日本財団 図書館




 海難審判庁裁決録 >  2002年度(平成14年) > 衝突事件一覧 >  事件





平成14年横審第18号
件名

旅客船シーガル岸壁衝突事件

事件区分
衝突事件
言渡年月日
平成14年9月27日

審判庁区分
横浜地方海難審判庁(長谷川峯清、森田秀彦、花原敏朗)

理事官
井上 卓

受審人
A 職名:シーガル船長 海技免状:三級海技士(航海)
B 職名:シーガル機関長 海技免状:二級海技士(機関)
指定海難関係人
C 職名:T汽船株式会社運航管理者

損害
シーガル・・・右舷船首部外板に破口を伴う凹損等
第1岸壁・・・防舷材に擦過傷、旅客5人が頸椎挫傷等

原因
シーガル・・・航海機器(主機遠隔操縦装置)の整備・点検不十分

主文

 本件岸壁衝突は、電子制御による主機遠隔操縦装置の作動に異常を認めた際、同装置の故障原因についての点検が十分でなかったことによって発生したものである。
 受審人Aを戒告する。
 受審人Bを戒告する。

理由

(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成13年6月5日10時10分
 静岡県熱海港

2 船舶の要目
船種船名 旅客船シーガル
総トン数 567トン
全長 39.30メートル
15.60メートル
深さ 6.80メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 7,880キロワット

