前相手船が約35メートルに迫ってようやく衝突の危険を感じ、立ち上がって手を振りながら大声で合図したが効なく、4号は、船首が000度を向いたまま、前示のとおり衝突した。
衝突の結果、丸宮丸は、船首部に擦過傷とプロペラ及び舵に曲損をそれぞれ生じたが、のち修理され、4号は左舷中央部外板に破口を生じて右舷側に転覆し、来援した逢井漁港の漁船により同港に引き付けられたが、のち廃船とされ、また、U同乗者(昭和44年3月25日生)が脳挫傷を負って病院に搬送されたが死亡した。
(航法の適用)
本件は、湯浅湾の逢井漁港沖合において、丸宮丸と4号が衝突したものであり、4号が、錨泊中であることを示す法定の形象物を表示しないで錨泊していたものの、丸宮丸にとって、4号に向首するようになったのち、同船が、船首から索を海面に伸出させ、折からの北風に船首を立てており、左舷側を見せたまま方位が変わらない状態から、錨泊中であることが分る状況にあったので、錨泊船と航行中の動力船の航法として、海上衝突予防法における船員の常務で律するのが相当である。
ところで、4号が、定置網南側付近の水域で錨泊中、法定の形象物を表示していなかったことは、海上衝突予防法第30条第4項において、長さが7メートル未満の船舶といえども、その船舶が錨泊する場合は、狭い水道等のみならず、錨地やその付近又は他の船舶が通常航行する水域であるときには球形の形象物を表示しなければならない旨の定めがあり、定置網南側付近の水域については、E組合長作成の定置網設置区域及び付近を航行する船舶の状況に関する記載文書中、「遊漁船等が常時通航している。」旨の記載及びB受審人の当廷における、「定置網周辺においてこれまで数回釣りを行った際、同水域を船舶が航行しているのを目撃した。」旨の供述とにより、同項に該当する球形の形象物を表示しなければならない水域と認められるので、法令に違反するものである。
(原因)
本件衝突は、和歌山県逢井漁港沖合に設置された定置網南側付近の、通常船舶が航行する水域において、丸宮丸が、見張り不十分で、錨泊中の4号を避けなかったことによって発生したが、4号が、避航を促す有効な音響による注意喚起信号を行わず、衝突を避けるための措置をとらなかったことも一因をなすものである。
(受審人の所為)
A受審人は、和歌山県逢井漁港沖合に設置された定置網南側付近の、通常船舶が航行する水域において、単独で操船に当たって同港に向け東行する場合、操船位置から船首方向に死角があったのであるから、正船首方に錨泊中の4号を見落とすことのないよう、適宜身体を移動するなどして死角を補う見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかるに、同人は、これまで同港の出入航の際に定置網の南側付近に釣り船などの錨泊船を見かけなかったことから、前路に航行の支障になる船舶はいないものと思い、死角を補う見張りを十分に行わなかった職務上の過失により、4号に気付かず、同船を避けないまま進行して衝突を招き、自船の船首部に擦過傷とプロペラ及び舵に曲損を、4号の左舷中央部外板に破口をそれぞれ生じさせ、4号の同乗者を脳挫傷により死亡させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第2号を適用して同人の一級小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。
B受審人は、和歌山県逢井漁港沖合に設置された定置網南側付近の、通常船舶が航行する水域において錨泊中、丸宮丸が自船に向首し、避航する気配のないまま衝突のおそれのある態勢で接近するのを認めた場合、速やかに錨索を解き機関を使用するなどして衝突を避けるための措置をとるべき注意義務があった。しかるに、同人は、そのうち丸宮丸が避けてくれるものと思い、衝突を避けるための措置をとらなかった職務上の過失により、同船との衝突を招き、両船に前示の損傷と4号の同乗者を死亡させるに至った。
以上のB受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同受審人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
(参考)原審裁決主文平成14年5月21日神審言渡
本件衝突は、丸宮丸が、見張り不十分で、錨泊中のプラスチック4号を避けなかったことによって発生したが、プラスチック4号が、有効な音響による注意喚起信号を行わず、衝突を避けるための措置をとらなかったことも一因をなすものである。
受審人Aの一級小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。
受審人Bを戒告する。