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平成14年函審第3号
件名

漁船第三十一銀鱗丸火災事件

事件区分
火災事件
言渡年月日
平成14年9月30日

審判庁区分
函館地方海難審判庁(安藤周二、工藤民雄、古川隆一)
参審員(鈴木孝司、冨田幸雄)

理事官
杉?忠志

受審人
A 職名:第三十一銀鱗丸船長 海技免状:一級小型船舶操縦士
指定海難関係人
B 職名:第三十一銀鱗丸所有者

損害
船員室、賄室及び機関室後部等が焼損
甲板員2人が窒息死亡

原因
主機始動用電源設備の点検措置不十分
機関設備の安全確保について配慮不十分

主文

 本件火災は、主機始動用電源設備の点検措置が不十分で、電路が短絡したことによって発生したものである。
 船舶所有者が、機関設備の安全確保について十分に配慮しなかったことは、本件発生の原因となる。
 受審人Aを戒告する。

理由

(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成13年9月21日02時27分
 北海道落石岬南東方沖合

2 船舶の要目
船種船名 漁船第三十一銀鱗丸
総トン数 7.3トン
全長 17.14メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 257キロワット

3 事実の経過
(1)第三十一銀鱗丸
 第三十一銀鱗丸(以下「銀鱗丸」という。)は、昭和62年8月に進水した、さけます流し網、さんま流し網及びはえ縄等の各漁業に従事する一層甲板型FRP製漁船で、長船尾楼が船体中央部から船尾方に設けられ、同楼前部に操舵室、上甲板下に前方から順に魚倉、機関室及び船員室等がそれぞれ配置され、機関室には、同年7月に昭和精機工業株式会社が製造した6KH−UT型と呼称する電気始動式ディーゼル機関の主機、船内電源用三相交流発電機、充電用直流発電機、電動式の雑用ポンプや通風機等を備えており、主機が各発電機を駆動していた。長船尾楼の上甲板は、機関室上部に囲壁があり、囲壁の右舷側後部に賄室、左舷側に通路が区画され、船員室の入口ハッチが同通路後部床面に位置していた。
(2)船員室
 船員室は、船底の長さ幅共に2.8メートルの枠上に木製床板が敷かれ、床板上面から上甲板下面までの高さが0.8メートルで、左舷側に引き戸を有する前部壁により機関室と仕切られていたものの、前部壁下方の床板とプロペラ軸との間が30センチメートル(以下「センチ」という。)ばかり空いており、また、換気や通風の設備がなかった。船員室前部には、左舷側上方に入口ハッチ、右舷側に船内電源用定周波装置、中央に船尾管軸封装置が設置され、外径15ミリメートル(以下「ミリ」という。)の銅管(以下「船尾管軸封装置海水管」という。)が主機の冷却海水管系統から分岐し同装置の左舷側を沿って給水継手部に導かれていた。そして、船尾管軸封装置海水管後方には、主機の始動用電源設備の直流電圧12ボルト容量200アンペア蓄電池2個直列組(以下「蓄電池組」という。)が置かれていた。
(3)指定海難関係人B
 B指定海難関係人は、一級小型船舶操縦士免状を受有し、長年にわたる小型漁船の船主船長の経験があり、平成12年8月23日北海道花咲港の船揚場に2年間上架されていた銀鱗丸を購入し、自ら船長として乗り組むつもりで、翌9月上旬たこ漁の操業のために漁労設備の改装工事を開始したところ、同月中旬たまたま負傷により歩行が不自由となり、翌13年3月下旬A受審人に銀鱗丸の船長職を依頼した。
(4)受審人A
 A受審人は、平成13年4月4日銀鱗丸の船長に雇入れされて漁労長を兼務し、操船にあたると共に操舵室から遠隔操作で主機の始動を行い、運転保守等を甲板員に取り扱わせており、同月15日から越えて7月2日までさけます流し網漁、同月8日から翌8月20日までさんま流し網漁の各操業を終えて北海道落石漁港に停泊した後、秋さけはえ縄漁の操業に切り替える目的で出漁準備に取り掛かった。
(5)主機の始動用電源設備の点検状況
 主機は、操舵室の計器盤に始動スイッチ、機関室の機側に直流電圧24ボルトの始動電動機が装備され、始動用電源設備には、始動電動機のプラス側端子から蓄電池組の陽極端子に至る電路として、軟銅より線導体を絶縁体で被覆した外径19.7ミリの天然ゴムシースケーブル(以下「蓄電池電線」という。)が機関室左舷側の蓄電池スイッチを介し船員室の前部壁下及び床板下方を通り船尾管軸封装置海水管上方3センチのところを経て配線され、同電動機のマイナス側端子及び蓄電池組の陰極端子がそれぞれ機関敷板に接続されていた。
 ところで、銀鱗丸が購入された後、機関設備は、平成12年9月1日前船主により主機が始動可能な状態にされており、また、就航以来、長期間経過したことから、蓄電池電線の被覆が次第に劣化し、同電線が船尾管軸封装置海水管付近の数箇所で結束バンドにより固定されていたものの、同バンドの老朽化が進行していた。
 B指定海難関係人は、秋さけはえ縄漁の出漁準備の際、歩行できる状態にいえていたが、普通に操業しているから大丈夫と思い、自ら銀鱗丸の船内の見回りを行わないまま、船長に対して不具合箇所があれば申し出ることを徹底するなど、機関設備の安全確保について十分に配慮しなかった。
 一方、A受審人は、秋さけはえ縄漁の出漁準備を行う際、機関設備が各部で古くなっていたが、何とか使えるだろうと思い、船舶所有者に対して業者の手配を申し入れるなど、主機の始動用電源設備の点検措置をとらなかったので、蓄電池電線の被覆の劣化及び結束バンドの老朽化に気付かず、同出漁準備を終えた。
(6)発火に至る経緯
 銀鱗丸は、平成13年9月3日秋さけはえ縄漁の操業を開始して7回操業を繰り返し、A受審人ほか4人が乗り組み、操業の目的で、船首0.7メートル船尾2.0メートルの喫水をもって、同月20日23時50分同受審人が主機をいつものとおり始動して操舵室で単独の航海当直に就き、翌21日00時00分落石漁港を発し、船員室の前部壁の引き戸が閉じられたまま、床板上面に敷かれている寝具に乗組員4人が入って仮眠した。銀鱗丸は、02時10分北海道落石岬南東方の漁場に至った後、主機を停止回転数毎分800にかけクラッチを中立位置として漂泊し、05時00分の投縄開始予定時刻まで僚船と共に待機していたところ、船員室で蓄電池電線が結束バンドから外れ垂れ下がって船尾管軸封装置海水管上部と接触する状況となり、同電線の被覆が破れ、導体と同管上部とが短絡して被覆が着火し、周囲の床板等に燃え移り、02時27分落石岬灯台から真方位135度14.5海里の地点において、火災が発生して黒煙が立ち上った。
 当時、天候は晴で風力2の南風が吹き、海上は穏やかであった。
(7)火災発生後の状況
 銀鱗丸は、船員室で仮眠していた乗組員のうち2人が火災に気付き、賄室備付けの持運び式消火器を使用したものの初期消火に至らず、A受審人が急報を受け賄室に赴いて船員室の入口ハッチから噴出する黒煙を認め、雑用ポンプで放水を試みたところ、定周波装置の焼損により同ポンプが運転不能となり、操舵室に引き返して無線で救助を求め、付近の僚船の来援を得て放水等による消火活動を行い、02時50分鎮火した後、船員室から脱出が遅れた他の乗組員2人を救出して僚船により病院に搬送し、落石漁港に曳航された。
(8)火災の結果
 銀鱗丸は、船員室、賄室及び機関室後部等が焼損したが修理され、甲板員I(昭和45年2月20日生)及び甲板員M(昭和49年9月29日生)が病院に搬送された後、いずれも気道熱傷を負って窒息により死亡した。
 また、B指定海難関係人は、同種事故の再発防止措置として、蓄電池電線を新替えして配線を模様替えするなどの工事を行った。