3 事実の経過
 シーガルは、平成元年10月に進水した耐蝕アルミ合金溶接構造の半没水型双胴旅客船で、同年12月に静岡県熱海港を基地とし、同港と東京都大島町の元町港あるいは同町の岡田港との間の定期航路に就き、最大搭載人員417人として1日に2回の往復運航を繰り返していた。
(1) 船体
 シーガルは、船体中心線から左右各6.3メートルに長さ33.6メートル幅2.6メートル深さ2.2メートルで紡錘形状のロワーハル2胴を有し、それぞれその上方に基部の幅が約1.2メートルで、上方に向かって広くなる高さ約3.8メートルのストラットを設け、左右両ストラットが全通一層の連結甲板で連結されていた。同甲板の上層には、船体中央から船首側1.2メートルのところを前後の境界として、前部に旅客定員60人の客室甲板A、航海船橋甲板及び羅針儀甲板が、後部に同定員270人の客室甲板B及び同定員80人の上部客室甲板がそれぞれ配置され、後部各甲板が前部各甲板より1.4メートル低くなっており、客室には旅客定員分の固定椅子席が設けられていた。
 連結甲板上には、前示境界の船首側両ストラット間に発電機室、同室の前部左舷側に空調機室及び同右舷側に機関監視室が、空調機室の左舷側のストラット上部に第1機関室及びその後方に第2機関室が、機関監視室の右舷側のストラット上部に第3機関室及びその後方に第4機関室が、第2及び第4各機関室の後方の左右各ストラット上部に、それぞれ船尾に向かって順に汚物処理装置室、油圧ポンプ室、バラストタンク及び操舵機室などがそれぞれ配置されていた。
 左右両ロワーハルには、船首から順にバラストタンク、バウスラスタ室及び前部フィンスタビライザ室、空所、燃料油槽、ポンプ室及び後部フィンスタビライザ室がそれぞれ配置され、左右各機関室から左右両推進器に至る軸系がそれぞれストラット及びロワーハルを斜めに貫通していた。
(2) 主機、推進装置及び操舵装置
 第1機関室ないし第4機関室には、主機としてドイツ連邦共和国MOTOREN−UND TURBINEN−UNION(以下「MTU社」という。)製の16V396TB84型と称する連続最大出力1,970キロワット同回転数毎分1,940のディーゼル機関が各1基装備され、主機ごとに独立して嵌脱が可能なクラッチ内蔵の逆転減速機(以下「減速機」という。)がそれぞれ接続されていた。
 推進装置は、主機及び減速機が左右各2基、推進軸が左右各1軸による4基2軸で構成され、減機・減軸運転も可能で、両推進軸の前進時の回転方向が内回りになっていた。
 操舵装置は、最大舵角70度まで転舵可能の電動油圧式で、自動及び遠隔各操舵装置が装備されず、操舵室の操舵スタンドで舵輪による2舵同時作動あるいはレバーによる2舵独立作動による手動操舵方式になっていた。
(3) 操舵室機器配置
 操舵室前部に設けられた制御卓には、中央部に操舵スタンドが組み込まれ、同スタンドから右舷側に向かって順にフィンスタビライザ制御盤、航海情報監視システムディスプレイ、レーダー、船内指令装置管制器、航海灯表示盤及び汚水処理装置操作盤が、同スタンドから左舷側に向かって順にバウスラスタ制御盤、ランプ式エンジンテレグラフ、遠隔操縦装置操作盤(以下「遠隔操作盤」という。)及び探照灯スイッチ盤がそれぞれ配置されていた。
 遠隔操作盤は、縦0.6メートル横1.4メートルで、推進装置の監視を行うための主機回転計、プロペラ回転計及び主機監視制御操作表示器(以下「監視制御盤」という。)、並びに推進装置の制御を行うための自動制御操作表示器(以下「自動制御盤」という。)、半自動制御操作表示器(以下「半自動制御盤」という。)及び操縦レバーが左右各軸別に設けられていたほか、故障コード表示器、遠隔操縦装置始動用のキースイッチ及び主機ごとの危急停止押ボタンなどが設けられていた。
 遠隔操作盤下部の制御卓内には、遠隔操縦装置の制御に必要な電子回路がプリントされた基板(以下「基板」という。)が収められた電子ユニット組込みラック(以下「電子ラック」という。)が左右各推進軸別に2台、端子盤及び分電盤などが収納されていた。
 操舵室の左右両舷ウイングには、バウスラスタの遠隔操縦が可能なコントローラを収めた操作箱がそれぞれ設置されていた。
(4) 遠隔操縦装置による推進装置の制御
