(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成14年2月5日11時22分
広島湾
2 船舶の要目
船種船名 |
貨物船豊竜丸 |
引船将龍丸 |
総トン数 |
499トン |
9.7トン |
全長 |
74.86メートル |
12.45メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
ディーゼル機関 |
出力 |
1,323キロワット |
330キロワット |
3 事実の経過
豊竜丸は、船首端から船橋前面までの長さ61メートルの船尾船橋型貨物船で、A受審人ほか5人が乗り組み、空倉のまま、船首2.05メートル船尾3.70メートルの喫水をもって、平成14年2月5日10時50分広島県広島港出島西岸壁を発し、兵庫県神戸港に向かった。
A受審人は、発航操船に続き単独の船橋当直に就いて西行し、しばらくして出港配置の片付けを終えた一等航海士が昇橋し船橋右舷側後部に備え付けのパソコンに向かって荷役状況や運航情報の入力作業を行うなか、広島港第1航路灯浮標に至って左転を始め、11時17分半安芸絵ノ島灯台から019度(真方位、以下同じ。)1.62海里の地点で、針路を宮島と絵ノ島との間に向く210度に定めて自動操舵とし、機関を全速力前進にかけ、11.0ノットの対地速力で進行した。
定針したとき、A受審人は、右舷船首1度1,580メートルのところに、南東進中の将龍丸を初めて視認したが、一見して低速力の独航船が前路を左方に替わるものと思い、双眼鏡を使うなどして、引き続き動静監視を十分に行わなかったので、同船が操縦性能制限船であることを示す垂直に連携された球形、ひし形、球形の形象物を操舵室上に掲げていることも、その船尾方に曳航されそれぞれ黄色の旗を備えて連結された2面のかき養殖筏にも気付かなかった。(以下、将龍丸とかき養殖筏を一体として表す名称については「将龍丸引船列」という。)
定針後、A受審人は、船橋左舷側後部の海図台に赴きコースラインが引かれた使用海図上で絵ノ島との航過距離を確かめたのち、操舵スタンド後方に立って船橋当直を続けたが、依然として動静監視不十分で、将龍丸の方位がわずかづつ左方に変化するものの、同船の船尾方に張られた引き綱と衝突のおそれがある態勢で接近することに気付かず、速やかに将龍丸引船列の進路を避けることなく、後ろを振り返るなどして一等航海士と次回の積荷役や入港時刻等の話をしながら続航した。
11時22分少し前A受審人は、ふと右舷前方のかき養殖筏に気付くとともに前路至近に引き綱を認め、急いで機関を後進にかけ左舵一杯としたが及ばず、11時22分安芸絵ノ島灯台から007度1,480メートルの地点において、豊竜丸は、ほぼ原針路、原速力のまま、その船首が、将龍丸の船尾方90メートルのところの引き綱に後方から76度の角度で衝突した。
当時、天候は曇で風はほとんどなく、潮候は上げ潮の中央期にあたり、視界は良好であった。
また、将龍丸は、船体中央部より前方に操舵室を設けた、かき養殖筏の曳航作業に専従する鋼製引船で、B受審人が1人で乗り組み、宮島周辺に設置されたかき養殖筏の一部を大奈佐美島周辺まで移動させる目的で、船首0.3メートル船尾1.7メートルの喫水をもって、同日07時00分広島県安芸郡坂町の係留地を発し、宮島沖合に向かった。
B受審人は、08時ごろ宮島北西方沖合のかき養殖筏設置区画に到着し、1面のかき養殖筏を引き出したのち、同島北方沖合に移動してもう1面引き出してこれらを連結したうえ、直径10ミリメートルの化学繊維製の引き綱を140メートル延出して自船の船尾に取り、進路から離れることを著しく制限する曳航作業に従事するので所定の形象物を掲げ、10時00分安芸絵ノ島灯台から333度1.9海里の地点で、針路を大奈佐美島の北方沖合に向く134度に定めて自動操舵とし、1.0ノットの曳航速力で進行した。
ところで、かき養殖筏は、一面が長さ20メートル幅7メートル水面上高さ50センチメートルで、その中央部には高さ2メートルの竹竿が設置され、それには縦80センチメートル横1メートルの黄色の旗が目印として取り付けられていた。
11時17分半B受審人は、安芸絵ノ島灯台から006度1,500メートルの地点に達したとき、左舷正横後13度1,580メートルのところに、南下中の豊竜丸を初めて視認したが、一見してかき養殖筏の後方を無難に替わるものと思い、引き続き動静監視を十分に行わなかったので、その後豊竜丸の方位がわずかづつ左方に変化するものの、自船の船尾方に張られた引き綱と衝突のおそれがある態勢で接近することに気付かず、速やかにモーターサイレンを使用して警告信号を行うことなく続航した。
11時21分半B受審人は、豊竜丸が左舷船尾方200メートルばかりに接近したとき、同船が無難に替わるかどうかよく分からなかったので、注意を喚起するつもりで船尾部に赴き赤旗を振ったものの効なく、引き綱との衝突の危険を感じて同綱を放そうと機関を中立にしたが、将龍丸引船列は、原針路のまま、行きあしが止まったころ、前示のとおり衝突した。
衝突の結果、豊竜丸に損傷はなく、将龍丸は、緊張した引き綱により横引き状態となって右舷側から瞬時に転覆し、機関等に濡れ損、かき養殖筏に損傷及び引き綱の切断を生じたが、のち修理され、B受審人は、海中にいたところを付近航行中の漁船に救助された。
(原因)
本件衝突は、広島湾において、豊竜丸が、動静監視不十分で、操縦性能制限船である将龍丸引船列の進路を避けなかったことによって発生したが、将龍丸引船列が、動静監視不十分で、警告信号を行わなかったことも一因をなすものである。
(受審人の所為)
A受審人は、広島湾を南下中、船首わずか右に南東進中の将龍丸を視認した場合、衝突のおそれがあるかどうかを判断できるよう、双眼鏡を使うなどして引き続き動静監視を十分に行うべき注意義務があった。しかるに、同人は、一見して低速力の独航船が前路を左方に替わるものと思い、動静監視を十分に行わなかった職務上の過失により、将龍丸が操縦性能制限船であることを示す形象物を掲げてかき養殖筏を曳航していることに気付かず、その進路を避けないまま進行して将龍丸の船尾方に張られた引き綱との衝突を招き、同船を転覆させて機関等に濡れ損及びかき養殖筏に損傷などを生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
B受審人は、操縦性能制限船であることを示す形象物を掲げ、連結されたかき養殖筏2面を曳航しながら広島湾を低速力で南東進中、左舷正横後に南下中の豊竜丸を視認した場合、引船列の長さを考慮して衝突のおそれがあるかどうかを判断できるよう、引き続き動静監視を十分に行うべき注意義務があった。しかるに、同人は、一見してかき養殖筏の後方を無難に替わるものと思い、動静監視を十分に行わなかった職務上の過失により、豊竜丸が自船の船尾方に張られた引き綱と衝突のおそれがある態勢で接近することに気付かず、警告信号を行わないまま進行して豊竜丸との衝突を招き、前示の損傷を生じさせるに至った。
以上のB受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。