(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成12年1月6日09時40分
石川県蛸島漁港
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船第二蛸島丸 |
総トン数 |
297トン |
全長 |
51.85メートル |
機関の種類 |
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 |
出力 |
1,176キロワット |
回転数 |
毎分380 |
3 事実の経過
第二蛸島丸(以下「蛸島丸」という。)は、昭和59年5月に進水した、大中型まき網漁業船団に運搬船として所属する船尾機関室型の鋼製漁船で、機関室の船首側に1番から7番までの魚倉を有しており、機関室中央部に主機を据え付け、主機の動力取出軸によって、エアクラッチ及び増速機を介してウインドラスや各種ウインチ類などの甲板油圧機器用の油圧ポンプ4台を駆動できるようになっていた。
エアクラッチは、ゴム弾性継手であるドーナツカップリングと称する回転体と、外周のゴムチューブ及びその内周面に装着された摩擦用ライニングからなるラバーフレームと称する回転体とで構成されており、ドーナツカップリングが入力軸に、ラバーフレームが出力軸にそれぞれ連結されていて、船橋及び機関室に設けられた各油圧ポンプ操作盤の発停スイッチを投入すると、エアクラッチ操作盤の電磁弁が励磁されて圧縮空気がゴムチューブに導かれ、同チューブが膨張して内周面に装着された摩擦用ライニングがドーナツカップリングの外周に圧着されることにより、その相互の摩擦力によって主機の回転が入力軸から出力軸を経て増速機に伝達されるようになっていた。
主機及びエアクラッチの制御空気系統は、主空気槽に充填された最高圧力約30キログラム毎平方センチメートル(以下「キロ」という。)の圧縮空気が、同槽付属の制御空気元弁を経て分岐し、一方が、主機制御空気元弁を経て空気源パネルに至り、同パネルの減圧弁で圧力が約8キロに減圧されて主機遠隔操縦装置に導かれ、他方が、エアクラッチ空気元弁を経てエアクラッチ操作盤に至り、同操作盤の減圧弁で圧力が約8キロに減圧されてエアクラッチに供給されるようになっており、主機制御空気系統には圧力低下用の警報装置が設けられていたものの、エアクラッチ空気系統には同装置が設けられていなかった。
ところで、主機制御空気元弁とエアクラッチ空気元弁は、同じ大きさの同形弁で、機関室船首側壁面に約50センチメートル隔てて並べて取り付けられていたが、銘板が取り付けられていなかったうえ、色分けもされておらず、通常は両弁とも常時開弁状態で使用されていた。
平成12年1月6日朝、蛸島丸は、正月休みのために基地である石川県蛸島漁港の蛸島港西防波堤灯台から真方位032度230メートルの岸壁に係留中のところ、出漁の目的で、A受審人ほか8人が乗り組み、出漁準備作業に取り掛かった。
A受審人は、ウインドラスやムアリングウインチなど全ての甲板油圧機器を運転する必要があったので、同日09時00分主機を始動し、主機の回転数を毎分330に上昇させ、エアクラッチのスイッチを投入して油圧ポンプ4台を運転したのち、乗組員全員で行う魚倉への氷の積込み作業に従事すべく、同時06分ごろ機関室を無人として船首部の2番魚倉に向かった。
ところで、A受審人は、機関室を無人とするにあたり、氷の積込み作業が終了するまで主機が操作できないよう、操縦位置を機側に切り替えて制御電源を切ったのち、主機制御空気元弁を閉止することにしたが、その際、作業に早く行かなければと気が焦り、配管をたどるなどして閉止する弁の確認を十分に行わなかったので、誤って近接する同形のエアクラッチ空気元弁を閉止してしまった。
こうして、蛸島丸は、主機で油圧ポンプが駆動され、乗組員全員が氷の積込み作業に従事中、エアクラッチのゴムチューブの空気が次第に漏洩して同チューブ内の圧力が低下したことにより、ドーナツカップリングと摩擦用ライニングとがスリップして発熱するようになり、間もなく過熱したドーナツカップリング及びゴムチューブ等が発火、発煙し、09時40分前示の係留地点において、機関室出入口から黒煙が噴き出した。
当時、天候は曇で風力2の北西風が吹き、港内は穏やかであった。
A受審人は、他の乗組員から機関室の入口から煙が出ているとの報告を受けて機関室に急行し、エアクラッチから炎と煙が出ているのを認めたので、直ちに主機を停止するとともに他の乗組員と共に消火活動に当たり、来援した消防署員の協力を得て10時40分ごろ鎮火した。
この結果、蛸島丸は、主機駆動の油圧ポンプが運転不能となったために出漁を延期し、のちエアクラッチを新替えするなどの修理を行った。
(原因)
本件機関損傷は、蛸島漁港の岸壁において、エアクラッチを介して主機で油圧ポンプを駆動しながら出漁準備作業中、機関室を無人とするにあたって、主機が操作できないように主機制御空気元弁を閉止する際、閉止する弁の確認が不十分で、近接する同形のエアクラッチ空気元弁が閉止されたことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は、蛸島漁港の岸壁において、エアクラッチを介して主機で油圧ポンプを駆動しながら出漁準備作業中、機関室を無人とするにあたって、主機が操作できないように主機制御空気元弁を閉止する場合、同形のエアクラッチ空気元弁が近接する位置に配置されていたから、誤って同弁を閉止することのないよう、配管をたどるなどして閉止する弁の確認を十分に行うべき注意義務があった。ところが、同人は、乗組員全員で行う氷の積込み作業に早く行かなければと気が焦り、閉止する弁の確認を十分に行わなかった職務上の過失により、主機制御空気元弁に近接した同形のエアクラッチ空気元弁を閉止し、エアクラッチをスリップさせて焼損させるに至った。