(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成10年5月12日05時40分
小笠原群島西方沖合
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船竹内宝幸丸 |
総トン数 |
19.90トン |
登録長 |
14.95メートル |
機関の種類 |
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 |
出力 |
308キロワット |
回転数 |
毎分1,900 |
3 事実の経過
竹内宝幸丸(以下「宝幸丸」という。)は、まぐろはえ縄漁業に従事するFRP製漁船で、昭和63年7月に換装した三菱重工業株式会社製のS6A2−MTK型ディーゼル機関を主機として装備し、主機の各シリンダを船首側から順番号で呼称していた。また、同船は、機関室で主機の発停を行う一方、操舵室に主機遠隔操縦ハンドル及びクラッチ遠隔操作ハンドルを設け、同室で主機の回転数制御及びクラッチ式逆転減速機の遠隔操作を行うようになっており、機関室に各種表示灯及び潤滑油圧力低下警報用等の警報ベルを組み込んだ警報盤を、操舵室に主機の回転計、潤滑油圧力計等の圧力計、各種表示灯及び警報用のブザーを組み込んだ計器盤を設けていたが、警報盤と計器盤とを切替スイッチで切り替える方式のため、同スイッチを機関室側に切り替えていると、警報盤では警報が鳴るものの計器盤では警報が鳴らないようになっていた。
主機の潤滑油系統は、クランク室底部の油だめに入れられた潤滑油が、直結の潤滑油ポンプで吸引・加圧され、リリーフ弁で圧力が約5キログラム毎平方センチメートル(以下「キロ」という。)に調整されたのち、潤滑油こし器及び潤滑油冷却器を経て入口主管に至り、同管から、主軸受やクランクピン軸受等を潤滑する系統及び噴油ノズルから各ピストン内面に潤滑油を噴射してピストンを冷却する系統等に分岐し、各部を潤滑あるいは冷却したのち再び油だめに戻って循環するようになっており、入口主管における圧力が1.5キロ以下に低下すると、警報装置が作動して警報盤の警報ベルまたは計器盤の警報ブザーが鳴るようになっていた。一方、潤滑油圧力は、目盛のある機付の圧力計と計器盤の電気式圧力計で確認できるようになっていたが、計器盤の圧力計が正常範囲を示す緑の部分と異常範囲を示す赤の部分しかないものであるため、正確な圧力は機付の圧力計で確認する必要があった。
宝幸丸は、小笠原群島周辺から日本近海にかけての漁場で1航海が1箇月程度の操業を繰り返し、毎年6月初めから7月中旬までの休漁期に船体及び機関の整備を行っており、主機については、3年ごとにピストンを抜いて開放整備を行うとともに、毎年燃料噴射弁等のシリンダヘッドの整備を行っていたが、漁期中に燃料噴射弁等の整備は行っていなかった。また、同船は、操業中にも主機の発停を行っていたが、補機の運転音が大きいので、主機を始動しても操舵室では始動時の潤滑油圧力低下の警報ベルが聞こえない状態であった。
A受審人は、主機を開放整備した翌年の平成8年7月から機関長として乗り組んでいたもので、通信長と漁ろう長を兼務し、航海当直にも従事して操舵室で行う仕事が多かったことから、機関の取扱経験がある甲板員の1人に主機の発停、点検及び3航海ごとに潤滑油の取替作業を行わせ、異常があれば報告するよう指示したうえで、自身は燃料油タンクの油量計測時や同タンクの切替え時にのみ機関室に入室していた。
宝幸丸は、同9年6月の休漁期にシリンダヘッドの整備を行ったのち、主機を月間430時間ほど運転して操業を繰り返していたところ、いつしか、潤滑油系統のリリーフ弁が膠着(こうちゃく)して潤滑油圧力が2ないし3キロまで低下するとともに、次第に燃料噴射弁の噴霧状態が悪化する状況となっていた。
ところで、A受審人は、燃料油タンク切替えなどで定期的に機関室に入室していたものの、計器盤の潤滑油圧力計の針が緑の範囲にあったうえ、甲板員から何も報告がなかったので問題がないものと思い、機関室入室時に主機の運転状態の確認を行っていなかったので、潤滑油圧力が低下していることや燃料噴射弁の噴霧状態が悪くなっていることに気付かなかったばかりか、警報装置の作動確認を行っていなかったので、潤滑油圧力低下警報用の電線が断線して、主機始動時に警報装置が作動しなくなっていることにも気付かなかった。
こうして、宝幸丸は、A受審人ほかインドネシア人研修生2人を含む6人が乗り組み、同10年5月2日14時ごろ和歌山県勝浦港を発し、小笠原群島西方の漁場に至って主機を運転しながら操業を繰り返しているうち、燃料噴射弁の噴霧状態が悪化して燃料油がシリンダライナ壁を伝って潤滑油に混入し始め、同油の性状が劣化して、各軸受メタルの磨耗が進行するとともに潤滑油圧力が更に低下するようになり、その後、主機を回転数毎分1,600にかけて投縄中、潤滑油圧力が1.5キロ以下に低下したが、警報装置が作動しないまま運転が続けられ、同月12日05時40分北緯27度46分東経136度23分の地点において、各軸受メタル及びピストンリングとシリンダライナとの潤滑が阻害され、主機の回転数が低下した。
当時、天候は晴で風力2の南風が吹き、海上は穏やかであった。
船尾甲板で投縄作業に従事していたA受審人は、操船中の船長から主機の回転数が低下して上昇しなくなったとの連絡を受け、直ちに機関室に急行して点検しようとしたところ、主機が自停するのを認めたので、クランク室ドアを開放して各部を点検し、全てのクランクピン軸受メタルが溶損しているのを発見したことから、主機の運転は不可能と判断し、事態を船長に報告した。
宝幸丸は、来援した引船に曳航されて勝浦港に引き付けられ、修理業者が精査した結果、主軸受メタル及びクランクピン軸受メタルが全て溶損していたほか、クランク軸、連接棒及びシリンダライナ等にも損傷が判明したので、のち損傷部品を新替えするなどの修理を行った。
(原因)
本件機関損傷は、主機の運転管理にあたり、運転状態の確認及び警報装置の作動確認がいずれも不十分で、圧力が低下していた潤滑油に多量の燃料油が混入して各軸受メタルの磨耗が進行し、潤滑油圧力が著しく低下して各部の潤滑が阻害されるまま、主機の運転が続けられたことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は、主機の運転管理にあたる場合、潤滑油圧力や警報装置に異常があると大きな事故に繋がるおそれがあるから、定期的に運転状態の確認及び警報装置の作動確認を行うべき注意義務があった。ところが、同人は、発停や日常の点検を行わせていた甲板員から何も報告がなかったので問題がないものと思い、自らが定期的に運転状態の確認及び警報装置の作動確認を行わなかった職務上の過失により、潤滑油圧力が低下していることや警報装置が作動不良になっていることに気付かず、潤滑油圧力が著しく低下したまま運転を続けて各部の潤滑阻害を招き、クランクピン軸受メタル、主軸受メタル、クランク軸、連接棒及びシリンダライナを損傷させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。