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平成13年横審第100号
件名

漁船第十一金生丸機関損傷事件

事件区分
機関損傷事件
言渡年月日
平成14年9月11日

審判庁区分
横浜地方海難審判庁(花原敏朗、黒岩 貢、長谷川峯清)

理事官
相田尚武

受審人
A 職名:第十一金生丸前機関長 海技免状:四級海技士(機関)(機関限定)
指定海難関係人
B工業株式会社 業種名:舶用機器修理業

損害
主機1番シリンダのピストンとシリンダライナとが焼損等

原因
主機クランク室点検不十分
整備業者・・・主軸受キャップナットを締め付け不十分

主文

 本件機関損傷は、主機クランク室点検が不十分で、主軸受キャップナットが緩んだまま運転が続けられたことによって発生したものである。
 整備業者が、主機を整備した際、主軸受キャップナットを十分に締め付けなかったことは、本件発生の原因となる。
 受審人Aを戒告する。

理由

(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成11年4月9日17時07分
 千葉県洲埼西方沖合

2 船舶の要目
船種船名 漁船第十一金生丸
総トン数 171トン
全長 37.77メートル
機関の種類 過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関
出力 588キロワット
回転数 毎分350

3 事実の経過
 第十一金生丸(以下「金生丸」という。)は、平成6年5月に進水した、まぐろ延縄漁業に従事する鋼製漁船で、可変ピッチプロペラ推進装置を有し、主機として住吉マリンディーゼル株式会社製造のS26RD型と称するディーゼル機関を装備していた。
 主機は、トランクピストン型で、各シリンダに船首側を1番として6番までの順番号が付されてA重油が燃料油に使用され、連続最大出力882キロワット同回転数毎分400の原機に負荷制限装置を付設して登録されていたが、いつしか、同装置の設定が改変され、全速力前進の回転数がプロペラ翼角18度において毎分380までとして運転されていた。
 主機の主軸受は、台板の軸受台と主軸受キャップとに軸受メタルが組み込まれたもので、船首側から順番号が付されていた。同キャップは、軸受台に植え込まれた両舷各1本のクロムモリブデン鋼製で全長274ミリメートル(以下「ミリ」という。)ねじの呼びM33の植込みボルトに、機械構造用炭素鋼製でねじの呼びM33の主軸受キャップナットが回り止め座金を挟んで締め付けられ、同座金を折り返して緩みを防止するようになっており、同キャップの上部から潤滑油が供給されていた。
 主機の潤滑油系統は、クランク室底部の油だめに蓄えられた約400リットルの潤滑油が主機直結の潤滑油ポンプあるいは電動機駆動の予備潤滑油ポンプにより吸引加圧され、複式潤滑油こし器及び潤滑油冷却器を経て入口主管に入り、同主管から各シリンダの主軸受、歯車、カム軸などにそれぞれ供給され、いずれも油だめに戻るようになっていた。そして、主軸受に供給された潤滑油の一部は、クランク軸内の油穴、クランクピン軸受及び連接棒内を貫通する油穴を経由したのち、ピストンピン軸受を潤滑し、更にその一部がピストン内面を冷却するようになっていた。
 主軸受に供給される潤滑油は、前示入口主管から分岐された長さ500ミリ呼び径10ミリの圧力配管用炭素鋼製の枝管(以下「注油管」という。)を経て送られていた。そして、注油管は、主軸受側の先端にニップル継手の金物(以下「ニップル」という。)が溶接され、主軸受キャップに袋ナットで締め付けられていた。
 ところで、機関メーカーは、主軸受キャップナットの締付け方法について、締付けが不十分で片締めとなったり、運転中に植込みボルトに作用する繰返し荷重などによって主軸受キャップが緩んだりすることのないよう、締付けトルク70キログラムメートルで平均に締め付けた後、更に同トルク100キログラムメートルで平均に締め付けることを規定していた。
 金生丸は、宮城県気仙沼港を基地として1航海が約1年2箇月の期間とし、マーシャル及びハワイ各諸島周辺の漁場での操業に従事し、操業を終えると、漁場近くの港に寄港し、それまでの乗組員と交代して基地への回航要員が乗り組み、回航後に入渠して船体及び機関の整備を行う形態で運航されており、操業中、1箇月の主機の運転時間が平均約600時間であった。
 指定海難関係人B工業株式会社(以下「B工業」という。)は、平成3年に設立され、漁船の主機及び発電機用原動機など、専ら国産のディーゼル機関の修理業務に携わっていた。
 B工業は、金生丸の機関の整備を同8年5月の第一種中間検査工事から継続して実施しており、同10年2月に定期検査工事を施工した際、主機の全主軸受を整備して復旧したとき、主軸受キャップナットの締付けに当たり、機関メーカーの規定する締付けトルクを確認し、トルクレンチを使用して締め付けるなど、同ナットの締付けが片締めとならないよう十分に締め付けることなく、同ナットを一旦肌付きまで締め付けた後、回転角度が目測で60度ばかりになるまで締め付け、締付けトルクの把握ができないまま同軸受を組み立てたものの、主機1番主軸受右舷側同ナットの締付けが不十分で、片締めの状況となっていたことに気付かず、さらに、開放前に植込みボルトと同ナットに復旧時の目安となる合いマークを印していなかったことから、開放前の締付け位置まで締まったことの確認もできないまま、主機を復旧した。
 金生丸は、A受審人ほか邦人11人及びインドネシア人5人が乗り組み、操業の目的で、平成10年3月5日11時00分気仙沼港を発し、マーシャル諸島近海の漁場に向かい、同月25日から操業を開始した。
 A受審人は、機関の運転及び保守管理に当たり、主機について4箇月ごとに潤滑油の新替え及びクランク室点検を実施し、同年11月下旬に同点検を実施したものの、クランク室内に異状を認めなかったので引き続き主機の運転を繰り返した。
 ところが、金生丸は、操業を繰り返すうちに主機1番主軸受右舷側キャップナットの締付けが不十分で、片締めとなっていたところに、運転中、同主軸受の植込みボルトに繰返し引張り荷重が作用し、同荷重に抗しきれずに主軸受キャップが緩み、同キャップと軸受台との合わせ面に微動摩耗が生じるとともに、同ボルトなどに材料の疲労が生じ、同ナットが次第に緩む状況となった。
 金生丸は、平成11年3月19日02時30分操業を終え、乗組員の交代のため、同月23日04時00分アメリカ合衆国ホノルル港に寄港した。
 A受審人は、主機停止後、潤滑油の新替え及びクランク室点検など、主機の定期整備作業の実施予定時期になっていたが、下船準備に気を奪われ、主軸受キャップナットの緩みの有無などを確認し、主機に異状がない状態で引継ぎができるよう、テストハンマーを用いて同ナットを打検するなど、クランク室点検を十分に行うことなく、1番主軸受右舷側キャップナットに緩みが生じ始めていたことに気付かず、後任の機関長Kにこのことを引き継ぐことができないまま下船した。
 金生丸は、基地までの回航要員として、K機関長ほか5人が乗り組み、水揚げの目的で、翌24日13時00分ホノルル港を発し、神奈川県三崎港に向け、主機を全速力前進にかけて航行中、1番主軸受右舷側キャップナットの緩みが進行し、主軸受キャップが振動するようになり、同キャップの上部に取り付けられた注油管が著しく共振し、同管のニップルの溶接部に過大な応力が作用して亀裂(きれつ)が生じ、潤滑油が漏洩して同軸受の注油量が減少し、潤滑が阻害され始めるとともにピストンの冷却も阻害され、ピストンが過熱膨張してピストンリングの摩耗が進み、シリンダライナに付着した潤滑油が適切に掻き(かき)落とされずに燃焼室側に入り、同油の消費量が増加するようになったことから、潤滑油の補給を繰り返しながら主機の運転を続け、同年4月9日07時40分三崎港に入港した。
 こうして、金生丸は、三崎港に入港した日のうちに水揚げを終えて基地へ回航することとし、前示回航要員6人が引き続き乗り組み、A受審人ほか1人が便乗し、船首2.5メートル船尾3.5メートルの喫水をもって、4月9日15時40分三崎港を発し、気仙沼港に向けて航行中、主機1番主軸受注油管の亀裂が進展して潤滑油の漏洩量が増し、同軸受への潤滑油の供給の著しい減少から、冷却阻害が進行して異常過熱した主機1番シリンダのピストンとシリンダライナとが焼き付き始め、ピストンリングが異常摩耗して燃焼ガスがクランク室に吹き抜けるようになり、17時07分洲埼灯台から真方位272度3.0海里の地点において、クランク室のオイルミストに着火して爆発が生じ、同室の安全弁が噴気して異音を発した。
 当時、天候は曇で風力3の南南西風が吹いていた。
 A受審人は、機関室で自主的に当直に就いていたところ、異音とともに、機関室内にオイルミストが充満したことから、主機を直ちに停止し、異音に気付いて機関室に急行してきたK機関長とともに、クランク室内を点検したところ、主機1番シリンダのピストンとシリンダライナとが焼き付いてターニングができず、さらに、1番主軸受注油管が折損していたのを認め、主機が運転不能と判断し、その旨を船長に報告した。
 金生丸は、自力航行不能となって救助を要請し、来援した海上保安庁の巡視船により千葉県館山港に引き付けられたのち、主機を精査した結果、前示損傷のほか、1番主軸受メタルに焼損が生じていることが判明し、のち損傷部品の取替えが行われた。
 B工業は、本件発生後、同種事故の再発防止対策として、ねじの締付けに当たり、機関メーカーの規定する締付けトルクの確認を行い、適切なトルクレンチを用いて作業を実施するよう作業方法を改善した。

