(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成13年10月19日22時47分
愛媛県北条港西方沖合
2 船舶の要目
船種船名 |
油送船海神 |
総トン数 |
698トン |
全長 |
67.96メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
1,323キロワット |
3 事実の経過
海神は、可変ピッチプロペラを備えた船尾船橋型のLPG運搬船で、専ら山口県徳山下松港から主に千葉港への液化ガス輸送に従事し、A、B両受審人ほか4人が乗り組み、塩化ビニールモノマー951.198トンを積載し、船首3.6メートル船尾4.6メートルの喫水をもって、平成13年10月19日17時30分徳山下松港を発し、大阪港堺泉北区に向かった。
海神は、午前中に荷役桟橋に着けて数時間で積荷または揚荷を行ったあと午後出航することが多く、乗組員が休息をとるのは、停泊中の夜間か航海中で、平素は揚地の千葉港まで航海時間が40時間を超えることから航海中に十分な休息をとることができたが、10月中旬から揚地が愛媛県波方町となり、片道6ないし7時間の航海で夜間入出港することが多く、船橋当直者の休息時間が少し短くなったことから疲労が蓄積する状況となっていた。
ところで海神には、居眠り運航の防止のため、居眠り防止援助装置が設置され、床面から高さ約1.5メートルの操舵室後部に取り付けた赤外線センサーが、同室内の通常の見張り場所に立っている船橋当直者の動きを常時感知し、当直者が操舵スタンドにもたれたまま動かずに立っているとか椅子に腰掛けるなどしてその動きが静止した状態が3分間続くと同室内で警報ベルが鳴る仕組みで、居眠り運航による海難防止に役立つものであり、本来は自動操舵に切り換えることによって作動状態となるように設計されていたが、海神では同装置の電源が自動操舵装置と連動しておらず、出航後電源キーを使用して同装置を作動させることとなっており、船舶所有者は、A受審人に対して同装置を活用するよう指示していた。
A受審人は、船橋当直を自らとB受審人及び甲板長との3人による4時間交替の単独当直制で行うこととし、自身は毎0時から毎4時までの当直に従事し、平素乗組員に対して眠気を催したときには船長に知らせるよう文書及び口頭で指示するとともに、出航後自らが保管する電源キーにより居眠り防止援助装置を作動させて居眠り運航の防止を図るようにしていたが、徳山下松港を出航後、不断船橋当直者に眠気を感じたときの措置について指示していたので、あえて同装置を作動させなくても大丈夫と思い、当直者に対する指示のほか、保管していたキーを使い同装置を作動させて居眠り運航防止措置を十分にとることなく、出航操船を終えてから甲板長に船橋当直を命じ、自室で休息した。
B受審人は、荷役中、パイプラインの構成や弁の開閉を指示するなどして荷役作業に従事するほか、荷役関係書類の作成にあたり、航海中は8時から12時及び20時から24時までの船橋当直に就いていたところ、前日の18日11時10分に波方町の揚荷桟橋に着桟して荷役作業に従事し、同日22時00分揚荷を終了して23時ごろ就寝した。そして、翌19日06時ごろ起床して出航準備にあたり、07時45分波方町を出航後、通常同人の当直時間である08時から12時までA受審人が代わって船橋当直に就いたが、その間荷役書類作成などの仕事を行い、12時から13時まで単独で船橋当直に従事したあと、14時15分徳山下松港の積荷桟橋に着桟して積荷作業にあたり、積荷終了後間もなく同港を出航した。
出航後B受審人は、翌朝の揚荷準備のため休息をとることができず、19時45分伊予灘北部の天田島沖合で昇橋したとき、早朝からほとんど休息をとらないで就労していたので少し疲労した状態であったものの、眠気を感じず、20時00分甲板長と交替して単独の船橋当直に就き、その後平郡水道を経て伊予灘を東行した。
22時13分B受審人は、釣島灯台から326度(真方位、以下同じ。)0.8海里の地点で、針路を057度に定めて自動操舵とし、機関を回転数毎分280にかけ、プロペラピッチを全速力前進の17.1度とし、折からの潮流に乗じて13.2ノットの対地速力で進行した。
