(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成13年11月17日11時50分
瀬戸内海 向島南岸沖合
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船妙福丸 |
プレジャーボートドルフィン |
総トン数 |
3.50トン |
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全長 |
10.15メートル |
6.42メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
電気点火機関 |
出力 |
51キロワット |
55キロワット |
3 事実の経過
妙福丸は、一本釣り漁業に従事する木製漁船で、A受審人と同人の妻の2人が乗り組み、操業の目的で、平成13年11月17日06時00分広島県吉和漁港を発し、06時50分ごろ因島大橋付近でたこ釣りの操業を始め、その後漁場を移動し当木島周辺で操業したのち、釣餌を購入するため尾道糸崎港内の尾道市福地町の岸壁に向け帰港することとし、11時00分当木島北方500メートルの地点を発進し、布刈瀬戸南口に向かった。
A受審人は、船体中央部甲板上の、上面に主機遠隔操縦レバーを取り付けた縦1.4メートル横1.0メートル高さ0.5メートルの木製収納庫後方に立ち、長さ約3メートルの舵柄で操舵しながら見張りにあたり、折からの西風と東流による速力低下を少なくするため向島に接近する進路で西行し、11時36分同島南岸の標高63メートルの城山山頂から119度(真方位、以下同じ。)1,380メートルの、森ノ瀬ノ州北東方灯浮標の北20メートルの地点で、針路を同島南端の観音埼に向首する282度に定め、機関を回転数毎分1,000の前進にかけ、3.5ノットの対地速力で進行した。
11時46分半A受審人は、城山山頂から165度450メートルの地点に達し、観音埼まで160メートルとなったとき、左舵をとって238度に転じ、同時48分観音埼先端の干出岩を右舷側70メートルばかりに航過したとき、右舷船首40度200メートルに、北方に向首した船首から錨索を延出して錨泊中のドルフィンと、その北西方に魚釣り中の小船2隻を初認した。
間もなくA受審人は、因島大橋下を通る予定針路に向けるためゆっくりと右転を始め、11時48分半城山山頂から188度530メートルの地点で、針路を274度に転じ、ドルフィンを、同針路の北約50メートルの右舷船首20度150メートルのところに見るようになったとき、平素から排尿回数が多く少し前から催していた尿意を我慢できなくなり、小便のため操舵場所を離れようとしたが、短時間操舵場所を離れても、大きく船首が振れて錨泊中のドルフィンに接近することはないと思い、収納庫船首側の生けすで食器を洗っていた、操舵経験のある妻に操舵を行わせるなどして保針に努めることなく、舵柄から手を放し、船尾甲板に赴いて小便を始めた。
間もなく妙福丸は、折から布刈瀬戸を航行中の引船の航走波を受けて船体が動揺するとともに、操船者が小便をしていて針路が十分保持されず、船首が右に振れてドルフィンに向首する状況となり、その後同船と衝突のおそれがある態勢で進行した。
11時49分A受審人は、船尾方を向いて小便をしていたとき、船首方100メートルとなったドルフィンが、ホイッスルを鳴らして注意喚起を行ったものの、老齢で聴力が弱くなっていたのでこれに気づかず、同時50分わずか前小便を終えて振り向いたとき、正船首方目前に迫ったドルフィンを見て驚き、急いで機関のクラッチを中立としたが効なく、11時50分妙福丸は、城山山頂から205度500メートルの地点において、原速力のまま、298度に向首したとき、その船首が、ドルフィンの右舷側前部に直角に衝突した。
当時、天候は晴で風力3の西風が吹き、潮候は上げ潮の末期にあたり、布刈瀬戸では弱い南東流があった。
また、ドルフィンは、中央部に操舵室があるFRP製プレジャーボートで、主船外機のほか予備の船外機を船尾に備え、B受審人が1人で乗り組み、魚釣りの目的で、同日09時30分向島南岸の余崎湾に面した船溜まりを発して観音埼沖の釣り場に向かい、同時35分水深約30メートルの前示衝突地点に投錨し、錨索45メートルを延出して錨が海底の岩場にかかったことを確かめ、船首クリートに係止したのち船外機を停止し、所定の形象物を掲げないまま錨泊した。
その後B受審人は、船首が北方に向いた状態で、船尾から釣り竿3本を出し、付近に錨泊または漂泊して釣りをしている数隻の小船を見ながら操舵ハンドルの後方に置いた木製の板に腰かけて魚釣りに従事した。
11時48分半B受審人は、船首が028度を向首していたとき、右舷船首86度150メートルに自船の船尾方約50メートルを航過する態勢の妙福丸を認め、間もなく同船が右転を始め、自船に向け接近するのを見て不審に感じ、同時49分同船が100メートルに近づいたとき、持っていたホイッスルを幾度も鳴らして注意喚起の措置をとったものの、自船を避ける様子が認められなかったが、船尾に人が立っているのを見て、そのうちに左転して船尾側を航過するものと思い、速やかに船外機を始動して前進するなど衝突を避けるための措置をとらず、ライフジャケットを振り大声で叫びながら同船を見守るうち、前示のとおり衝突した。
衝突の結果、妙福丸は船首部の塗装が剥離したのみで船体に損傷がなく、ドルフィンは右舷前部外板に亀裂が生じるとともに、操舵室が破損したが、のち修理され、また、B受審人が転倒して右前腕に打撲傷及び右上腕骨大結節剥離骨折を負った。
(原因)
本件衝突は、布刈瀬戸南口の向島南岸沖合において、妙福丸が、錨泊して魚釣りをしているドルフィンの近くを通航する際、保針不十分で、ドルフィンを避けなかったことによって発生したが、ドルフィンが、衝突を避けるための措置をとらなかったことも一因をなすものである。
(受審人の所為)
A受審人は、布刈瀬戸南口において、手動で操舵しながら向島南岸を航行中、尿意を我慢できなくなって操舵場所を離れる場合、予定針路付近に錨泊中のドルフィンに接近しないよう、操舵経験のある妻に操舵を行わせるなどして保針に努めるべき注意義務があった。しかし、同人は、短時間操舵場所を離れても大きく船首が振れて錨泊中のドルフィンに接近することはないと思い、妻に操舵を行わせるなどして保針に努めなかった職務上の過失により、舵柄から手を放して操舵場所を離れたあと他船の航走波で船首が右に振れ、錨泊中のドルフィンとの衝突を招き、妙福丸の船首部の塗膜を剥離させ、ドルフィンの右舷前部に亀裂及び操舵室を破損させるとともに、B受審人に右前腕打撲傷及び右上腕骨大結節剥離骨折を負わせるに至った。
B受審人は、広島県向島南岸の観音埼沖合において、錨泊して魚釣り中、右舷正横方向近距離から自船に向かって接近する妙福丸を認め、ホイッスルを鳴らして注意喚起をしても自船を避ける様子が認められなかった場合、速やかに船外機を始動して前進するなど衝突を避けるための措置をとるべき注意義務があった。しかし、同人は、そのうちに妙福丸が左転して船尾側を航過するものと思い、速やかに船外機を始動して前進するなど衝突を避けるための措置をとらなかった職務上の過失により、同船との衝突を招き、両船に前示の損傷を生じさせ、自身も負傷するに至った。