 推進装置の制御は、主機の始動、停止及び回転数の増減並びに減速機の前進、中立及び後進の各クラッチ嵌脱等を、種々の機能を有する複数の基板で構成される電子ユニットにより、プログラムに従って電子制御する遠隔操縦方式(以下「遠隔システム」という。)によって行われるものであった。
 遠隔システムは、操縦レバーの前後操作のみでクラッチ嵌脱及び主機回転数の増減が行われる自動制御(以下「自動モード」という。)、並びにクラッチ嵌脱及び主機回転数の増減を各主機別に押ボタン操作を手動で行う半自動制御(以下「半自動モード」という。)の二通りの操作方法があり、これらが作動不良になれば、各機関室に設置された機側操縦操作盤(以下「機側操作盤」という。)により、主機ごとに独立して制御する機側制御(以下「機側モード」という。)を選択することができ、非常時には、操舵室の遠隔操作盤、機関監視室の監視卓あるいは各機関室の機側操作盤に、主機ごとに設けられた危急停止押ボタンをそれぞれ押すことにより、各主機の運転を危急停止することができるようになっていた。
(5) 電子ユニット
 電子ラックの電子ユニットは、遠隔システムのプログラム制御等のための4種4枚のシステム基板と、主機回転数の選定及び計測並びに各基板相互あるいは周辺機器との間で制御信号交換を連続して行う機能(以下「制御信号交換機能」という。)を有する7種13枚のインターフェース基板とで構成されていた。
 また、機側操作盤の電子ユニットは、主機の始動、停止及び回転数制御信号の各計測、主機及び減速機の温度と圧力の各計測、並びに制御信号交換機能などを有する8枚のプラグイン基板で構成され、サブステーションと称して主機ごとの同操作盤に組み込まれていた。
 なお、電子ラック及びサブステーションの電子ユニットを構成する各基板は、それぞれPS−5と称する電源基板(以下「電源基板」という。)からシステム制御用電源に必要な直流24ボルト、15ボルト及び5ボルトの各電圧が供給されており、同基板を含めて全てマザーボードに差し込まれていた。
(6) 遠隔操縦装置の監視制御
 推進装置の運転状態についての監視は、遠隔操作盤の監視制御盤、機関監視室の監視盤及び監視警報盤による監視制御方式(以下「監視システム」という。)によって行われていた。遠隔システムについての監視は、異常が発生すれば、前示各制御盤や基板に使用されている発光ダイオード(以下「LED」という。)の消灯あるいは点滅、異常表示灯の点灯及び異常警報ブザーの吹鳴による可視可聴警報により行われていた。さらに、遠隔操作盤の故障コード表示器には、異常の状態がコード番号で表示され、主機遠隔操縦装置及び同監視装置取扱説明書(以下「取扱説明書」という。)に記載されたLEDの点灯状態やコード番号で故障内容を検索することが可能であった。
(7) 遠隔操縦装置の故障と保守及び整備
 シーガルは、就航後、主として基板の不良あるいは不安定な作動による遠隔操縦装置の故障が度々発生し、MTU社が平成2年3月に電源基板を使用全数8枚、同年6月に左右各推進軸用操縦レバーをそれぞれリコールによって新換えしたが、その後も電源基板あるいは制御信号交換機能に関係する基板に起因して、主機の始動不能、回転数の異常変動あるいは後進に入れたクラッチが前進に入るような減速機の異常作動などの故障が時々発生していた。
 C指定海難関係人は、平成元年にシーガルの建造主任を務め、同7年3月に運航管理者となり、同船が就航以来、基板の不良あるいは不安定な作動に起因して遠隔システムが正常に作動しないことが度々あり、故障発生の都度、修理業者に連絡して修理を依頼するとともに、電源基板など故障発生が想定される基板については全て予備品を持つこととし、コード番号で表示される故障内容及び推定原因を確認して関係する基板を交換させるなどの修理を乗組員に行わせ、故障状況、基板交換及び基板在庫数などの記録を作成させて船内に保管し、乗組員の交代時にこれらのことを引き継ぐよう指導するとともに、初めて発生した故障については、修理業者の指示を仰ぐこと及び故障原因を特定できたとしても、その原因を排除できずに可視可聴警報をリセットできないときには、T汽船株式会社(以下「T汽船」という。)の運航管理規程に基づく機関重故障と見なし、直ちに運航を中止して報告するよう指示していた。