(原因)
 本件機関損傷は、主機の運転管理に当たる際、クランク室点検が不十分で、主軸受キャップナットが緩んだまま運転が続けられたことによって発生したものである。
 整備業者が、主機を整備した際、主軸受キャップナットを十分に締め付けなかったことは、本件発生の原因となる。

(受審人等の所為)
 A受審人は、主機の運転管理に当たる場合、クランク室点検の実施予定時期になっていたから、主軸受キャップナットの緩みの有無などを確認できるよう、テストハンマーを用いて同ナットを打検するなど、クランク室点検を十分に行うべき注意義務があった。しかるに、同人は、基地へ回航するために機関長の職務を交代して下船する準備作業に気を奪われ、クランク室点検を十分に行わなかった職務上の過失により、主軸受キャップナットに緩みが生じていたことに気付かず、後任の機関長が同ナットに緩みが生じていたことの引継ぎを受けることができないまま運転を続ける事態を招き、主軸受注油管を折損させ、主軸受、ピストン及びシリンダライナなどに焼付きを生じさせるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
 B工業が、主機を整備した際、主軸受キャップナットを十分に締め付けなかったことは、本件発生の原因となる。
 B工業に対しては、本件後、ねじの締付けに当たり、機関メーカーの規定する締付けトルクの確認を行い、適切なトルクレンチを用いて作業を実施するよう改善し、同種事故の再発防止対策を講じている点に徴し、勧告しない。

 よって主文のとおり裁決する。 





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