(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成12年11月25日22時00分
福井県常神岬北方沖合
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船第五十一進光丸 |
総トン数 |
19.48トン |
登録長 |
17.24メートル |
機関の種類 |
過給機付4サイクル8シリンダ・V型ディーゼル機関 |
出力 |
382キロワット |
回転数 |
毎分1,800 |
3 事実の経過
第五十一進光丸(以下「進光丸」という。)は、昭和55年2月に進水し、まき網漁業に運搬船として従事するFRP製漁船で、主機として、キャタピラー三菱株式会社が製造した3408TA型と呼称するディーゼル機関を装備していた。
主機は、各々4シリンダずつを左右舷にV字型に配列し、4シリンダが一体となったシリンダヘッドを装着しており、各シリンダには右舷列を奇数、左舷列を偶数として、船首方より1番から8番までの順番号が付されていた。
主機の潤滑油系統は、クランク室底部の容量約55リットルの油溜めに入れられた潤滑油が、直結の潤滑油ポンプで吸引・加圧され、潤滑油冷却器及び潤滑油こし器を経て潤滑油入口主管に至り、同管から主軸受及びクランクピン軸受等を潤滑する系統及び噴油ノズルを経てピストンを冷却する系統等に分岐し、各部を潤滑あるいは冷却したのち、再び油溜めに戻って循環するようになっており、潤滑油冷却器と潤滑油こし器にはそれぞれバイパス弁が設けられていて、潤滑油冷却器もしくは潤滑油こし器が詰まると、それぞれのバイパス弁が開いて、潤滑油が循環するようになっていた。
一方、主機の冷却清水系統は、密閉式で、主機船首側上部に設けられた容量約100リットルの冷却清水膨張タンクから、主機直結の冷却清水ポンプにより吸引・加圧された清水が、潤滑油冷却器及び空気冷却器を経て主機入口主管に至り、同管から各シリンダのシリンダジャケット及びシリンダヘッドを冷却する系統と過給機及び排気集合管を冷却する系統等に分岐し、各部を冷却して出口集合管で合流したのち、清水冷却器から再び同タンクに戻って循環するようになっていた。
ところで、冷却清水ポンプは、主機船首側のクランク軸歯車から中間歯車を介して駆動され、軸封装置として、冷却清水側にはメカニカルシールが、潤滑油側にはオイルシールがそれぞれ用いられ、メカニカルシールから漏出した冷却清水はドレン抜きからポンプ外に排出されるようになっており、メカニカルシールから清水が漏出するとともに、ドレン抜きが閉塞気味になっていると、漏出した清水の一部がオイルシール部から機関内部に浸入するおそれがあった。
進光丸は、福井県越前漁港を基地とし、4月から11月までの漁期中、若狭湾周辺の漁場で、16時ごろ出漁して翌日05時ごろ入港する、いわゆる日帰り操業を月間20日ほど繰り返していた。
A受審人は、平成6年4月に船長として乗り組んで主機の運転管理にも当たっており、年に1回5月ごろ潤滑油と潤滑油こし器のフィルタの取替えを行い、主機始動前に機関室に入って潤滑油量及び冷却清水量などを点検したのち、操舵室に戻って主機を始動していたが、その後は機関室内の巡視を行わず、主機の監視は操舵室にある主機計器盤を見る程度であった。
A受審人は、平成8年に全燃料噴射弁を取り替えたものの、乗船以来、主機及び周辺機器の開放整備を行っていなかったので、いつしか、シリンダ内の燃焼が不良となって主機が黒煙を排出するようになっていたが、そのまま主機を月間260時間ほど運転して操業に従事していた。また、同人は、同12年9月中旬ごろ、冷却清水膨張タンクへの清水補給量が増え始め、9月下旬ごろから潤滑油の消費量が徐々に減少しているのを認めたが、休漁期に主機各部を整備する予定であったことから、それまでは大丈夫と思い、速やかに冷却清水系統の点検を行わなかったので、冷却清水ポンプのメカニカルシールから清水が漏出するとともに、ドレン抜きが閉塞気味になって、漏出した清水の一部がオイルシール部から機関内部に浸入していることに気付かなかった。
その後、進光丸は、10月に入ると極端に漁獲物が少なくなってほとんど出漁せず、11月に入って操業を再開したが、メカニカルシールから漏出していた清水の一部が、機関内部に浸入するまま主機の運転を続けていた。
こうして、進光丸は、A受審人ほか1人が乗り組み、操業の目的で、船首1.3メートル船尾1.6メートルの喫水をもって、同月25日16時00分越前漁港をまき網漁業船団と共に発し、主機の回転数を毎分1,800の全速力前進にかけて同港沖合の漁場に至り、17時30分ごろから適宜回転数を変えて操業に従事しているうち、乳化した潤滑油によりピストンの噴油ノズルが閉塞気味になってピストンの冷却が阻害されるなどし、22時00分少し前投網を終えた網船のうらこぎを開始しようと主機の回転数を毎分1,100に上げたところ、ピストンとシリンダライナが焼き付き、22時00分舟通埼灯台から真方位271度5.7海里の地点において、主機が自停した。
当時、天候は曇で風力3の南南東風が吹き、海上には少し白波があった。
操舵室で操船中のA受審人は、主機が自停したので、主機の運転不可能と判断し、事態を船団長に報告した。
進光丸は、僚船によって越前漁港まで曳航され、修理業者に依頼して主機を精査した結果、全シリンダのピストン及びシリンダライナが焼損していたほか、右舷列シリンダヘッドの燃料噴射弁挿入孔周辺に過熱による亀裂が生じていることが判明し、のち損傷部品を新替えするなどの修理を行った。
(原因)
本件機関損傷は、主機の整備が不十分で、シリンダ内の燃焼が不良であったうえ、主機の冷却清水の補給量が増加して潤滑油の消費量が徐々に減少した際、冷却清水系統の点検が不十分で、冷却清水ポンプのメカニカルシールから漏出した清水の一部が機関内部に浸入して、潤滑油が劣化するまま主機の運転が続けられたことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は、主機の冷却清水の補給量が増加して潤滑油の消費量が徐々に減少しているのを認めた場合、潤滑油中に冷却清水が浸入しているおそれがあったから、速やかに冷却清水系統の点検を行うべき注意義務があった。ところが、同人は、休漁期になったら主機各部の整備をする予定であったことから、それまでは大丈夫と思い、速やかに冷却清水系統の点検を行わなかった職務上の過失により、冷却清水ポンプのメカニカルシールから漏出した清水の一部が機関内部に浸入して、潤滑油が劣化する事態を招き、ピストンとシリンダライナを焼損させるなどの損傷を生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。