(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成13年9月20日03時30分
北海道松前半島西方沖合
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船第十一昌宝丸 |
総トン数 |
19トン |
登録長 |
16.72メートル |
機関の種類 |
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 |
出力 |
324キロワット |
回転数 |
毎分1,890 |
3 事実の経過
第十一昌宝丸(以下「昌宝丸」という。)は、昭和58年5月に進水した、いか一本釣り漁業及びはえなわ漁業に従事する鋼製漁船で、主機として、同53年7月にアメリカ合衆国カミンズ社が製造したKTA−1150−M型と呼称するディーゼル機関を備え、主機の動力取出軸により集魚灯用交流発電機を駆動していた。
主機は、各シリンダに船首側を1番とする順番号が付されており、間接冷却方式で、清水冷却器を内蔵する容量34リットルの冷却清水タンクから直結渦巻式冷却清水ポンプに吸引された冷却清水が、潤滑油冷却器、シリンダライナやシリンダヘッド等をそれぞれ冷却したのち集合管で合流し、自動温度調整弁を経て同ポンプ吸引管に還流していた。
主機の潤滑油系統は、容量38リットルの油受から直結歯車式潤滑油ポンプに吸引された潤滑油が、潤滑油冷却器、潤滑油こし器を経て分岐し、一方が各シリンダの噴油ノズルを介しピストンのシリンダライナ摺動面等、他方が主軸受、クランクピン軸受、ピストンピンや過給機等をそれぞれ潤滑したのち油受に戻り循環していた。また、主機は、冷却清水タンクに水面計、潤滑油系統の油受に検油棒があり、冷却清水温度上昇警報装置及び潤滑油圧力低下警報装置を装備していた。
昌宝丸は、平成6年4月中古船で購入された後、北海道豊浜漁港を根拠地とし、毎年6月から、いか一本釣り漁、11月から翌年1月まで、はえなわ漁の操業を続け、5月末にかけ休漁していた。
A受審人は、同6年7月昌宝丸の船長として乗り組み、操船のほか主機の運転保守等にあたり、同8年4月業者によるピストン抜出し、過給機開放等の整備工事後、各漁期には、出港前の始動の際に冷却清水タンクの水量及び潤滑油系統の油受の油量を確かめ、1箇月を経過するごと操業の合間に潤滑油や潤滑油こし器フィルタエレメントの交換を行い、主機を運転していた。
ところが、主機は、6番シリンダのシリンダライナが長期間使用されているうち冷却清水側でキャビテーションによる浸食が生じていて、同13年8月初旬いか一本釣り漁の漁期中、同浸食が進行してシリンダライナ摺動面まで貫通し多数の微小な破孔となり、停止後、クランク室内部に冷却清水が漏洩し始めた。
しかし、A受審人は、同月初旬出港前に主機の冷却清水タンクの水量を確かめて同水量がいつもより減少していることを認めた際、無難に運転しているから大丈夫と思い、速やかに冷却清水の漏洩箇所の調査措置をとらなかったので、6番シリンダのシリンダライナの破孔に気付かず、その後、漏水するままに同タンクに冷却清水の補給を繰り返して補給水量が徐々に増える一方、漏水が潤滑油系統に混入し、潤滑油の消費量が減る状況で運転を続けた。
こうして、昌宝丸は、A受審人が1人で乗り組み、操業の目的で、船首1.6メートル船尾2.5メートルの喫水をもって、9月19日16時00分豊浜漁港を発し、同漁港西方沖合の漁場に至り、日没後に漂泊したまま主機を回転数毎分1,800にかけ集魚灯用交流発電機を駆動し、集魚灯を点灯して操業中、6番シリンダのシリンダライナの破孔が拡大し、漏水の増加により潤滑油の性状が著しく劣化して各部の潤滑が阻害され、同シリンダのシリンダライナ摺動面の油膜が途切れ、翌20日03時30分檜山豊浜港西防波堤灯台から真方位237度3.8海里の地点において、ピストンとシリンダライナが焼き付き、主機が自停した。
当時、天候は晴で風力1の北風が吹き、海上は穏やかであった。
A受審人は、船首甲板にいて運転音の変化に気付き、機関室に入室した際に自停したことを認め、操舵室から始動操作を試みたものの果たせず、運転を断念した。
昌宝丸は、僚船により豊浜漁港に曳航された後、業者により主機が精査された結果、前示焼付きのほか各クランクピン軸受、クランクピン、主軸受及び過給機等の損傷が判明し、中古機関と換装された。
(原因)
本件機関損傷は、主機冷却清水タンクの水量が減少した際、冷却清水の漏洩箇所の調査措置が不十分で、シリンダライナの浸食による破孔から漏水するままに運転が続けられ、潤滑油の性状が著しく劣化して潤滑が阻害されたことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は、主機の運転保守にあたり、出港前に冷却清水タンクの水量がいつもより減少していることを認めた場合、同機内部で冷却清水が漏洩することがあるから、漏水が潤滑油系統に混入しないよう、速やかに冷却清水の漏洩箇所の調査措置をとるべき注意義務があった。しかるに、同人は、無難に運転しているから大丈夫と思い、速やかに冷却清水の漏洩箇所の調査措置をとらなかった職務上の過失により、長期間使用されていたシリンダライナの破孔に気付かず、冷却清水の補給を繰り返して漏水が潤滑油系統に混入する状況で運転を続け、潤滑油の性状が著しく劣化して各部の潤滑が阻害される事態を招き、ピストンとシリンダライナの焼付きのほか各クランクピン軸受、クランクピン、主軸受及び過給機等の損傷を生じさせるに至った。