(8) 出入航操船と遠隔操縦装置の操作
 A受審人は、平成11年6月に船長となり、平素、入船右舷着け状態から出港するときには、左舷舵を右舵一杯及び右舷舵を左舵一杯にとり、操舵室の右舷側ウイングに出てバウスラスタの遠隔操縦に当たり、全係留索解放後、バウスラスタにより船首を左方に振り出し、船首が船幅分ほど岸壁から離れたことを確認したのち、操舵室内で自動モードにより操縦レバー操作に当たる機関長に、左舷軸前進及び右舷軸後進を令し、船尾を左方に振って船体が岸壁に平行になったことを確認してから左舷軸中立を令し、右舷軸を後進にかけたまま船尾を左方に振りながら後退し、船尾が船幅の2倍ほど岸壁から離れたことを確認したのち、左舷軸後進及び右舷軸前進を令し、その場で左回頭して港口に向けたのち、両軸前進を令して港外に向かっていた。
 B受審人は、平成元年に一等機関士の立場でシーガルの艤装(ぎそう)員として建造に携わり、同13年5月に機関長となり、それまでに同船に延べ4年間乗船し、就航以来、基板の不良あるいは不安定な作動に起因して遠隔システムが正常に作動しないことがあることを知っており、修理業者への連絡、修理時の立ち会い、C指定海難関係人から指示された前示記録の作成などに当たっていた。
 B受審人は、遠隔システムに異常が発生した際、コード番号の確認を行ったのち、機関監視室にある遠隔操縦装置のノーヒューズブレーカー(以下「元電源」という。)の入り切りを繰り返し、同システムの再立ち上げを試みて正常に復帰するようであれば暫く(しばらく)様子を見ることにしていた。
(9) 本件発生に至る経緯
 シーガルは、平成13年6月5日熱海港防波堤灯台から227度(真方位、以下同じ。)680メートルの地点の、熱海港第1和田磯岸壁(以下「第1岸壁」という。)に入船右舷着けしていたところ、07時55分A、B両受審人ほか3人が乗り組み、B受審人の指揮により一等機関士及び機関員が手順に従って発航前点検及び主機始動準備を行い、09時10分機側で主機4基を始動し、元電源を入れたのち、同時20分同受審人が操舵室に移動し、遠隔操作盤により自動モードを立ち上げ、遠隔システムに異常がないことを確認したのち、出港時刻に合わせて旅客が乗船を始めるまで待機するため、同時25分同操作盤で全主機を停止した。
 09時55分B受審人は、遠隔操作盤により主機4基を順次再始動し、遠隔、監視両システムが正常に作動していることを同操作盤の各制御盤が正常に点灯していることや警報音がないことで確認し、同時58分出港準備完了をA受審人に報告した。
 10時00分シーガルは、船内売店店員1人及び旅客77人を乗せ、船首3.35メートル船尾3.25メートルの喫水をもって、静岡県伊東港経由で元町港に向け、同日始発便として前示着岸地点から離岸を始めた。
 A受審人は、左舷舵を右舵一杯及び右舷舵を左舵一杯にとり、操舵室右舷側ウイングのバウスラスタ操作箱の後部に立ち、係留索を全て解放したのち、バウスラスタを左回頭にかけ、10時01分船首がほぼ船幅分第1岸壁から離れたとき、左舷軸微速力前進及び右舷軸微速力後進を令した。
 B受審人は、A受審人からの操船号令を受け、左右両操縦レバーを左舷軸微速力前進及び右舷軸微速力後進に操作したところ、右舷軸側のクラッチは2基とも正常に作動したが、左舷軸側のクラッチが2基とも嵌合(かんごう)せず、異常警報ブザーが吹鳴したので、直ちに同受審人にこの旨を報告するとともに遠隔操作盤を見たところ、左舷軸側監視制御盤の運転、異常両表示灯がいずれも点灯しておらず、更に遠隔操作盤の左舷軸側自動、半自動両制御盤が全て消灯していることに気づき、ランプテストを行ってみたが点灯しなかったため、A受審人に遠隔システムに異常が発生したことを報告した。
 A受審人は、前示報告を受けて直ちに左右両軸の中立を令すとともに、バウスラスタを右回頭にかけ、10時04分船首尾係留索をとって第1岸壁の同じ場所に着岸し、同岸壁に待機していたT汽船熱海支店の社員に、主機の点検を終えるまで出港時刻を遅らせることを伝えた。
