(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成12年5月8日15時30分
兵庫県姫路港
2 船舶の要目
船種船名 |
油送船第十一共進丸 |
総トン数 |
198.56トン |
全長 |
47.65メートル |
機関の種類 |
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 |
出力 |
514キロワット |
回転数 |
毎分420 |
3 事実の経過
第十一共進丸(以下「共進丸」という。)は、昭和56年9月に進水した鋼製油送船で、現船舶所有者が平成5年7月に購入して以来、瀬戸内海各港間でのC重油の輸送に従事しており、マツエディーゼル株式会社製のMF24−DT型ディーゼル機関を主機として装備し、主機の船尾側架構上に、石川島播磨重工業株式会社が製造したVTR−200型と呼称する軸流式排気ガスタービン過給機(以下「過給機」という。)を付設し、主機の燃料にはA重油を使用していた。
過給機は、排気入口ケーシング、タービンケーシング、ブロワ車室及び軸流タービンと遠心式ブロワとを結合したロータ軸などで構成され、排気ガスが、主機の排気弁及び排気マニホルドを経て排気入口ケーシングに流入し、タービン動翼に作用してロータ軸を回転させたのち、タービンケーシングから煙突内の排気管を経て大気に放出されるようになっており、排気ガスにさらされる排気入口及びタービン両ケーシングには、熱ひずみ防止のために冷却水ジャケットが設けられていて、主機の冷却水系統から供給される清水で冷却されるようになっていた。
ところで、過給機ケーシングの冷却水ジャケットの水冷壁は、排気ガス側からの腐食と冷却水側からの浸食とによって経年的に衰耗し、破孔が生じて冷却水が排気ガス側に漏洩すると、漏洩した冷却水が主機のシリンダ内に流入するなどのおそれがあるため、過給機の取扱説明書には、稼動後2年以上経過したケーシングの水冷壁については、定期的に肉厚を計測し、肉厚が薄くなっているところを発見した場合には、肉盛などの応急補修を行うか速やかに新品と取り替えるよう記載されていた。
また、主機の冷却水系統は、清水冷却器で冷却された清水が、直結の冷却水ポンプで吸引・加圧されて入口主管に至り、同管から各シリンダジャケット、シリンダヘッド及び排気弁箱を順に冷却する系統と過給機を冷却する系統とに分岐し、各部を冷却したのち再び清水冷却器に戻って循環するようになっているほか、付設された容量約500リットルの膨張タンクによって、循環系統中の清水の膨張や漏洩等による清水量の過不足を調節することができるようになっていた。
B受審人は、船舶所有者の息子で、所有する共進丸ほか貨物船1隻の営業や工務を担当する傍ら、航海及び機関の両免状を受有していたことから、雇い入れた船長または機関長が休暇で下船する際には、船長または機関長として乗り組むなどして、共進丸の運航管理や機関の保守管理に従事しており、また、自らがドックオーダーを作成していたこともあって、過給機のケーシングについては、排気入口及びタービン両ケーシングが購入以来取り替えられておらず、平成9年6月の開放時に水冷壁の衰耗が判明したので応急補修を行ったこと、及び同11年5月の開放時に整備業者から両ケーシングの肉厚が相当薄くなっている旨の報告を受けていたことなどから、両ケーシングの水冷壁が長期間の使用で衰耗していることを承知していた。
A受審人は、同12年3月10日機関長として共進丸に乗り組み、各機器の運転及び保守管理に従事していたところ、翌4月下旬、主機始動前の冷却水タンクの点検時に水位が少し低下していることに気付くとともに、出港時の船尾配置中に主機の排気ガス色が白変しているのを認めていたが、入渠が間近であったうえ、冷却水タンクの水位の低下がわずかで、主機のエアランニング時にも、航海中の全速力時の排気ガス色にも異常がなかったことから、そのまま主機の運転を続けていた。
その後、共進丸は、同年5月5日徳島県徳島小松島港の造船所に合入渠し、機関長がA受審人からB受審人に交代した。
ところで、A受審人は、機関長職を交代する際、B受審人は工務担当者でもあり水冷壁が衰耗していることを知っているはずなので、引き継ぐまでもあるまいと思い、入渠前に過給機ケーシングの水冷壁に破孔が生じているおそれのある状況になっていることを引き継がないまま、直ちに休暇で下船した。
