(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成12年8月18日15時30分
長崎県対馬東方沖
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船第一漁盛丸 |
総トン数 |
16トン |
全長 |
20.20メートル |
機関の種類 |
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 |
出力 |
314キロワット |
回転数 |
毎分1,910 |
3 事実の経過
第一漁盛丸(以下「漁盛丸」という。)は、いか1本つり漁業に従事するFRP製漁船で、主機として、コマツディーゼル株式会社が製造したEM665−A型と称するディーゼル機関を装備し、船橋に主機の遠隔操縦装置及び警報装置を備えていた。
漁盛丸は、年間を通じて対馬東方沖で月平均23日操業し、1箇月の主機運転時間が約300時間であった。
主機は、各シリンダが船首側から順番号で呼称されており、航海中は回転数毎分約1,500、集魚灯点灯中は回転数毎分約1,800で運転されていた。
主機の冷却清水系統は、冷却清水タンクがゴムパッキン付きのキャップで密封された密閉回路となっていて、直結駆動の冷却清水ポンプ(以下「ポンプ」という。)に吸引された冷却清水は、定格回転数時のゲージ圧で1.4キログラム毎平方センチメートル(以下「キロ」という。)に加圧され、潤滑油冷却器、シリンダブロック、シリンダヘッド、排気マニホールドなどを冷却したのち、温調弁から直接ポンプ吸入側に戻るもの、熱交換器を経てポンプ吸入側に戻るもの及び冷却清水タンクに戻るものに分岐して循環するようになっており、温度が異常に上昇したとき及びタンク水位が異常に低下したときに警報装置が作動するようになっていた。また、ポンプ軸封部などから冷却清水が漏れたとき、冷却清水タンク内の水位が減少して生じる負圧で自動的に清水が補給されるよう、半透明樹脂製の補助タンクが設置されていて、補助タンクの水位を見れば系統内の水量変化がわかるようになっていた。
ところで、冷却清水の圧力は、系統が密閉されていることによって蒸気圧が加わることから系統全体が約0.7キロ加圧され、ポンプ出口で約2.1キロ、冷却清水タンク部位で約0.7キロ、シリンダライナ周囲では約1.7キロとなり、キャップの気密不良が生じたときは、冷却清水タンク部位が大気圧となって冷却清水中に空気が混入するとともに、シリンダライナ周囲は約1.0キロとなり、さらにポンプの能力低下や流路抵抗の増加などでシリンダライナ周囲が0.6キロ以下に低下すると同部でキャビテーションが生じ、シリンダライナにキャビテーションによる侵食が生じるおそれがあったが、冷却清水圧力計及び同圧力低下警報は設置されておらず、また、キャビテーションが生じていることを運転中に認知する手段はなかった。
冷却清水管理については、腐食防止と不凍液を兼ねる添加液を30パーセント以上の濃度、すなわち総量43リットルに対して添加液を13リットル以上入れるように取扱説明書に記載され、機側には、冷却清水タンクを満水後、補助タンク水位を高位と低位の中間に保持して冷却清水タンクの満水状態を保持する旨の注意が記載されていたが、キャップの気密機能の重要性、キャビテーションについての注意及びシリンダライナの点検基準については記載されていなかった。
A受審人は、漁盛丸新造時から船長として乗り組んで機関の責任者も兼ね、潤滑油の全量約50リットルを1箇月ごとに新替えし、冷却清水は1年ごとに新替えして添加液を20リットル投入するなど主機の管理にあたり、平成7年10月潤滑油消費量が急増したので主機を開放整備してシリンダライナを全筒新替えし、その後潤滑油と冷却清水の量点検は帰港後に行っており、潤滑油は1箇月で約5リットル減少、冷却清水はほとんど減少しないことを確認していた。
その後、主機は、いつしか冷却清水タンクのキャップのゴムパッキンが劣化して気密不良となり、冷却清水圧力が冷却清水タンク部位で大気圧になるとともに、ポンプの能力低下や流路抵抗の増加も加わって、シリンダライナ周囲の圧力が低下し、運転中シリンダライナ周囲でキャビテーションが生じるようになり、シリンダライナに侵食が生じて進行する状況となった。
A受審人は、ときどきキャップを外して冷却清水タンク内を点検していたが、キャップのゴムパッキンが劣化していることに気付かず、補助タンクの水位が減少しないので問題ないものと思っていた。
漁盛丸は、主機シリンダライナの侵食が進行していたところ、3番及び4番シリンダにおいて侵食が燃焼室側まで貫通し、冷却清水が燃焼室に漏れ始めたが、気密不良のキャップから空気を吸い込んで補助タンクから清水が補給されず、同12年8月12日魚市場にて主機を停止して水揚げ中、冷却清水約3リットルが漏れ出たとき低水位警報が作動した。
A受審人は、主機を点検して補助タンク水位が低下しておらず、冷却清水タンク水位が低下しているのを認め、清水約3リットルを補給したところ警報が止まり、主機外部に漏れがないのを確認したが、内部に漏れていることに思い及ばず、翌13日から盆休みで休漁することとし、越えて14日に鉄工所に回航して充電用発電機のベルトを取り替えたものの、主機内部を調査することなく、シリンダライナの異状に気付かないまま豊玉町位之端に帰港し、同月18日まで休漁した。
こうして漁盛丸は、A受審人が単独で乗り組み、18日14時00分豊玉町位之端を発し、対馬東方沖合の漁場に向け、主機を回転数毎分約1,500で航行中、3番及び4番シリンダにおいて、燃焼室内に漏れる清水により、ピストンとシリンダライナとの潤滑が阻害されて焼き付くとともに主軸受が焼き付き、同日15時30分対馬長崎鼻灯台から真方位093度13.5海里の地点において、主機が異音を発した。
当時、天候は曇で風はほとんどなく、海上は穏やかであった。
A受審人は、帰港することとして運転を継続中、異音が連続するようになり、15時50分回転数を少し下げたところ16時00分主機が自停したので機関室に赴き、主機のターニングを試みたが回らず、僚船に救助を求めて長崎県下県郡美津島町の鉄工所岸壁に引き付けられ、のち主機が換装された。
(原因)
本件機関損傷は、主機冷却清水が異常に減少したのを認めた際、漏洩箇所の調査が不十分で、侵食が燃焼室側まで貫通したシリンダライナが取り替えられず、燃焼室内に漏れる冷却清水でピストンとシリンダライナとの潤滑が阻害されたことにより発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は、主機冷却清水が異常に減少したのを認めた場合、漏洩箇所を十分に調査すべき注意義務があった。ところが、同受審人は、主機外部に漏れがないのを確認したが、内部に漏れていることに思い及ばず、漏洩箇所を十分に調査しなかった職務上の過失により、侵食が燃焼室側まで貫通したシリンダライナが取り替えられず、燃焼室内に漏れる清水によりピストンとシリンダライナとの潤滑が阻害され、ピストン、シリンダライナ、主軸受などを損傷させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。