(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成13年9月4日15時00分
択捉島南東方沖合
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船第百七十八大安丸 |
総トン数 |
349トン |
全長 |
70.74メートル |
機関の種類 |
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 |
出力 |
735キロワット |
回転数 |
毎分370 |
3 事実の経過
第百七十八大安丸(以下「大安丸」という。)は、昭和62年7月に進水した、いか一本釣り漁業に従事する鋼製漁船で、主機として株式会社赤阪鉄工所が製造したK31FD型と呼称するディーゼル機関を備え、軸系には新潟コンバーター株式会社が製造したMGN2501AV型と呼称する逆転減速機を装備していた。
逆転減速機は、前進用及び後進用の油圧作動湿式多板クラッチ(以下「クラッチ」という。)、減速歯車装置や直結油圧ポンプ等を内蔵しており、駆動軸の前後両側をころ軸受で支え、同軸の前端に主機クランク軸のゴム弾性継手と接続する駆動軸継手を、後端に直結油圧ポンプ軸の駆動歯車を結合していた。直結油圧ポンプは、2組の歯車ポンプで、前側に潤滑油系統に送油する潤滑油ポンプを、後側に作動油系統に送油する作動油ポンプを組み込んでいた。潤滑油系統は、ケーシング底部の油だめから32メッシュの油こし器を介して潤滑油ポンプに吸引された油が、作動油圧力調整弁の排油と合流して油冷却器、150メッシュの油こし器を経た後、潤滑油圧力調整弁により2ないし4キログラム毎平方センチメートル(以下、圧力の単位を「キロ」という。)の圧力に保たれ、各軸受部や歯車部等を潤滑したのち油だめに落下していた。一方、作動油系統は、油だめから32メッシュの油こし器を介して作動油ポンプに吸引された油が、作動油圧力調整弁により23ないし25キロの圧力に保たれ、前後進切換弁を経て前進用あるいは後進用クラッチに供給されていた。また、潤滑油系統及び作動油系統には、いずれも予備の電動ポンプを装備していた。そして、主機の動力は、前進時には駆動軸、逆転駆動歯車、前進用クラッチ、前進用減速小歯車、減速大歯車、推力軸及びプロペラ軸へ、後進時には駆動軸、逆転駆動歯車、逆転被動歯車、後進用クラッチ、後進用減速小歯車、減速大歯車、推力軸及びプロペラ軸へとそれぞれ伝達されるようになっていた。
大安丸は、毎年11月から翌12月にかけての休漁期間に出漁準備として整備業者による機関の定期整備工事が行われており、その後、太平洋や大西洋方面の漁場に向け出漁し、各地の港に入港しながら翌年の休漁時まで操業を繰り返していた。
A受審人は、平成7年11月大安丸の一等機関士として乗り組み、同9年4月機関長に昇進して機関の運転保守にあたり、逆転減速機の運転を無難に続けていた。
ところで、逆転減速機は、取扱説明書には4年の運転を経過するごと定期検査受検時等に駆動軸のころ軸受を新品と交換する整備基準が記載されていたものの、同11年12月定期検査受検の際に新造時以来の同軸受が継続使用されており、スラストを受ける駆動軸後側ころ軸受が寿命に近付き、その転動面の材料の疲労が進行していた。
しかし、A受審人は、同12年11月休漁期間に例年どおり出漁準備として整備業者に機関の定期整備工事を行わせた際、駆動軸のころ軸受を交換させるなど逆転減速機の整備措置をとらなかった。
大安丸は、A受審人ほか日本人10人及びフィリピン人8人が乗り組み、操業の目的で、船首4.0メートル船尾4.8メートルの喫水をもって、翌12月20日北海道函館港を発し、南大西洋フォークランド諸島沖合の漁場に達して操業を行った。大安丸は、北太平洋の漁場に移動することとし、ペルー共和国カヤオ港に寄せた後、同13年7月7日同漁場に至り操業を続けていたところ、逆転減速機の駆動軸後側ころ軸受の転動面が材料の疲労により次第に摩滅し、潤滑油系統に鉄粉が混入して増加する状況となった。
ところが、A受審人は、8月3日逆転減速機の潤滑油系統の油こし器を開放して多量の鉄粉を認めた際、鉄粉を除去すれば大丈夫と思い、最寄りの港に寄せて整備業者を手配することを船長に申し入れるなどして速やかに同機内部の点検措置をとらず、油こし器の掃除と潤滑油の取替えを繰り返した。
こうして、大安丸は、択捉島南東方沖合の漁場で操業し、魚群を探索して主機を回転数毎分340にかけ航行中、逆転減速機の駆動軸後側ころ軸受の転動面が著しく摩滅して駆動軸の軸心が偏移し、9月4日15時00分北緯43度03分東経154度03分の地点において、直結油圧ポンプ軸が駆動歯車取付部に過大な繰返し曲げモーメントを受け折損し、破面が擦れ合って作動油圧力が低下し、前進用クラッチが滑った。
当時、天候は晴で風力2の北東風が吹き、海上は穏やかであった。
A受審人は、機関室で当直中、逆転減速機の異状に気付いて主機を停止し、潤滑油系統の油こし器や潤滑油圧力調整弁の掃除等を行い、クラッチ操作を試みたものの果たせず、予備の各電動ポンプを運転したところ同操作が可能となり、その旨を船長に報告した。
大安丸は、操業を打ち切って函館港に向け航行し、同月6日夜同港に至った後、逆転減速機が整備業者により精査された結果、前示損傷のほか前進用減速小歯車軸受及び駆動軸後端部等の損傷が判明し、各損傷部品が新替えされた。
(原因)
本件機関損傷は、逆転減速機の整備措置が不十分で、駆動軸のころ軸受が整備基準を大幅に超えて使用されたこと及び潤滑油系統に鉄粉が混入した際の逆転減速機内部の点検措置が不十分で、同軸受の転動面が著しく摩滅し、駆動軸の軸心が偏移したことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は、機関の運転保守にあたり、漁場で逆転減速機の潤滑油系統の油こし器に多量の鉄粉を認めた場合、不具合部品があるから、同部品を見落とさないよう、最寄りの港に寄せて整備業者を手配することを船長に申し入れるなどして速やかに同機内部の点検措置をとるべき注意義務があった。しかるに、同受審人は、鉄粉を除去すれば大丈夫と思い、速やかに同機内部の点検措置をとらなかった職務上の過失により、油こし器の掃除と潤滑油の取替えを繰り返しているうち駆動軸のころ軸受の転動面が著しく摩滅し、軸心が偏移する事態を招き、直結油圧ポンプ軸のほか前進用減速小歯車軸受及び駆動軸後端部等を損傷させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。