一方、B受審人は、前示のとおり、過給機ケーシングの水冷壁が衰耗していることは承知していたが、年末に共進丸を売船するという話があったうえ、前任機関長から何も引継ぎがなかったことから、過給機には問題がないものと思い、同機を開放して水冷壁の点検を行わなかったので、排気入口及びタービン両ケーシングの水冷壁に破孔が生じていることに気付かなかった。
出渠後、B受審人は、冷却水タンクに補水して主機のエアランニングを行ったものの、入渠中は主機の吸・排気弁や燃料噴射弁等の整備工事のために冷却水タンクの取出弁を閉止していたので、依然、過給機ケーシングの水冷壁に破孔が生じていることに気付かなかった。
こうして、共進丸は、B受審人ほか2人が乗り組み、C重油を積み込む目的で、船首0.6メートル船尾2.6メートルの喫水をもって、同月8日09時00分徳島小松島港を発し、主機を回転数毎分350の全速力前進にかけ、兵庫県姫路港に向かって航行するうち、過給機の排気入口及びタービン両ケーシングに生じていた破孔が拡大し、排気ガス側への漏水量が次第に増大する状況となったまま、姫路港東区第1区の西外防波堤近くに至り、積荷岸壁への着岸待ちのため、同日13時30分妻鹿西防波堤灯台から真方位228度310メートルの地点に投錨し、同時35分主機を停止した。
その後、共進丸は、主機の停止中に、過給機ケーシングの水冷壁の破孔から漏洩した冷却水が、排気集合管及び開弁中の排気弁を経て主機のシリンダ内に浸入し、シリンダ内から溢れた冷却水が開弁中の吸気弁を経て給気集合管にも浸入する状況となり、15時30分前示の地点において、船長から着岸の連絡を受けたB受審人が主機のエアランニングを行ったところ、主機が回転せず、4番シリンダの指圧器弁から冷却水が噴出した。
当時、天候は晴で風力3の南風が吹き、海上は穏やかであった。
B受審人は、原因を調査した結果、過給機ケーシングの水冷壁に破孔が生じているものと判断し、事態を船長に報告した。
共進丸は、修理のために積荷岸壁への着岸を中止し、過給機への冷却水の供給を遮断して低速力で航行したのち、着岸した姫路港飾磨区第1区の公共岸壁で、過給機の排気入口及びタービン両ケーシングを取り替える修理を行った。
(原因)
本件運航阻害は、主機冷却水タンクの水位が低下するとともに、主機始動後の低負荷時に排気ガス色が白変する状況となったのち、造船所に入渠した際、過給機ケーシングの水冷壁の点検が不十分で、出渠後に、排気入口及びタービン両ケーシングの水冷壁に生じていた破孔が拡大し、多量の冷却水が排気ガス側に漏洩したことによって発生したものである。
過給機ケーシングの水冷壁の点検が十分でなかったのは、機関長が交代する際、前任機関長が、過給機ケーシングの水冷壁に破孔が生じているおそれのあることを後任機関長に引き継がなかったことと、後任機関長が、同壁の点検を行わなかったこととによるものである。
(受審人の所為)
A受審人は、入渠した造船所で機関長職を交代する場合、入渠前に、冷却水タンクの水位が低下するとともに、主機始動後の低負荷時に排気ガス色が白変するのを認めていたのであるから、過給機ケーシングの水冷壁に破孔が生じているおそれのあることを後任機関長に引き継ぐべき注意義務があった。ところが、同人は、後任機関長は工務担当者でもあり、過給機ケーシングの水冷壁が衰耗していることを知っているはずなので、引き継ぐまでもあるまいと思い、同壁に破孔が生じているおそれのあることを後任機関長に引き継がなかった職務上の過失により、入渠中に同壁の点検が行われず、出渠後に、同壁に生じていた破孔が拡大して多量の冷却水が排気ガス側に漏洩する事態を招き、積荷役を中止して修理岸壁に回航させるなどの運航阻害を生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
B受審人は、造船所に入渠した場合、過給機ケーシングの水冷壁が衰耗していることを知っていたのであるから、同壁の点検を行うべき注意義務があった。ところが、同人は、共進丸を年末に売船するという話があったうえ前任機関長から何も引継ぎがなかったので、過給機には問題がないものと思い、過給機の水冷壁の点検を行わなかった職務上の過失により、出渠後に、同壁に生じていた破孔が拡大して多量の冷却水が排気ガス側に漏洩する事態を招き、前示の運航阻害を生じさせるに至った。
以上のB受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。