(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成13年1月11日19時52分
津軽半島西方沖合
2 船舶の要目
船種船名 |
旅客船フェリーしらかば |
総トン数 |
20,555トン |
全長 |
195.461メートル |
機関の種類 |
過給機付4サイクル9シリンダ・ディーゼル機関 |
出力 |
23,820キロワット |
回転数 |
毎分360 |
3 事実の経過
フェリーしらかば(以下「しらかば」という。)は、平成6年7月に竣工し、小樽・新潟港間の運航に従事する2基2軸の船首船橋型の鋼製旅客船兼車両運搬船で、主機として、株式会社ディーゼルユナイテッドが製造した9PC40L型と称するディーゼル機関を装備し、また、推進器として可変ピッチプロペラ(以下「CPP」という。)を有し、操舵室の操縦スタンドに設けられたテレグラフハンドルにより、翼角と主機の回転数を同時に遠隔制御できるようになっていた。
主機は、各シリンダに船尾側を1番として9番までの順番号を付し、燃料油としてC重油を使用しており、また、シリンダライナ径が570ミリメートルで、ピストンには4本の圧力リングと2本の油掻き(ゆかき)リングを装着し、燃焼室の高温高圧ガスがクランク室へ吹き抜けるいわゆるブローバイに備えて、クランク室内圧力検出器を装備し、同圧力が450ミリメートル水柱以上に上昇すると警報を発するとともに主機を停止するようになっていた。
テレグラフハンドルは、テレグラフ盤に沿って前後方向に水平移動するレバー式のもので、中央の位置で停止、前方に移動すると前進、後方に移動すると後進となっていた。
そして、テレグラフ盤は、中央を0として前後進いずれにも最大10の目盛りが表示されているほか、前進側が極微速力、微速力、半速力、全速力及び航海全速力の分画になっていて、各分画にはテレグラフハンドルの嵌合(かんごう)するノッチ1個とハンドル位置を示す表示灯を備え、ノッチ位置でなくても任意の位置にテレグラフハンドルを置くことができるようになっており、航海全速力の分画が目盛5.99から10までの範囲に設定され、ノッチ位置が目盛6.65となっていた。
テレグラフハンドルによる翼角と主機回転数の制御は、ハンドル位置が目盛7.2以下では回転数毎分296(以下、回転数は毎分のものとする。)のまま、翼角が0度から29.5度まで変化するように、また、目盛7.2を超える範囲では翼角29.5度のまま、回転数が296から360まで変化するようにプログラムされており、航海全速力のノッチ位置における翼角が25度、回転数が296となっていた。
また、テレグラフハンドルは、操舵室のほか機関監視室にも備えていたが、操縦場所が操舵室になっていると、機関監視室では、翼角及び主機回転数の制御ができないようになっていた。
CPP遠隔操縦装置は、テレグラフハンドルの各位置における主機負荷を常に最適状態に保つため、自動負荷制御装置(以下「ALC」という。)を備え、ALCには主機の実負荷が設定負荷よりも高くなったとき、負荷を軽減させるため翼角を下げる機能を持たせており、実負荷として燃料噴射ポンプのラック値を検出し、設定負荷として海上試運転時のラック値を入力して両負荷を常時比較演算させていたが、設定負荷は、安全率を加味したラック値を適宜入力することによって変更が可能であった。
またALCは、作動開始点の翼角を任意に設定できるようになっていて、テレグラフハンドルの位置が同開始点の翼角を超えると作動する仕様で、出荷時には作動開始点が翼角25度に設定されていた。
A受審人は、平成8年6月しらかばに機関長として乗り組み、機関部職員3人及び機関部員2人を指揮して機関の運転管理に当たり、ALCについては、早めに作動するように作動開始点を翼角23度に変更していたほか、航行中、設定負荷のラック値をマイナス2ないし3として安全率をとり、また、荒天モードスイッチを押すことによる設定負荷のラック値をマイナス6として更に安全率を見込んでおり、燃料制限装置の機械的ストッパーをラック値で50に調整していた。
しらかばは、船首6.15メートル船尾6.80メートルの喫水をもって、同12年12月26日11時00分新潟港西区を発し、小樽港に向けて航行の途、13時28分粟島灯台から296度(真方位、以下同じ。)3海里の地点で、針路を018度に定め、両舷機のテレグラフハンドルを目盛8.2とし、ハンドル位置相応の翼角が29.5度のところ、風力7の西風を受け、船体が激しく動揺して負荷が大きく変動したため、ALCが作動して翼角不定のまま、14.1ノットの対地速力で北上した。
14時45分A受審人は、自室で休息していたところ、船長から粟島の島陰に荒天避難するため針路を反転する旨の連絡を受け、大きく右回頭することを知り、機関監視室に赴いた。
