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平成14年神審第50号
件名

漁船富士丸潜水者死亡事件
二審請求者〔補佐人村上 誠〕

事件区分
死傷事件
言渡年月日
平成14年8月13日

審判庁区分
神戸地方海難審判庁(大本直宏、黒田 均、内山欽郎)

理事官
西山烝一

受審人
A 職名:富士丸船長 海技免状:一級小型船舶操縦士

損害
富士丸・・・損傷ない
潜水者・・・右大腿部及び左腰部の切創により死亡

原因
速力不適切、見張り不十分

主文

 本件潜水者死亡は、低速力で航行しなかったばかりか、見張り不十分で、潜水者を避けなかったことによって発生したものである。
 受審人Aの一級小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。

理由

(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成14年2月12日14時40分
 徳島県伊島東岸沖

2 船舶の要目
船種船名 漁船富士丸
総トン数 2.18トン
全長 10.62メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 169キロワット

3 事実の経過
 富士丸は、船体中央部に操舵室があるFRP製漁船で、A受審人が1人で乗り組み、貝類採取の目的で、船首0.6メートル船尾0.9メートルの喫水をもって、平成14年2月12日08時00分徳島県伊島漁港を発し、伊島東岸沖に至って潜水漁業を行い、あわび12キログラムを獲て、14時39分伊島灯台から057度(真方位、以下同じ。)250メートルの地点を発進して帰途に就いた。
 ところで、伊島の潜水漁業は、09時から日没までの操業時間内に、伊島沿岸ほぼ全周で、海図第W1104号中に記載の10メートル等深線以内の操業海域で行われており、潜水者が黒色のウエットスーツ、足ひれ及びウエイトベルトのほか、手袋と水中眼鏡とを装着し、海面に直径40ないし50センチメートル(以下「センチ」という。)の橙色のFRP製樽(以下「樽」という。)を浮かべ、樽の直下に吊るしたフゴと称する網に、素潜りにより捕獲した貝類等を入れる作業を繰り返し、その間に適宜樽につかまり休息をとっていた。
 A受審人は、潜水漁業操業時間内に、同漁業操業海域を航行することにしたが、前路に潜水者はいないものと思い、樽や潜水者を認めやすいよう、また、認めてすぐ停止するなどの措置をとることができるよう、低速力で航行せず、機関を対地速力13.0ノットの前進にかけ、手動操舵により進行した。
 14時40分少し前、A受審人は、伊島灯台から087度430メートルの地点で、右舷方に水島の東岸を見て、針路を168度に定めたとき、正船首100メートルに、直径50センチの樽につかまり休息中の潜水者Sを認め得る状況であったが、前方の見張りを十分に行わなかったので、S潜水者の存在に気付かないまま、同人を避けずに続航した。
 こうして、富士丸は、14時40分伊島灯台から100度450メートルの地点において、原針路原速力のまま、同船の推進器がS潜水者に接触した。
 当時、天候は晴で風はほとんどなく、潮候は上げ潮の中央期であった。
 A受審人は、推進器翼とS潜水者が装着していたウエイトベルトの鉛とが接触した音を聞き、機関を中立とし初めてS潜水者を認め、付近の漁船の援助を得て同人を救助したのち、他の漁船に徳島県橘港への搬送を依頼するなど事後の措置にあたった。
 また、S潜水者は、同日08時30分自宅を発し、同時43分ごろ事故発生地点付近の海域に至り、1人で潜水漁業を行い、あわび等13.7キログラムを捕獲し、樽につかまり休息中、前示のとおり接触した。
 その結果、富士丸には損傷がなく、S潜水者(昭和9年5月10日生)は、病院に搬送されたが、右大腿部及び左腰部の切創により死亡した。

(原因の考察)
1 排除要因
 本件の排除要因としては、次の2点を摘示した。
(1)潜水漁業操業海域において、同漁業操業時間内に、低速力で航行しなかったこと
(2)見張りを十分に行わなかったこと

