(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成13年6月15日12時20分
兵庫県尼崎西宮芦屋港
2 船舶の要目
船種船名 |
押船第三十三大芳丸 |
総トン数 |
197.94トン |
全長 |
29.75メートル |
機関の種類 |
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 |
出力 |
1,220キロワット |
回転数 |
毎分860 |
3 事実の経過
第三十三大芳丸(以下「大芳丸」という。)は、昭和43年に進水し、主としてはしけの押航作業に従事する鋼製押船で、主機として、昭和58年3月に換装した株式会社新潟鉄工所製の6L20CX型ディーゼル機関を機関室の左右各舷に1基ずつ据え付け(以下、左舷側主機を「左舷主機」、右舷側主機を「右舷主機」という。)、各主機の軸系には逆転機及びZ型推進装置をそれぞれ装備していた。
両舷主機は、各シリンダに船首側を1番として6番までの順番号を付し、ピストンのリング溝に3本の圧力リング及び2本のオイルリングを組み込んでクランク室への燃焼ガスの漏洩を防ぐようになっており、主軸受及びクランクピン軸受には三層メタルがそれぞれ装着されていた。
両舷主機の各潤滑油系統は、共通の容量約4.5キロリットルのサンプタンクから100メッシュのゴーズワイヤ使用の複式及び単式の吸入側潤滑油こし器を通過して直結の潤滑油ポンプで吸引・加圧された潤滑油が、潤滑油冷却器及び200メッシュのゴーズワイヤ使用の複式の吐出側潤滑油こし器(以下「吐出側こし器」という。)を経て潤滑油主管に至り、同主管から主軸受及びクランクピン軸受等を潤滑する系統及びカム軸受及びローラガイド等を潤滑あるいは冷却する系統等に分岐し、各部を潤滑あるいは冷却したのち再びサンプタンクに戻って循環するようになっており、同主管部の潤滑油圧力が調圧弁によって約4キログラム毎平方センチメートル(以下「キロ」という。)に保持されていた。
大芳丸は、尼崎西宮芦屋港第2区にある今津公園前の岸壁を基地とし、土曜日曜祝祭日以外の日に、土砂類等の産業廃棄物を積み込んだはしけを同港第1区にある尼崎沖埋立処分場まで押航する作業に従事しており、06時ごろ予備電動潤滑油ポンプを運転してプライミングをしたのち主機を始動し、06時20分ごろ基地を発して埋立処分場岸壁に至り、空船のはしけを船首部に連結して同時50分ごろ両舷主機を全速力前進にかけて押航を始め、20ないし30分かけて同岸壁の西方対岸に位置する尼崎フェニックスと称する産業廃棄物積込岸壁(以下「積込岸壁」という。)に着岸させ、積込岸壁の近くではしけの積込作業が終えるまで主機を停止して待機し、産業廃棄物が積み込まれたはしけを再び押航して埋立処分場まで戻り、この押航作業を1日に2ないし3回繰り返したのち、17時30分ごろ基地に帰港するようにしていた。
A受審人は、平成11年4月から機関長として乗り組み、潤滑油については、サンプタンクの油量が3キロリットルとなるよう定期的に潤滑油の補給を行い、主機の運転中、複式潤滑油こし器の片方のこし器のみを使用し、もう片方のこし器はいつでも使えるよう備えていて、潤滑油主管の潤滑油圧力が3キロ以下に低下すると同こし器を切り替えると同時に、単式吸入側潤滑油こし器のフィルタも取り替えるなどして、主機の運転及び保守管理にあたっていたが、乗船前に潤滑油の取替がいつ行われたのか不明であったのに、乗船以来、潤滑油の取替を行わず、また、潤滑油の性状を調べるため潤滑油のサンプルを分析に出すこともしていなかった。
大芳丸は、同9年2月の定期検査工事において主機の開放整備を行ったのち、主機を月間120時間ほど運転して押航作業に従事しているうち、次第に潤滑油の汚損劣化が進行し、いつしか両舷主機の圧力リングが固着する状況となっていた。
同13年5月中旬ごろA受審人は、両舷主機のクランク室のガス抜き管からオイルミスト量が増加するとともに、潤滑油こし器の切替間隔が徐々に短くなるのを認めたが、運航経費の節減に気を遣っていたこともあって、7月に予定の合い入渠時まではこのまま運転を続けても大事に至ることはあるまいと思い、速やかに修理業者に依頼するなどしてピストン抜き整備を行わなかった。
その後、大芳丸は、燃焼ガスがクランク室に吹き抜けるまま、主機の運転を続けているうち、潤滑油の汚損劣化が急激に進行し、両舷主機のクランクピン軸受及び主軸受の潤滑が阻害される状況となっていた。
こうして、大芳丸は、A受審人ほか2人が乗り組み、船首3.0メートル船尾3.1メートルの喫水をもって、同年6月15日12時00分積込岸壁を発し、埋立処分場岸壁に向け両舷主機を回転数毎分700の全速力前進にかけて押航中、両舷主機のクランクピン軸受メタル及び主軸受メタル等の摩耗が著しく進行していたところ、12時20分尼崎西防波堤灯台から真方位165度250メートルの地点において、両舷主機の潤滑油圧力が3キロ以下に低下しているのを認めたA受審人が、吐出側こし器を切り替えて同こし器を開放し、同こし器に多量のスラッジ及び金属粉等が付着しているのを発見した。
当時、天候は曇で風力4の北北東風が吹き、港内には少し白波があった。
A受審人は、両舷主機の軸受に損傷が生じたものと考え、このまま押航作業を続行することが困難と判断し、事態を船長に報告した。
大芳丸は、両舷主機を低速力にかけて押航作業を終えたのち、修理業者に依頼して主機を精査した結果、両舷主機の全主軸受メタル、右舷主機1、4、5及び6番シリンダ並びに左舷主機3、5及び6番シリンダの各クランクピン軸受メタルが焼損していたほか、全シリンダのピストンが著しく汚れて圧力リングなどが固着気味となっていて、特に右舷主機5番シリンダの圧力リング溝が著しく摩耗、変形していることが判明し、のち損傷部品を新替えするなどの修理を行った。
(原因)
本件機関損傷は、主機の運転管理にあたり、潤滑油の性状管理が不十分で、両舷主機の圧力リングが固着したばかりか、同リングが固着して両舷主機のクランク室のガス抜き管からオイルミスト量が増加するとともに潤滑油こし器が頻繁に詰まるようになった際、ピストン抜き整備が不十分で、燃焼ガスがクランク室に吹き抜けて潤滑油の汚損劣化が急激に進行するまま主機の運転が続けられたことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は、主機の運転管理にあたり、クランク室のガス抜き管からオイルミスト量が増加するとともに、潤滑油こし器が頻繁に詰まるようになるのを認めた場合、燃焼ガスがクランク室内に吹き抜けているおそれがあったから、速やかに修理業者に依頼するなどして、ピストン抜き整備を行うべき注意義務があった。ところが、同人は、運航経費の節減に気を遣っていたこともあり、1箇月ばかり後の合い入渠時まではこのまま運転を続けても大事に至ることはあるまいと思い、速やかに修理業者に依頼するなどして、ピストン抜き整備を行わなかった職務上の過失により、燃焼ガスの吹抜けによって急激な潤滑油の汚損劣化を招き、両舷主機の全主軸受メタル、右舷主機1、4、5及び6番シリンダ並びに左舷主機3、5及び6番シリンダの各クランクピン軸受メタルを焼損させたほか、右舷主機5番シリンダのピストンを損傷させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。