B受審人は、海図記載の推薦航路線に沿って釣島水道を東行し、22時38分波妻ノ鼻灯台から220度3.6海里の地点で安芸灘南航路第1号灯浮標を左舷側700メートルに航過し、予定の転針地点に達したものの、折から左舷側に自船より少し速力の遅い同行船が航行していたので、同船が左転してから転針することとし、その後操舵スタンド後方に立ち、同スタンドに両肘をついた姿勢で前路の見張りにあたるうち、早朝からほとんど休まずに就労した疲れから、間もなく眠気を催してうとうとするようになったが、それほど強い眠気ではなかったことから、速やかに船長に報告するなど居眠り運航の防止措置をとることなく、操舵スタンドに寄りかかったまま船橋当直を続けるうち、いつしか居眠りに陥った。
その後海神は、左方の同行船が左転し、予定針路に沿って転針できるようになったものの、B受審人が居眠りを続け、操舵室内で人の動きのない状態が3分以上続いたが、居眠り防止援助装置の電源が入っていなかったことから警報ベルが鳴らず、同人が目覚めないで速やかに転針の措置がとられず、愛媛県北条港鹿島西方800メートルの浅礁に向首したまま続航中、22時47分波妻ノ鼻灯台から203度1.8海里の地点において、原針路、原速力のまま、前示の浅礁に乗り揚げ、これを擦過した。
当時、天候は晴で風力2の西風が吹き、潮候はほぼ高潮時にあたり、釣島水道には約1.5ノットの北東流があった。
乗揚の衝撃で目が覚めたB受審人は、急いで手動操舵に切り換えて左舵をとり、間もなく昇橋した機関長が機関の回転数を減じるととともにプロペラピッチを微速力前進の6度とした。
衝撃を感じたA受審人は、急いで昇橋してB受審人に損傷状況を点検させたが、同人から浸水は認められないという報告を受けたので、愛媛県北西岸に沿って低速力で航行していたところ、次第に船首が沈下し始めたことから、再度同人に点検を命じてホールドに浸水していることが分かり、ポンプで排水しながら慎重に航行を続け、翌20日00時10分小部湾に錨泊した。
乗揚の結果、船底に亀裂と凹損を生じてLPGタンクのホールド及びバラストタンクに浸水するとともに、推進器翼の一部が欠損したが、のちいずれも修理された。
(原因)
本件乗揚は、夜間、釣島水道を航行中、居眠り運航の防止措置が不十分で、愛媛県北条港鹿島西方の浅礁に向首したまま進行したことによって発生したものである。
運航が適切でなかったのは、船長が、居眠り防止援助装置を作動させて居眠り運航の防止措置を十分にとらなかったことと、船橋当直者が、眠気を催した際、居眠り運航の防止措置をとらなかったこととによるものである。
(受審人の所為)
B受審人は、夜間、伊予灘において、早朝から荷役準備や積荷作業などに従事して十分な休息をとることができず、疲労した状態で単独の船橋当直に就き、釣島水道を航行中、眠気を催した場合、船長に報告するなど居眠り運航の防止措置をとるべき注意義務があった。しかるに、同人は、それほど強い眠気を感じなかったことから、船長に報告するなど居眠り運航の防止措置をとらなかった職務上の過失により、間もなく居眠りに陥り、予定針路に沿って転針せず、愛媛県北条港鹿島西方の浅礁に向首したまま進行して乗揚を招き、船底に亀裂及び推進器翼の一部に欠損を生じさせ、LPGタンクのホールド及び船底のバラストタンクに浸水させるに至った。
以上のB受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第2号を適用して同人の四級海技士(航海)の業務を1箇月停止する。
A受審人は、徳山下松港を出航後、船橋当直を4時間交替の単独当直制として瀬戸内海を大阪港に向け航行する場合、操舵室に居眠り防止援助装置が設置されていたのであるから、船橋当直者に対する指示のほか、保管していたキーを使い同装置を作動させて居眠り運航の防止措置を十分にとるべき注意義務があった。しかるに、同人は、不断乗組員に眠気を催したときの措置について指示していたので、あえて同装置を作動させなくても大丈夫と思い、同装置を作動させて居眠り運航の防止措置を十分にとらなかった職務上の過失により、早朝からの就労で疲労していた船橋当直者が居眠りに陥って乗揚を招き、前示の損傷と浸水を生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。