2 注意義務措定
 排除要因(2)に関し、本件においては、樽と潜水者の視認可能距離を100メートルと認定したが、富士丸のように、この距離を13ノットで進行した場合の経過時間は、ほぼ15秒で、厳重な見張りを行い樽や潜水者を認めて回避措置をとるまでの時間としては短い。
 そこで、本件の注意義務措定としては、見張りの時間と視野とにゆとりを持てるよう、また、樽や潜水者を認めてすぐ回避できるよう、排除要因(1)の低速力にしなかった点を重視した。

(同種海難再発防止上の留意点)
 同種海難再発防止上の留意点を探るうえで、本件事実関係の中から次の諸点を選別できる。
1 伊島漁業協同組合作成の海士組平成14年度事業計画及び決定事項において、潜 水者事故防止に関する第8項の「操業中は樽の側で泳ぎ、事故の未然防止に努める。」旨の規定
2 A受審人に対する質問調書中、「操業海域では速力を落とし、樽に近づかないように申し合わせている。本件発生後、伊島漁港内では操業を禁止した。ウエットスーツが黒いので見つけにくい。同スーツの頭の部分だけでも、目立つ色にすれば事故防止につながるかも知れない。」旨の供述記載
3 同人の当廷における、「樽に旗を立てるのは休息するとき覆い被さることがあったりするのでできないと思う。発泡スチロール又はボンデンに旗を立てて樽にロープでつないでおくのも、樽を船に寄せるのに邪魔になるから難しいと思う。ウエット スーツはプロの使うものとして、保温性を損なわない必要があり、色を変えることが可能かどうかはわからないが、スーツとは別に肩から上の部分に、目立つ色の頭巾形のものを加えることはできるかもしれない。伊島での死亡事故は本件が初めてであるが、一本釣りの船が帰る途中の人身事故は、10年ぐらい前の同じ2月12日 に1件あった。この事故を教訓として、操業しているときは必ず沖を航行するよう話し合いで決まった。夏場にはプレジャーボートや水上オートバイをたまに見かける。」旨の供述
 以上の諸点を合わせ考えると、伊島漁業協同組合の取り組みを主体にして、次のようなことが指摘できる。
1 ウエットスーツの肩から上の部分、又は頭の部分の彩色については、橙色等の海 面上認めやすい色になるよう、頭巾形の付加等を含めて検討する。
2 潜水漁業に従事中の船舶は、国際信号旗「A旗」を掲揚する。又は、注意喚起のため周囲から見て分かるよう、例えば、操舵室上部の周囲に「潜水者あり航行注意」等の掲示板を設けて表示する。
3 海士組の年度事業計画及び決定事項においては、安全対策の項目を別項目で強調し、下記の事項を常時記載して安全対策の実行を徹底する。
 操業海域を操業時間内に航行するときは、
(1)最低限の速力で進行すること
(2)見張りを厳重に行うこと
(3)漁場の往復航行時には、操業海域から離れた沖側を航行すること
 本件は、潜水漁業の従事者が航行中、推進器が潜水者に接触して発生した。つまり潜水漁業に精通したプロによるものであるが、水上オートバイを含むプレジャーボートの普及している近年の事情からして、いわゆる樽の存在もその意味するところも分からないまま、アマチュアが潜水者を直撃する可能性は、増大傾向にあると心得るべきである。
 したがって、漁業協同組合を中心に、関係者は、同種海難再発防止に対して真摯に取り組み、早期に具体的な同防止策を充実させることが望ましい。

(原因)
 本件潜水者死亡は、徳島県伊島沿岸の潜水漁業操業海域において、低速力で航行しなかったばかりか、見張り不十分で、樽につかまり休息中の潜水者を避けなかったことによって発生したものである。

(受審人の所為)
 A受審人は、徳島県伊島沿岸の潜水漁業操業海域において、同漁業操業時間内に航行する場合、潜水者操業中の可能性があるから、樽や潜水者を認めやすいよう、また、認めてすぐ停止するなどの措置をとることができるよう、低速力で航行すべき注意義務があった。しかるに、同人は、前路に潜水者はいないものと思い、低速力で航行しなかった職務上の過失により、樽につかまり休息中の潜水者に気付かずに進行し、推進器が同潜水者に接触する事態を招き、同人を死亡させるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第2号を適用して同人の一級小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。

 よって主文のとおり裁決する。





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