 B受審人は、着岸後、監視制御盤で全主機を停止し、電子ラックのLED点灯状況を確認したところ異常がなく、故障コード表示器に表示されたコード番号を確認して異常警報ブザーを停止し、同コード番号を取扱説明書で調べたところ、故障原因が左舷軸側の遠隔システムが作動していないか、あるいは左舷軸側の電子ユニットと右舷軸側の同ユニットとが通信不能状態となっているかのどちらかであり、SSK1と称する制御信号の送受信機能を司る基板を予備品と交換することなどが記載されていたので、機関監視室で当直中の一等機関士に同基板の予備品を準備するよう指示した。
 このとき、B受審人は、これまでに基板の不良あるいは不安定な作動が原因となる故障が何回もあり、しかも左舷軸用電子ラックの電源基板がリコール以来約12年間使い続けられていたので、同基板内部の部品の経年劣化によって作動が不安定となり、左舷軸側の遠隔システムに異常が発生したことを予測して電源基板を新品の予備品と交換する必要があることに気づく状況であったが、発航前に同様の異常が発生した際には、元電源の入り切りを行うと、故障コード表示器に表示されていた故障表示が消去されて同システムが正常に復帰することがあったから、再度一等機関士に連絡して同入り切りを行わせ、これを繰り返して3回目に遠隔操作盤が正常に点灯して異常警報ブザーの吹鳴が止まり、故障コード表示器に何も表示されなくなったので、遠隔システムが正常に復帰したものと思い、電源基板を新品の予備品と交換するとか、修理業者に異常の状況を報告して徹底した点検を依頼するなど、遠隔操縦装置の故障原因についての点検を十分に行うことなく、左舷軸用電子ラックの電源基板の作動が経年劣化によって不安定になっていることに気づかないまま、電源基板が交換されず、自動モードでは再度異常が発生するおそれがあると思ったので、A受審人に遠隔システムが正常に復帰したことを報告するとともに、念のため機関回転数を毎分620に定めてクラッチの嵌脱を手動で行う2基2軸の半自動モードで出港し、港外に出てから4基2軸の自動モードに切り換えることを要請した。
 A受審人は、B受審人の要請を受けたとき、旅客船の安全な定期運航を確保し、運航管理規程に基づく機関重故障と見なして運航を中止するかどうかを判断する面から、同受審人に対し、短時間の点検で遠隔操縦装置の故障原因について十分に点検できたかどうかの確認を行う必要があったが、これまでにも発航前に故障が発生したことが何回もあり、艤装から同装置の操作及び保守に携わっているB受審人が、その都度点検して問題なく運航できていたので、今回も短時間の点検ではあったが、同受審人から遠隔システムが正常に復帰した旨の報告を受けたことから、同システムが正常に作動するものと思い、同装置の故障原因についての点検状況の確認を十分に行うことなく、同故障原因についての点検が不十分な状態のまま、再度乗組員を出港配置に就かせた。
 10時07分A受審人は、左舷舵を右舵一杯及び右舷舵を左舵一杯にとり、係留索を全て解放し、バウスラスタを左回頭にかけ、同時08分船首がほぼ船幅分第1岸壁から離れたとき、B受審人に対し、左舷軸クラッチ嵌及び微速力前進、右舷軸クラッチ嵌及び微速力後進を同時に令し、両軸とも正常に作動して船尾が左方に振り出され、同時09分船体が岸壁と平行になったとき、船尾を左方に振りながら北方に向けて後退するため、左舷軸中立を令したところ、左舷軸側電子ラックの電源基板の作動が再び不安定となり、半自動制御盤の制御信号が減速機に伝えられず、左舷軸のクラッチが前進のまま中立に戻らなくなり、B受審人から同クラッチが中立に戻らないとの報告を受けたが、すでに右に回頭しながら前進行きあしが付き始めたため、同時09分半同受審人に対して全主機を危急停止するよう急いで指示し、間もなく全主機が停止したものの間に合わず、第1岸壁に向けて右回頭しながら進行中、10時10分熱海港防波堤灯台から222度680メートルの地点において、シーガルは、船首が165度に向き、6.0ノットの前進惰力で、その右舷船首が第1岸壁に衝突した。
 当時、天候は晴で風力2の東風が吹き、潮候は下げ潮の末期であった。
 衝突の結果、シーガルは右舷船首部外板に破口を伴う凹損、右舷錨に損傷及び右舷ロワーハル先端の球状船首に圧壊をそれぞれ生じ、第1岸壁は防舷材に擦過傷を生じたが、のちいずれも修理された。また、乗船していた旅客のうち、Mが左膝挫傷、Nが頸椎挫傷、Iが左肩挫傷、Eが第12肋骨打撲及びSが頸椎捻挫でそれぞれ全治1週間ないし2週間の負傷を受けた。