A受審人は、機関監視室に入って間もなく、船橋当直の三等航海士からテレグラフハンドルを航海全速力のノッチ位置まで下げた状態で回頭してもよいかとの連絡を受け、翼角25度の航海全速力のノッチ位置であればALCの作動する翼角範囲内であると判断し、三等航海士に了解を与えた。
これを受けて三等航海士は、両舷主機の各テレグラフハンドルを航海全速力のノッチ位置まで下げる操作をしたところ、右舷主機のテレグラフハンドルが同ノッチ位置からずれて、翼角23度に相当する目盛6.4より少し下方に置かれ、ALCが作動しない状況となった。
15時00分しらかばは、粟島灯台から011度22.1海里の地点において、右回頭による針路の反転を開始したところ、間もなく船体への抵抗などが増加し、右舷主機は、負荷が増大してシリンダ内への燃料噴射量が最大となったがALCが作動せず、燃焼不良を生じてトルクリッチ運転となり、過給機が激しいサージングを起こした。
A受審人は、機関監視室の窓越しに過給機のブロワフィルターが膨らんでいるのを認め、サージング防止処置として機関室当直者に右舷主機の給気主管付ドレン弁の全開を指示し、また、負荷指示計が最大値の50を示しているのを認め、ALCが作動しているはずなのにと不審に思いながら、荒天モードスイッチを押したり、ALCの設定負荷の安全率を大きい数値に入力し直したりしたが、テレグラフハンドル位置がALC作動開始点以下となっていたため荒天モードなどが機能せず、右舷主機のトルクリッチ運転は、1分半ほど続いて回頭を終えるとともにおさまった。
A受審人は、回頭後右舷主機が通常の運転状態に戻って運転諸元などに異状を認めなかったが、反転中に右舷主機は、トルクリッチ運転されたため3番ピストンのトップリングが過大な熱負荷により張力が著しく低下した。
しらかばは、粟島の島影に避泊したのち翌27日小樽港に入港し、引き続き運航を続けていたところ、右舷主機3番ピストンのピストンリングのうち2ないし4番の圧力リングが燃焼ガスの影響を受けて摩耗が進行し、ブローバイも進んで潤滑油が汚れるとともに潤滑油ストレーナが目詰まりするようになったが、A受審人は、2年間使用してきた潤滑油の更油時機が間近に迫っていて汚れているうえに、時化が続いたことによる船体動揺でサンプタンク底部のスラッジが舞い上がったものと考え、ストレーナの掃除を行って対処した。
12月31日A受審人は、右舷主機クランク室内を整備表に従って点検し、シリンダライナ下部の内面などに異状のないことを確認して休暇下船し、翌13年1月5日から10日まで乗船したが、この間右舷主機が異状なく運転され、機関長冬至豊に引き継いで再び休暇を取った。
こうして、しらかばは、冬至機関長ほか29人が乗り組み、旅客78人及び車両136台を載せ、船首5.38メートル船尾6.63メートルの喫水をもって、1月11日10時30分新潟港西区を発し、右舷主機を回転数331、左舷主機を回転数338として小樽港に向け航行中、右舷主機3番シリンダのブローバイが激しくなり、同日19時52分大戸瀬埼灯台から331度16.5海里の地点において、右舷主機がクランク室内圧力上昇警報を発するとともに自動危急停止した。
当時、天候は曇で風力7の西風が吹き、海上は波がかなり高かった。
機関室当直者から通報を受けた冬至機関長は、急ぎ機関室に駆け付けたところ、右舷主機のクランク室安全弁全数が作動し、床面に潤滑油が飛び散っていたので、クランク室を開放して内部を調査した結果、3番シリンダライナに掻き傷が発生しているのを認め、左舷主機のみで航行を継続し、しらかばは、1月12日12時35分小樽港に入港した。
しらかばは、小樽港において右舷主機の開放調査が行われた結果、3番のピストン及びシリンダライナが焼き付いていることが判明し、のちこれらを新替え修理した。
A受審人は、事故の防止対策として、主機クランク室内圧力測定用のマノメータを増設する一方、主機性能曲線などから「主機各ラック時における回転数と負荷率」と題する表を作成し、これを機関監視室に掲示するなどしてトルクリッチ運転に対する乗組員の理解に努め、また主機製造業者は、各主機に燃料制限用空気シリンダを増設し、操縦場所が操舵室になっている場合でも、機関監視室においてスイッチ操作により燃料ポンプのラックを制限できるようにした。
(原因)
本件機関損傷は、荒天の日本海を避難のため針路を反転する際、自動負荷制御装置が不作動状態となっていた主機がトルクリッチ運転され、シリンダ内の燃焼不良によりピストンリングの張力が著しく低下し、反転後の運航において、ブローバイが進行したことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人の所為は、本件発生の原因とならない。
よって主文のとおり裁決する。