(原因)
 本件火災は、主機始動用電源設備の点検措置が不十分で、蓄電池電線が船尾管軸封装置海水管と接触により短絡して同電線の被覆が着火し、周囲に燃え移ったことによって発生したものである。
 船舶所有者が、機関設備の安全確保について十分に配慮しなかったことは、本件発生の原因となる。

(受審人等の所為)
 A受審人は、秋さけはえ縄漁の出漁準備を行う場合、機関設備が各部で古くなっていたから、劣化などによる不具合箇所を見落とさないよう、船舶所有者に対して業者の手配を申し入れるなど、主機の始動用電源設備の点検措置をとるべき注意義務があった。しかるに、同受審人は、何とか使えるだろうと思い、主機の始動用電源設備の点検措置をとらなかった職務上の過失により、蓄電池電線の被覆の劣化及び結束バンドの老朽化に気付かず、同電線が船尾管軸封装置海水管と接触し、その被覆が破れ短絡して着火し、周囲に燃え移って火災が発生する事態を招き、船員室、賄室及び機関室後部等が焼損し、船員室で仮眠していて脱出が遅れた乗組員2人が死亡するに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
 B指定海難関係人が、銀鱗丸を購入した後、秋さけはえ縄漁の出漁準備の際、船長に対して不具合箇所があれば申し出ることを徹底するなど、機関設備の安全確保について十分に配慮しなかったことは、本件発生の原因となる。
 B指定海難関係人に対しては、本件後、蓄電池電線の新替えなどの工事を行って同種事故の再発防止に努めた点に徴し、勧告しない。

 よって主文のとおり裁決する。