(原因)
 本件岸壁衝突は、静岡県熱海港において、同港第1和田磯岸壁から発航のため離岸中、電子制御による主機遠隔操縦装置の作動に異常を認めた際、同装置の故障原因についての点検が不十分で、経年劣化によって作動が不安定になった同装置の電子ユニットを構成するシステム制御用電源基板が交換されないまま再度発航し、同基板の作動が不安定となってクラッチ制御が不能となり、同岸壁に向けて回頭しながら進行したことによって発生したものである。
 運航が適切でなかったのは、船長が、旅客船の安全な運航を確保するため、主機遠隔操縦装置の故障原因についての点検状況の確認を十分に行わなかったことと、機関長が、同装置の故障原因についての点検を十分に行わなかったこととによるものである。

(受審人の所為)
 A受審人は、静岡県熱海港において、同港第1和田磯岸壁から離岸操船中、電子制御による主機遠隔操縦装置の作動に異常を認め、同装置を点検するため改めて着岸し、B受審人が短時間で同点検を行ったのち、同受審人から遠隔システムが正常に復帰したが念のためクラッチ嵌脱及び主機回転数の増減を手動で行う半自動モードで同港外まで発航操船して欲しい旨の要請があった場合、旅客船の安全な運航を確保する必要があったから、運航管理規程に基づく機関重故障と見なして運航を中止するかどうかの判断ができるよう、同受審人に対して主機遠隔操縦装置の故障原因についての点検状況を十分に確認するべき注意義務があった。ところが、A受審人は、艤装から主機遠隔操縦装置の操作に携わっているB受審人が点検し、同受審人から遠隔システムが正常に復帰した旨の報告があったことから、同システムが正常に作動するものと思い、同装置の故障原因についての点検状況を十分に確認しなかった職務上の過失により、同装置の故障原因についての点検が不十分な状態のまま、再度発航のための操船に当たり、離岸時には左右舷各軸のクラッチが正常に作動したものの、熱海港口に向けて回頭するためいったんクラッチを前進から中立に操船号令したところ、左舷軸のクラッチが中立に戻らず、第1和田磯岸壁に向けて回頭しながら進行して同岸壁との衝突を招き、右舷船首部外板に破口を伴う凹損、右舷錨に損傷及び右舷球状船首に圧壊を、同岸壁の防舷材に擦過傷をそれぞれ生じさせ、また、旅客5人に打撲及び捻挫等を負わせるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
 B受審人は、静岡県熱海港において、同港第1和田磯岸壁から離岸操船中、電子制御による主機遠隔操縦装置の作動に異常を認めて着岸し、同装置を点検する場合、これまでに同装置の電子ユニットを構成するシステム制御用電源基板が経年劣化によって作動不安定となる故障が何回もあったから、同基板を新品の予備品と交換するとか、修理業者に異常の状況を報告して徹底した点検を依頼するなど同装置の故障原因についての点検を十分に行うべき注意義務があった。ところが、同受審人は、これまでに機関監視室にある主機遠隔操縦装置の元電源の入り切りを何回か行うと、遠隔システムが正常に復帰することがあったことから、元電源の入り切りを行ったところ遠隔操作盤が正常に点灯して異常警報ブザーの吹鳴も止まり、故障コード表示器に何も表示されなくなったので、同システムが正常に復帰したものと思い、同装置の故障原因についての点検を十分に行わなかった職務上の過失により、左舷軸用電子ラックの電源基板の作動が経年劣化によって不安定になっていることに気づかないまま、半自動モードとして再発航し、離岸時には左右各軸のクラッチ嵌合が正常に作動したものの、前進から中立の操船号令を受けて操作したところ、左舷軸のクラッチが中立に戻らず、第1和田磯岸壁に向けて回頭しながら進行して同岸壁との衝突を招き、前示の事態を生じさせるに至った。
 以上のB受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
 C指定海難関係人の所為は、本件発生の原因とならない。

 よって主文のとおり裁決する。





日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION